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35 男魂祭の真実

前回のあらすじ

 【指導】で【飛剣術】を伝えるのを断念して空のスキル魔石を作りに行った

あの後、魔道具ギルドから一旦家に帰り、持ち帰った空のスキル魔石で何か出来ないかと工房に寄ったのだ。

工房では、エイギールさんが若手二人に記念硬貨の作り方を指導していた。

飲んだくれて、仕事をしていなかったなんて思えないほど、彼の指導は丁寧で真剣だった。


「ホッズ!おめえは像のイメージが十分に出来てねえ。【意匠】スキルで大きくした物を作ってみな」

「はい!親方!」

「ダーグル!おめえは加工の技術が足りてねえ。このインゴットからまっすぐの板を打ち出してみろ!」

「はい!親方!」


なんだか、すごくいい職場だ。

記念硬貨は需要は多いようだが、生産量をコントロールしているので、エイギールさん一人でも余裕がある。

その余裕を後進の育成に当てているのだ。仕事熱心だなぁ。


入り口でそんな彼らを見ていたら、壁に飾ったレリーフが目にとまった。

エイギールさんと一緒に苦労して作った努力の結晶だ。


「あっ!」


思わず声が出た。


「あ、ユーキ殿!お帰りなさい!」

「「お帰りなさいませ!」」

「あぁ、えっと、ただいま~」

「どうしました?」

「いえ、皆さんが真剣に仕事してるな~と感心したところです」


さっき思った事を口に出してごまかしたが、驚いたのはそれじゃない。

レリーフに添えた注意書きが読めるようになっていたのだ。

【インタープリター】のレベル4の効果で聞いていた通り古代文字が読めた。


町長達の話ではまともに古代文字を読める人は居ないということだった。

ダリヤさんも『オギノメソッド』を知っているだけで、ひょっとしたら読めないのかも知れない。いや、読めないで欲しい。

200個のレリーフに添えられた、例の部屋から写し取ってきた大きな説明書きが読める。

そのタイトルにはこう書いてあった。


『ヴォルドンの男好祭(だんこうさい)


男魂祭(だんこんさい)じゃなくて男好祭(だんこうさい)だった。一文字違いで酷いことになっている。

かつて祭りが廃れた理由が分かってしまった。

これは、このレリーフは……復活してはいけないものだったんだ!!


今は古代文字を読める人が居ないかも知れないけれど、『オギノメソッド』は【インタープリター】をレベル4まで上げる方法だ。

町の人が【インタープリター】を習得するのは難しいかもしれないけれどプレイヤーは違う。

プレイヤーの多くがやがてレベル4の【インタープリター】を獲得するだろう。

オギノさんアンタなんてことしてくれたんだ!!


「ユーキ殿!俺の作ったメダル見て下さい!ようやくレリーフが形になってきたんですよ!」

「なっ!す、すごいね」


驚いた僕の反応に気を良くしたホッズさんはニコニコしている。

彼が渡してきた記念硬貨は握手する二人の人物が描かれている。

これは、導入部のレリーフだ。

その裏面の説明にはこう書かれていた。


『目と目が合ったら愛の始まりだ。手と手を握り合わせて強く愛を確認するのだ!』


全力でそっち系じゃないですか!僕はもう、まともにレリーフを眺めることが出来なかった。

やばい!やばい!動揺を隠せない僕は、すぐに自分の部屋に引き込んだ。


しかし、何度も検討して何度も作り直したその意匠は頭の中に残っていた。

そのレリーフに添えられたメッセージは多くの愛に溢れたものだった。

いかに女性を排して男性同士で愛を確かめ合うかについて力強いメッセージで一杯だった。

一つ一つに暑苦しいメッセージが込められていた。


やらかした!僕はまたやらかしていた!

この町で暫くメダル収集して過ごそうと思っていたのに!!


おおい!!誰か止めてくれよ!!

プレイヤーも何人か町にいたから、βプレイヤーで男魂祭が何か知ってた人もいたんじゃ……いや、レリーフは不完全だった。

失われたレリーフの幾つかを外せば、男としての魂を燃え上がらせる祭りだと誤解することも出来た。

どう考えてもやっちゃったのは僕だった。


うん。そろそろこの町を去ろう!

そうだ、それがいい。

そういえば、エイギールさんに古い硬貨が集まる町について教えて貰ったんだった。

そうだね。うん。うん。


酷いことになる前に、スールさんに【飛剣術】の魔石を渡して、旅に出ることを告げよう。

この元造幣ギルドの建物は、エイギールさんが有効活用してくれるだろう。

記念硬貨作成の場として……うん。それが、取り返しが付かないことになっている。


結局その日、スールさんにスキル魔石を渡しに行くことは無かった。

動揺しすぎていて、変なことを口走りそうだったので諦めてふて寝した。


───────


「ユーキさん。お客さんです。なんでも地球(アース)世界のお知り合いだとか?」

「え?誰だろう。ヒロシ達……ならルニも知ってるか」


翌朝、ルニが部屋まで起こしに来てくれた。

なんでも来客があったようだ。ぼんやりした頭で自分に【洗浄】をかける。

大きく伸びをして頭を覚醒させていく。


「はい、女性でのお客様で、ユーキさんの調子が悪そうなのでお引き取りを願ったのですが、大丈夫だから合わせろの一点張りで……」

「うーん。分かりました。体調は、うん、大丈夫ですから。その人は今どちらに?」

「ええ、一階の応接で待つようにお伝えしたのですが…」


バーン!と扉が開かれて女性が入ってきた。

だれだこれ?確かになんか見覚えがある。

ああ!そうだ、ワイバーン討伐後に町の広場でルニと話をしていたプレイヤーだ。


「おお!一人暮らしの部屋!初めて入りました!」

「ええと、どちら様ですか?」

「えー、嫌だなぁ先輩。いくら私が若くてピチピチになったからって!」

「ええと?」


だれだコイツは。先輩って言ってたな。

ん?この右手をぷらぷら振る仕草は見たことがある。

プログラムの仕様説明に困ったときに渡辺課長の前でよくやる奴……そうか。


「か、葛西か?」

「そうそう!そう来なくっちゃね!愛しの後輩、(みのり)ちゃんです!」

「お、おう。お前そんなだったっけ?」

「レディに容姿のこと聞いちゃいますか?勇輝先輩だってなんか若作りじゃないですか!」

「あー、うん。ごめんなさい」


あれ、葛西ってこんなキャラだったか?うーん。こんなキャラだったね。

そうそう。池田とオタク話をしている時の葛西はこんなだった。

見た目はちょっと若くなっているが元々コイツは大人とは言い切れないので喋ったら同じだった。


(みのり)殿は本当にユーキさんと知り合いだったんですね」

「そうよ!ルニ子ちゃん。私と先輩は仲良しなんだよ!」

「まぁ仲は悪くは無いけど、会社の前の部署の同僚で、先輩と後輩な」

「先輩!硬い。そこキッチリする必要ある?」


ルニ子ちゃんて、随分なれなれしいな。そういう奴なんだけど。

ルニは葛西の事を最初は疑いの目で見ていたが、今は何だろう困った顔で見ている。


「よくここが分かったな?」

「そりゃ分かりますよー!先輩有名人じゃないですか!」

「そ、そうか?」

「先輩、だって[便所の魔神]って、プププ。【AFK】は手放せないから感謝してますよ!」


葛西がいきなり心をえぐってくる。お前もう帰れよ。

誰に聞いたんだ?そもそもこいつば何しに来たんだ?


「お前、ここに何しに来たんだ?」

「愛しの先輩に会いに来たに決まってるじゃ無いですか」

「そういうのは酒の席だけでお腹いっぱいだから」


そう、葛西は酒の席になるといっつもこういうことを言うので面倒くさい。

ちょっと絡み酒の気があるんだけど、酒に弱いのですぐ潰れる。

面倒見が良い同期の藤本と一緒じゃ無いと飲みに連れて行けない。


「いやいや、ちょっと、ほんとの話、先輩、女性連れじゃないですか!協定違反っすよ!」

「協定違反?えーと何のこと?」

「協定は……ええと、違った、会社からの伝言があるんですよ」

「ん、伝言?協定は?」

「協定はもう良いんで忘れて下さい。ぺし!ほら忘れた」


葛西が軽い感じで人の頭を叩いてくる。ほんとこういう所は苦手だ。

自分のペースでずんずん来てさっさと帰る体育会系女子だ。


「わかったわかった、で、伝言って何だ?」

「百合ちゃんからの伝言で、8月の9日までに1度会社に出てこいってさ。なんか法律関係の対応で先輩のサインがいるんだって」


百合ちゃんとは、田波部長の事だ。部門が違うコイツを可愛がっていて名前で呼び合う仲らしい。

田波部長も結構若いところあるから、二人で居ると姉妹のようでなかなか見た目もよろしい。

9日か、今日が8月1日で木曜日だったか。久しぶりに現実の日付を思い出したがずっと昔のことのようだ。

ログインしてから2ヶ月が過ぎているので……現実だと1時間ちょっとか。

9日ということは来週まで大丈夫か、ものすごい余裕でした。


「ふーん。分かった。今度【ログアウト】したら会社行くようにするわ」

「おっけー!これで伝言は終わり!」

「よし!じゃあ、帰れ」

「は?何言ってんの先輩。ここからが良いところなのに」


は?じゃないだろ、こっちは例のレリーフで頭が痛いのに、お前にまで構ってたら大変だよ。

そもそも、こいつはなんでこのゲームしてるんだ?

今の見た目は18歳ぐらいだろうか、言動と大学生ぐらいの容姿がマッチしている。

見た目だけならコイツは結構可愛いんだけどな。

職場でシャツ一枚で寝泊まりしている姿も見ているからなと言えばいいのか、妹みたいな感じなんだよな。


「私さー。ちょっと体育会系じゃん?」

「ちょっとどころじゃなくて、結構な体育会計だよな。何でプログラムやってるか分からないぐらいの勢いで」

「もう!話の腰を折らない!それで、このSCWに飛びついて、βもやってんのね」

「ふーん」

「……格闘系で始めたんだけど、魔法もプログラムみたいで面白くってさ~」

「へー」

「……[爆炎の闘士]知らない?私、結構有名なプレイヤーだと思うんけど」

「知らん。もう帰れ。な?」

「ちょっと先輩!冷たいよ~。心がこごえちゃうよ」

「[爆炎の闘士]……聞いたことがあります。ちょっと変わった【炎魔法】を使うという武闘家だとか……」

「はぁぁぁ!ルニ子ちゃん偉い!」

「そういえばマルレーヌさんが、筋が良いって褒めてました」

「あ、マル姉さん知ってるんだ、そうだよね。ルニ子ちゃん道場の人だもんね」


マル姉さん知ってるのか。あの人も結構美人で優しいんだよな。

葛西が掌の上で遊ばれている様子が目に浮かぶようだ。

あの保育士さんのような包容力!それだと葛西が幼児?まぁそうかもな。


「あれ?……言いたいのはそれじゃなかった」

「はー。言いたいのは何だったんだ?」

「私も魔法使いの端くれ、ひひ、魔法言語だって読めちゃうわけですよ」

「お、おう」


まさか……完成からまだちょっとしか経ってないのに。

そんなに普及しちゃってるのか?記念硬貨。


「先輩、結構な物を復活させちゃいましたね!」

「な、何のことだ?」

「酒場で手に入れた人が嬉しそうに見せてくれましたよ。記・念・硬・貨!」

「あ、あれ。なんか最近出来たらしいね」

「言ってましたよ。『[飛竜堕とし]ユーキ殿が復活させた男魂祭の記念だ!見事なものじゃろう!』だってー」

「へぇ~」

「あのホモホモしいレリーフ!!最高っすよ!先輩も虹の魅力が分かってきちゃいましたか!」

「ぐっ」


[飛竜堕とし]は【ワイバーン】討伐の後で僕についたまともな通り名だ。これは隠蔽していない。

しかし、その通り名も記念硬貨と紐付いてしまっているのか。ちょっと隠蔽したい気持ちになった。

僕は本当に逃げるのが苦手なようだ。

こんなことをよりによって会社の後輩に知られてしまうなんて!


「あ、あのレリーフは髭人(ドワーフ)の皆さんが大切にしているものでヴォルドン様由来のものだからな」

「ほほぅ?」

「作った時、あの文字は読めなかったから、単なる踊りの解説だと思ってたんだ!」

「へぇ~」

「昨日初めてあの文字読がめたから、いろいろと知らなかったんだよ」

「まぁまぁ良いじゃ無いですか。良い物であることは事実だし。そっち系にも人気が出ちゃいますねえ」

「くっ、お前それを弄りに来たのかよ」

「嫌だなぁ。愛しの先輩に会いに来たって言ってるじゃ無いですか」


硬貨の出来は今でも最高だと思っているがあの解説がなぁ。

歴史的な重みのあるものだけに、もし読めたとしても変える訳にはいかなかっただろうけれど。

タイポグラフィを駆使して文字をデザインぽく読みにくくするとかやりようはあったのだが手遅れだ。

あのレリーフを元に踊りを完全に復活させるという話も聞き及んでいる。

それを聞いた時は良いね!と思ったが、今となっては後悔しか無い。


「葛西!変な事言いふらすなよ!」

「葛西じゃなくて、ミノリちゃんて呼んで下さいね!」

「何でだよ。嫌だよ」

「ほー。そういうことを言われますか。じゃあ言いふらしちゃおうかなぁ」

「糞っ、もうちょっと違う呼び方は無いのか」

「ミノリちゃん、ミノリ、ミノリン、リンリン、マイハニーどれかで許してあげます」

「はぁ。じゃあ呼び捨てな。ミノリ、言いふらすなよ」

「よろしい。それじゃ、会社には内緒にしといてあげますよ。ゲームの中では時間の問題だと思いますけどね」

「は~。もうお前帰れよ」

「はいはい。先輩の弱みも握ったことだし!ちょっとだけ落ちて百合ちゃんにメールで伝言伝えたって一報送ってきます」


そう言って葛西は帰って行った。

もう本当にいろいろ無かったことにしたい。

寝起き早々にぐっと疲れた。


「ユーキさん、ホモホモしいとは、どういうことですか?」

「えっ?」


そうだった、ルニがいたことを忘れていた。

その後、泣く泣くルニに説明した。

それ以来、彼女の態度がちょっと余所余所しい。

次話「ex1 3章終了時点の主人公のステータス」

3章終了です。明日より一週間閑話をupします。

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