34 魔道具ギルドとスキル魔石
前回のあらすじ
報酬としてドワーフらしい武具一式をもらって使い方の稽古を受けた。
スールさんが【飛剣術】を【指導】で教えて欲しいという。
イメージを固めてもらうために一度だけ飛剣を浮かべて鍛錬場の端に立っていた木の杭を切り裂いた。
「なんだそいつは!!そ、そいつがギルマスが言ってた【飛剣術】か?」
「ええそうです。スールさん、イメージは固まりましたか?」
「正直に言えばさっぱりだが、飛ぶ姿は焼き付いておる」
マグニさんが何か言いたそうにしているが、それはスールさんに聞いて欲しい。
僕も正直うまく渡せるか分からないが、きっと行けるはず!
スールさんと両手を繋いで声を掛ける。
「それでは行きますよ…」
「おう!やってくれ!」
「【指導】!!」
両手を繋いだ輪の中を魔力に載せて【飛剣術】の力が巡るイメージだ。
体から魔力が伸ばし、剣を掴み、周囲から魔力を集め、自在に操る!
じわりじわりと魔力を循環させる。
お、スールさんから【飛剣術】を使う時のように、魔力の線が延びてきた!
これは良い感じでは?!最初の起こりとしては十分ではないだろうか?
そう思ったのは最初だけだった。
魔力の放出と共にスールさんの顔色がどんどん悪くなる。褐色のはずがどんどん青白くなってきた。
放出される魔力は周囲の武器に伸びているように見えていたが、単に流れ出ていて制御出来ていない。
「ぐうぅぅぅ」
「だ、大丈夫ですか?!……【快方】!」
直ちにやめて声を掛けたが、スールさんはとても気持ちが悪そうだ。
回復魔法の【快方】で魔力の放出が止まったようだが、既に魔力枯渇状態に見えた。
スールさんは回復しなかったので、翌日の来訪を告げて一旦帰宅することとなった。
―――――――
「こうやって魔力の線が自分から延びて……武器を掴んで……周囲の魔素を取り込んで動かすのです」
「お、おう」
「スールさんは、この魔力の線が延びるところまで出来ているようですが、そのまま発散してしまっています」
「お、おう」
翌日、イメージをさらに固めてもらうために、【意匠】と【土魔法】のコンボで【飛剣術】の模式図をフィギュアを作って説明していた。
コマ送りのように刻々とフィギュアを変形させて、【飛剣術】のイメージを伝えている。
これ、大発明じゃないか?我ながら凄い分かりやすいと思う。
「魔力が武器を掴む。うむむむ。な、なるほど」
「大丈夫でしょうか?」
「う、うむ。ひと思いにやってくれ!!」
「うーん。やりますよ、やりますからね!【指導】!!」
スールさんは相当に覚悟を決めているらしい。
【飛剣術】を再現するように魔力線が延びて、置いてある短剣……の方じゃ無くて何故か上空に延びている。
魔力線は修正されず、魔力はどんどん放出されていく。
「【快方】!!大丈夫ですか?!」
「むぅー……」
両手をパッと離して【快方】をしてみたが、とても苦しそうだ。
鍛錬場にうずくまるスールさんは真っ青な顔をして地面に横向きに突っ伏していた。
小一時間そうしていたスールさんはようやく起き上がると病み上がりのような顔をしてこう切り出した。
「ゆ、ユーキ殿。大変申し訳ないがこいつは俺には無理そうだ。スキル魔石での伝授を考えてもらえんか?」
「スキル魔石……僕も渡せるならそうしたいのですが、空のスキル魔石が有りません」
「そこは俺が紹介状を書くので魔道具ギルドに行ってもらいたい」
「分かりました。紹介状を渡せば魔石を入手できるのでしょうか?」
「それが……魔道具ギルドでは空のスキル魔石そのままでは譲ってくれず、自分で作るしか無え。すまんがそれも含めて頼む」
───────
結局スールさんの紹介状を持って魔道具ギルドにスキル魔石を作りに行くことになったのだが……。
「鳴くようぐいす平安京」
「……鳴くようぐいす平安京」
「なんと素敵な平城京」
「……なんと素敵な平城京」
この年になって日本の平安時代を振り返ると思ってなかった。
これが何かと言うと、魔道具ギルドに伝わる地球人向けの【インタープリター】習得用のレッスンである。
ギルド職員によれば、魔道具作りには魔道具神が作った魔法言語という古代言語に似た言語体系の理解が必須なのだという。
魔法言語は物にスキル効果を付与するための言語で、魔道具作りに欠かせないと熱弁された。
『魔道具ギルドの門を叩いたからには、基本ぐらい覚えて貰います!』
『は、はいぃ!』
空のスキル魔石が欲しいと言ったのだが、魔道具ギルドに居た森人の女性に怒られてしまった。
半円形の伊達メガネを掛けた美人の女性が厳しい口調で言うので逆らう余地が無かった。
伊達メガネにはチェーンが付いていて、服装はワイシャツにスリット入りのタイトスカートだ。
地球人の先人が余計なことを吹き込んだことが良く分かる。
魔法言語は一から理解するのは相当に困難であるためあまり普及していないらしい。
そこで過去βテスト時代に現れた地球人の先輩がスキルによる翻訳【インタープリター】に注目したのだ。
【インタープリター】は現地人の習得は困難だが我々プレイヤーには習得しやすいスキルだ。
それをさらに習得しやすくするためにドリル方式で習得するためのノウハウを確立した人がいるらしい。
最近では魔道書を読むために魔法ギルドでも採用されている方法なんだそうだ。
「何を書こうか日本書紀」
「……何を書こうか日本書紀」
「白紙に戻す遣唐使」
「……白紙に戻す遣唐使」
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【インタープリター】のレベルが2に上がりました』
確かに効果はあるようだ。じわじわ経験値が溜まっているのが良く分かる。
板に書かれた魔法文字で書かれた歴史語呂合わせをメガネ美人が読み上げてくれるので、僕が復唱する。
全く意味が分からなかった部分がじわりと分かるようになった気がするから不思議だ。
ちなみに書かれた文字はまだ読めない。
単に復唱するのをやめて、文字の意味や区切りを意識しながら復唱する。
全く根拠は無いが出来そうな気がしてきた。
「人々矢を放ち、平家打倒」
「……人々矢を放ち、平家打倒」
「いいはこ作ろう鎌倉幕府」
「……いいはこ作ろう鎌倉幕府」
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【インタープリター】のレベルが3に上がりました』
数字と文字を組み合わせるのはその地球人の先輩の知恵らしい。
仕組みがよく分からないが、習得難易度が違う文字がバランス良く配されたものを探した結果、歴史語呂合わせが選ばれたらしい。
メガネ美人教師……ダリヤさんはこれを『オギノメソッド』と呼んでいた。
いろいろ突っ込みたいことはあるけれど、この効果を実感すると文句は言えない。
「レッスンは以上で終了です」
「ありがとうございました!」
「またの受講をお待ちしています」
メガネ美人教師の楽しい個人レッスンが終わると【インタープリター】は魔法言語が読めるレベル4に到達した。
レッスン代金は2時間で20万ヤーンと高額だったがその効果を考えれば破格だった。
【インタープリター】はレベル1がヴァース共通語、レベル2が種族固有言語、レベル3が魔物言語、レベル4が魔法言語及び古代言語に対応するらしい。
『オギノメソッド』は魔法言語に対応するレベル4までをサポートする。
「ええと、【インタープリター】がレベル4になったので、空のスキル魔石の作り方を教えて下さい」
「なっ、もうレベル4?!折角の収入源がぁっ!!…………すいません。取り乱しました」
「ハハハ……」
思わず乾いた笑いが出た。非常識ですいません。
きりっとした指導姿も素敵でしたが、慌てる姿も良いですね。
普通はもう何度か通ってお金を絞り取られるのが普通ということだろう。
「か、空のスキル魔石の作成は別途レッスンを受けて頂くことになりますがよろしいですか?」
「はい、お願いします」
「本日の午後、13時より開始される予定です。受講料金は2時間で100万ヤーンです!」
「……ええと、冗談ですよね?」
ダリヤさんは鼻息荒く強く言い切った。
スールさんから聞いていた事前情報では【インタープリター】の話は無かったし、スキル魔石の講座受講料は『1回2時間で5万ヤーンぐれえだぞ』とのことで2回分の10万ヤーンをカンパして頂いている。
これは、ぼったくられているのだろうか?
舐められてるのか、女性教師に舐められている……ゴクリ。
「いえ、これは適正な価格です!と、その封筒は何ですか?」
「あの……さっき渡すのを忘れていましたが、冒険者ギルドからの紹介状です」
流れるように『オギノメソッド』のレッスンを受けさせられたので、渡す暇が無かった紹介状がようやく出番を得た。
ダリヤさんは卓上にあったペーパーナイフで慌てて封を切ると、食い入る様に手紙を読んでいる。
目が真剣だ。そんなに一生懸命読んで貰えるとありがたい。
「コホン……と、特別に!」
「はい?特別に?」
「レ、レッスン代は無料とさせて頂きます……」
分かりやすい!この人は分かりやすい!目がものすごい勢いで泳いでいて、こちらに目を合わせない。
さっきまではじっとりと舐めるような素敵な視線だったのに。
思わず意地悪をしたくなってしまった。
「どういうことですか?」
「あ…え、ええと。材料となるこちらの魔石をサービスさせて頂きます」
「どういうことですか?」
「こ、このことは内密にお願いします!まさか冒険者ギルド長の依頼だなんて……」
「どういうことですか?」
「ごめんなさぁぁい!!」
何度か繰り返すとダリヤさんは諦めて白状した。困窮する女性もまた素敵ですよね。
ロックバルトに魔道具ギルドを構えたのだが、髭人の皆さんはあまり利用してくれないようで、主にプレイヤーがお客さんらしい。
例のオギノさんの助言で窓口を森人にしておけばふっかけてもOK!と、この地に伝わっているそうだ。
髭人は不正を良しとしない性格だが、あまり交流が無かったため自由にやっていたらしい。
そこに冒険者ギルド長からの紹介を受けた僕がやってきて不正が発覚という流れになったそうだ。
「【インタープリター】は魔道具を作成するには必要となるスキルなのですが、スキル魔石を作るには本当は不要なのです……」
「そうですか。【インタープリター】はまぁありがたかったですが、本当はいくらの講座なんですか?」
「2時間で5万ヤーンです……」
「え?!」
「すいません、すいません。本当は5千ヤーンです……」
「ええ?!」
「ほ、本当に正直の価格です!魔道具神様に誓って!」
まだ騙すつもりだったのか。この人は結構筋金入りだな。
さらっと嘘をつく生き物だ。美人の嘘。良い響きだ。
「はー。ずいぶんふっかけましたね」
「す、すいません。返金いたしますからぜひ内密に……」
「いやまぁ、価値があったのでそれぐらいは大丈夫です。誰にも言いませんから取っておいて下さい」
その後、平謝りのダリヤさんはお昼ご飯をごちそうしてくれて、更に無料で空のスキル魔石を作るためのレッスンをしてくれた。
スキル魔石は魔物から取得した魔石を【魔力洗浄】というスキルで浄化することで得られる。
【魔力洗浄】スキル効果の付いた布の魔道具で拭くことでも大丈夫らしい。
魔道具はレベル1程度の効果しか無いので、多くを作ることは出来ないらしい。
ダリヤさんはこの【魔力洗浄】を持っている貴重な人材だった。
以前は魔道具神様の要請でビガンの町に居たらしいが、プレイヤーのセクハラが酷かったのでロックバルトに移ったそうだ。
今回ちょっと、脅迫気味だったけど、大丈夫だよね?ね?
彼女が去ったら僕のせいだと喧伝されるのだろうか。それは不味い。
そう、僕のためにも言いふらされるのは避けなければいけない。
「ユーキさんが見たいと仰るので、特別に実践してみます。本当に特別ですよ」
「はい、ありがとうございます。絶対に、絶対に他の人には言いません」
ダリヤさんは机に置いた魔石を右手で何度も撫でている。
【魔力眼】には周囲の魔素が流れ込んで抜けていく様子が見える。
魔力を使って余計な要素を抜くというスキルのようだ。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【魔力洗浄】を習得しました』
おお~!素晴らしい。これで僕もスキル魔石が作れるじゃないですか!
それにしてもダリヤさんが慈しむように魔石を撫でている姿が非常に絵になる。
その魔石は見た目がよろしくない中鬼の魔石なんだけど、彼女が持っていると美しく見えた。
良く見れば流れる魔力の流れが一定でとても無駄が無い。
「これは流し込む魔力量よりも流れる向きが大事なのでしょうか?」
「あら、魔力が見えるのですか?」
「ええ【魔力視】のスキルですね」
「そ、そうですか。それは素晴らしいですね。しかし惜しい!魔力の向きはそれほど重要では無いのです」
「そうでしたか」
「大事なのは流し込む魔力に余計な属性を付けない事です」
「属性ですか?」
「はい、後からスキルを受け入れられるようにするために純粋な魔力で洗うことが大事です」
「なるほど」
「魔力の量についても確かに多い方が良いのですが、私はこれ以上流し込もうとすると属性を付けてしまうのでこのぐらいにしています」
「そうでしたか」
彼女の流し込む魔力は無色透明だったが、抜け出る魔力は少し黒く変色していた。
余計な要素を抜き取るというよりは押し出すようにして洗浄するらしい。
【魔力洗浄】レベルが上がれば既に魔道具となった魔石に埋め込まれたスキルも一旦空にして詰め直すことが出来るとのことだった。
指輪などの魔道具にはスキル魔石を一旦空の魔石にして、スキルを埋め込んでスキル魔石にして、さらに圧縮したものが使われているらしい。
魔石を圧縮するスキルはそのまま【魔石圧縮】というひねりの無い名前のスキルらしい。
魔道具ギルドから門外不出という訳では無いが、簡単に習得できないので長い修行の末に身につけるものとのことだ。
ダリヤさんも長いこと習得中のため、魔道具神様が直々に作ったという【魔石圧縮】スキルが備わった魔道具を使って居るんだそうだ。
彼女も習得中の身であるため人に教授は出来ないとのことで講座は受けることが出来なかった。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【魔力洗浄】のレベルが2に上がりました』
僕はダリヤさんとゆったり語らいながらスキル魔石を作る技を磨く。いやあ、凄く良い時間だったな。
話から【魔力洗浄】への理解も進んだので【見取り稽古】のおかげでレベル4まで上がった。
最後に手持ちの【フォレストウルフメイジ】の魔石を魔力洗浄で綺麗にしてみたところ、目を丸くして褒めてくれた。
そこまでしなくても、スールさんに密告したりしないのに。
空のスキル魔石に使えるのはある程度の大きさを備えた魔石だ。
僕が持っていた物では【フォレストウルフメイジ】【ダンスベアー】【中鬼】【リビングロック】の魔石が使えると教えてくれた。
【ワイバーン】の魔石は遺体と一緒に町に回収された。報酬をもらっているので問題は無い。
レッスン中にそれら全部を空のスキル魔石に変えた。口止め料として空のスキル魔石も2つ貰った。
最後に作った空のスキル魔石に【飛剣術】のスキルを込めていつものようにピカピカのスキル魔石を作るとダリヤさんが頬を赤らめて褒めてくれた。
そんな派手にヨイショしなくても、密告しないです。あまりの信用の無さにちょっとへこんだ。
「またのお越しをお待ちしています」
「あはは、それはもう良いですよ。まぁ、今度は魔道具を買いにまた来ます。ありがとうございました!」
残念そうなダリヤさんの顔に見送られながら魔道具ギルドを後にした。
そんな顔で見なくても、またお金を落としに来ますってば。
次話「35 男魂祭の真実」
ルビの記述ミスを修正しました。




