30 メダル作りの匠
前回のあらすじ
素敵なお姉さんに【意匠】スキルを学んだ。
事前に条件として提示されていた【意匠】と【金属加工】が習得出来た。
エイギールさんに報告して、造幣ギルドで行われていた貨幣の作り方を教えて貰う日取りを決めたい。
講習会の帰りに、エイギールさんが居るという鍛冶ギルドに寄った。
そこは、町の工場のような金属が積み上げられた作業場だった。
みんながキビキビと働く中で、一人ゆったりと動いている人がエイギールさんだった。
まだリハビリ中という感じだろうか。
「あ、これはこれはユーキ殿じゃないか。スキルの習得状況はどうだ。講習会行ってみたか?」
「ええ、今日行ってきまして無事スキルを覚えてきましたよ」
昨日とは違って仕事中のエイギールさんは言動が自信にあふれていた。
フグスタリさんも才能あるって言ってたもんな。
「え、今日行ってきて覚えた?おめえ意外と面白い事言うな」
「【金属加工】はその前から持ってましたので、今日新しく覚えたのは【意匠】ですね」
「なるほど、ローニの兄貴……姉貴の指導力なら納得だな。となると必要なスキルは揃ったということか」
「ええ、それで、貨幣の作り方を教えて貰う日取りを決めたいのですが。いつだったら大丈夫ですか?」
「ん~。鍛冶ギルドの仕事も祭開けでまだ本格的に始まって無えし、ユーキ殿の依頼ということなら、ちょうど息抜き……ゴホン!……重要な依頼だから明日でもいいぜ」
「本当ですか!それじゃ、午前中でも良いですか?」
「おう。良いぜ!ここじゃ気が休まらない……ゴホン!……周りがうるさいからユーキ殿が住んでいる元造幣ギルドまで行かせて貰うぞ」
「よろしくお願いします」
「おう!造幣ギルドの匠の技を教えてやるよ」
昨日の酒場でのエイギールさんは、ちょっと変なテンションだったけれど、今日の感じがいつもの彼なんだろう。
わざわざ訪問してきて教えてくれるのはありがたい。
いよいよ、明日教えて貰えるのか。すごくワクワクする。今日は早めに寝ておこう。
───────
「おはようございます」
「おはようございます」
【洗浄】でさっぱりしたはずなのに眠たい目のまま階段を降りてきた僕をトレーニングを終えて一階の応接で待っていたルニが出迎えてくれた。
昨日は、ちょっと興奮してなかなか寝付けなかったのだ。
【意匠】と【金属加工】のトレーニングとして女性の裸像を作ったり潰したりしていたがそういう興奮ではない。
スキルが整い、いよいよ貨幣造りを教えて貰えることに対する興奮だから、そこは誤解なきようにお願いしたい。
二人で過剰な設備の調理場へ赴いて一緒にご飯を作る。
ルニの包丁捌きは近頃はますます神がかっていて、今日はスイムベアーの肉を綺麗にスライスしていた。
トントンと刻むスピードがちょっと速すぎる気がするけれど、この世界は刃傷にも優しいので特に心配は無い。
肉は今日使う分を除いて、残りを備え付けの保存の魔道具にしまった。
家の中の魔道具は、魔石を電池代わりに動いているので適当な大きさの魔道具を専用の受け皿にはめ込む事で稼働する。
最初に建物を案内して貰った時にフグスタリさんに聞いたら、大量に持っているゴブリンの魔石で十分に稼働するみたいなので助かっている。
魔石は見えるところに付けるようになっていて、残量がなくなっていくと徐々に黒く濁ってきて、最後は割れるのでその前に取り替える必要があるようだ。
付属の設備の炊飯釜は大きすぎるので、今は鍋を使ってお米を炊いている。
おかずとして簡単に香辛料で味付けして焼いた肉に、この町の生鮮食料品店で購入した青野菜を入れたスープで一式だ。
スープはビガンの町で買った固形スープを溶かしただけの簡易なものだ。
僕はあまり自炊をしない人だったのだけど、片付けが【洗浄】だけで済むのでちょっと料理が楽しい。
ルニはご飯を本当に美味しそうに食べてくれるのでそれも大きいと思う。
二人には広すぎる食堂でのご飯を終えるとさっと【洗浄】してキッチンの食器棚に収納した。
収納は【森崎さん】にしまう方が楽なんだけど、僕が不在の場合もあるし、楽しすぎていると【ログアウト】した後が怖いので自粛中だ。
食事を終えるとルニは今日も【生活魔法】スキルを覚えるために冒険者ギルドに向かった。
僕がしばらくホールに掛かった額縁のメダルやその由来の説明書きを眺めているとエイギールさんがやってきた。
「おう!邪魔するぜ」
「おはようございます」
「なっ!これは俺が生まれた頃よりも綺麗になってやがるな。こんな所まで……」
エイギールさんが言葉を失っている。なんかやっちゃったのか?
そういえば、どんどん【修繕】してしまったが、元々このギルドの頭領の息子だったということは、柱とかテーブルとか思い出の詰まった傷があったかもしれない。
身長のメモリが付いているような柱や壁は見当たらなかったと思う。
髭人は背の高い人でも身長が150cmぐらいで全体的に背が低いのでそういう文化は無いと思ったが、何か違う風習があったのかな。
すきま風を塞ぐように埋められた硬貨を取り出して拾得したんだけど、あれか?あれが不味いのか?
「ひょっとして消したら不味い傷とか汚れとか、あったりしましたか?」
「いやっ!そんなことは無えぞ!むしろ、この数日だけでこんなに綺麗にしたな」
大丈夫だったようだ。良かった。
ちょっと、「掃除道具は何だ?俺が悪かったのか…」とか独り言が大きいのがちょっと気になるけれど。
それはそうとして、やっぱり一昨日の酒場のエイギールさんはちょっと変なテンションだったようだ。
僕は美味しいお酒ですよねって言ったぐらいのものだと思うんですけど。
「それじゃ、折角朝早くから来て頂いたので、本題に入りましょうか」
「おっ、おう。そうだな」
「まずは場所を工房に移しましょうか?」
「おう」
工房には銅のインゴットが山と積まれている。硬貨を作りたいという僕の希望を聞いたフグスタリさんが採掘ギルドから持ち込んだ物だ。
町長のフグスタリさんは採掘ギルド長も兼ねているのでどっちから予算が出ているのか分からないけどありがたい。
この町の鉱石からは主に銅が産出されるのだが、それに混じって魔法金属が多く取れる。
その多くはアミールだが、ミスリルが混ざることもあるし、まれにもっと貴重な魔法金属が取れることもあるようだ。
銅は潤沢に取れるため、昔はそれで銅貨を作っていたと教えてくれた。
アミールも親和性が良いから混ぜて使えとそこそこの量のインゴットが積まれていた。
【鑑定】で調べて見たけど、町に潤沢にあるとはいえ、これだけあると相当な金額だった。
ちょっと心苦しいのでもらって良い物かどうか連日思案している。
エイギールさんは工房に入ると作業台にバッグを広げて中身を並べだした。
金属に円形の穴が開いた板や、金属の棒のようなものがいくつか並べられた。
彼は銅のインゴットを一つ持ってきて講釈を始めた。
「さっさと終わりにして飲みに行けるように、硬貨の作り方について説明していくぞ!」
「お願いします」
飲みに行くためにというのがちょっと気になったけど、積極的にやってくれるのはありがたい。
エイギールさんも確かな腕を持った職人だというので手を抜くことは無いだろう。
「この銅のインゴットは採掘ギルドのマークがここに付いているだろ?こいつは純粋な銅じゃなくてちっと酸化しにくくなっとるのよ」
「へ~そうなんですか。何か混ぜ物してあるのかな?」
「お、分かるか?混ぜ物じゃねえんだが【土魔法】の【金剛】でな、全体的に錆びにくい合金に変化させてあるのよ」
「【金剛】ですか、そんなことも出来るなんてすごいですね」
「そうだな。ただまぁ、金属を扱う時に欠かせねえが、ギルドから提供されるインゴットには加工済みだから、自分で使えなくても困らんぞ」
「なるほど」
単なる銅のインゴットという訳じゃ無いようだ。日本の十円玉も赤銅という確か銅とスズの合金だったはずだ。
【金剛】は性質を硬く変える魔言だけど、土から鉄みたいな変化もお手の物だから少し合金にするぐらいの変化は簡単なのかな?
この世界の【スキル】はいろいろ無理を通してくるな。
「俺も小せえ頃に親父に仕込まれたんだが、最初は古くからの作業を見てくれ。
これを見たことあるのと無いのとじゃ仕上がりがちっと変わってくるぞ。
まずは銅を薄く伸ばす。本当はそこにある火炉で溶解させたものを【鍛造】スキルを使って伸ばすんだが、そんなことやってたら日が暮れるからな。
早く終わらせて酒場に行けるように、今回は【金属加工】で……」
思ってることダダ漏れですよ。この人。この緩さ。成金社長の息子って感じがぴったりくるな。
机の上にあったハンマーでカーンと叩くと、インゴットの端が薄く伸びて5センチ四方片サイズになったところでぽろりと分離した。
「次は圧穿だ。硬貨の下地を打ち抜くぞ。この穴の開いた金型の上に置いて、この金属の棒を当てて……」
コン、コンと押し当てた金蔵の棒のお尻をハンマーで叩いていくと、カンと鳴って綺麗に円形に抜けた。
エイギールさんは円形の銅板を次々と9つ打ち抜いて並べた。ちょっと硬貨らしくなってきた。
彼はとても手際が良かった。
「仕上げはこの金型だな。こいつで表面と裏面の刻印を作るのよ。こうやって挟み込んで……」
円形の銅板を小さな皿の様な金型と、棒状の金型に挟み込んで、机の脇に付いていた万力で締め上げていく。
これは、相当に古い方法じゃないかな?結局最初の板を作る部分以外はスキルを使っていない。
締め上げたものを緩めて、二つのパーツをパカッと分けると、真ん中に星印が着いた硬貨がコロリと出てきた。
「こんな感じで昔は作っていた訳だ。圧が綺麗にかかって無えから、端が丸いし像もぼんやりしたもんだろ。
そこで、【刻印】スキルが生まれたのよ。先ほどの金型に挟み込んで……」
無地の下地を先ほどの金型に挟み込んで、床に備えられた金床の上に載せた。
ハンマーをその上に振り下ろすと、ドッという低い打撃音が鳴った。
力が逃げずに打ち込まれたようなそんな音だった。
「コイツが【刻印】スキルよ。ほれ、こんなふうにくっきりと像が見えるだろ。実際に通貨として使われていた頃はこうやって作ってたって話だ」
「へぇ~そうなんですか。【金属加工】は……あ、そうか、貨幣を駆逐した【精錬】スキルよりも後に生まれたスキルでしたね」
「おう。良く知ってるな。ただな、造幣ギルドを立ち上げたきっかけになったオズワルド様は【土魔法】で金床とハンマーに刻印を作って【鍛造】スキルだけで同じレベルの貨幣を仕上げたと言われてっから、その当時でも困ってなかったらしいがな」
「すごいですね」
「しかも作りたい貨幣の刻印を寸分違い無く作ってたらしいぜ。【土魔法】のスキルも相当だったんだろうな。造幣ギルドもオズワルド様だけで仕事が回っていたのを、教えて欲しいって押しかけた弟子筋が集まって開かれた講習会がその起こりだって話もある」
「へぇ~。面白いですね」
「無類の女好きで、人生の最後は数名の女性に刺されて亡くなったっつう真贋がはっきりしない逸話もあんだけどな。英雄色を好むってことだな。ウハハハハ」
「ハハハハ……」
それ、その情報要らなかったな~。とは言えこの世界の重要人物であることは間違い無い。
相当な期間の経済活動が彼によって支えられたのだ。
「んじゃあ。次が本命だ。最近行われている硬貨を作るやり方を俺様が見せてやるぜ」
エイギールさんは先ほどの残りのインゴットを左手で掴むと、右手でハンマーを叩き降ろした。
カンっという音と同時にインゴットがプルっと震えたかと思うと、チャリンと言う音と共に硬貨が一枚飛び出した。
「え?!それだけで?!」
「おう、たったこれだけよ。肝は【意匠】で正確な硬貨の形をイメージして、【金属加工】でぴったりに作り出すとこだな」
「すごっ。これは、貨幣が流通してる時代に出来ていたらそれはそれで貨幣価値が酷いことになってたでしょうね」
「まぁそう思うわな。実際、このおかげで型が不要になっちまって偽造防止が効果を発揮しにくくなったって話だ」
これは貨幣経済が終わるのも仕方が無い。こんな簡単に硬貨ができてしまったら偽の貨幣を造り放題だ。
手にとって調べてみると、先ほどと同じく星形の刻印が付いた硬貨が出来ていた。きちんと平面が取れているように見える。
先ほど【刻印】スキルで叩きだした硬貨と並べても大きさがぴったりだった。
しかも、見た感じもプルーフ硬貨のように仕上がりが綺麗だ。
「とは言っても、実際にやってみりゃ分かるが、大きさや刻印の形まできっちり同じにするにはそれなりの習熟が必要だ。
こいつは俺様がメダル作りの匠だから出来ることで、誰にでもすぐに出来ることじゃねえ」
あ、そんなに簡単じゃないようだ。早とちりしました。
ただ、造幣ギルドが役目を終えていなかったら、間違い無く混乱が起きていただろう。
「おし折角だ、もう一つ素材の工夫を教えてやろうじゃねえか」
「お~。お願いします」
「銅は【金剛】で性質を変えても、腐食をゼロにするこたぁできねえ。そこでこいつよ」
エイギールさんは銅のインゴットの山の隣に置いてあった小ぶりのインゴットを持ち上げて作業机に持ってきた。
これはアミールだ。この魔法金属をどうするというのだろう。
「さっきの残りの銅のインゴットに、このアミールを10%ぐらいの割合いで加えてだな、【金属合成】スキルを使ってアミール銅っつう合金にするのよ」
「ちょ、ちょっと待って下さい。【金属合成】スキルですか。初めて聞きましたが、それは珍しいスキルなんですか?」
「いや、それほど珍しいってもんじゃ無えな。ちっと習得が困難だがな。
【土魔法】の【金剛】は素材を変えられるが、魔法金属には出来ねえ。
【金属加工】は形を変えたり、柔らかさや粘りなんかの性質を変えられるし、金属同士を混ぜ込む事が出来るんだが、一つの金属にするこたぁ出来ねえ」
「なるほど、それぞれ得意不得意があるんですね」
「おう、そんで【金属合成】だ。こいつは二つの素材を一つの素材に作り替えるのよ」
「そうなんですか、しっかり見たいのでゆっくりやってみて貰えますか?」
「ゆっくり?良いだろう。見やすくゆっくりと加工してやろうじゃねえか」
エイギールさんは最初にアミールのインゴットをハンマーで叩いて、銅のインゴットの1割程度の大きさの塊を分離した。
あれは【金属加工】か、さっき銅板を取り出していたのと同じだ。
続けて銅のインゴットにアミールの塊を載せると、その上からハンマーで叩き始めた。
カーン、カーンと叩く度に金属同士の接合面で銅色とアミールの銀色が混ざり始める。
カーン、カーンと音に合わせてアミールのインゴットが少しづつ銅のインゴットの中に埋まり、接合面を中心にグラデーションがかかったようになっている。
さらに叩いていくとすっかり一つのインゴットになったが色が斑模様だ。
そのままさらに叩いていくと斑の状態が解消されて行く。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【金属合成】を習得しました』
やった!ゆっくりやって貰えたおかげで魔力の動きもじっくり観察することが出来て【見取り稽古】が活躍してくれた。
腰の横で小さくガッツポーズをしていると、エイギールさんが叩くのをやめ、机にあるのは少し光沢が強い銅のインゴットになっていた。
「銅とアミールは一緒に埋まってるぐらいなんで相性が良くてな、これが一緒になっていると全然劣化しねえのよ。当然魔法金属のアミール単体の方が硬いしさらに劣化に強えんだが、加工のしやすさで言うとこの合金の方が上だし、何よりもこいつは安くていい」
「へぇ。そうなんですか。この合金は何に使うんですか?」
「おう。この合金は最近作られるようになった復刻版の銅貨や記念銅貨で使ってるぞ。武器や防具に使っても悪くねえ」
「復刻版ってことは、昔の物と違うんですか」
「おうよ。昔の物は魔法金属が入ってない合金でな。少なからず腐食しちまうからな。貨幣ギルドが閉鎖を決めた後も、魔の領域深くの街や魔道マネーが受け入れられなかった国で使うために暫くはこのアミール銅で銅貨が作られたって話だ。ロックバルト周辺の地域で見かける硬貨もこの時代に作られた物が多いな」
「へぇ。勉強になります。銀貨や金貨も同じような変遷があるんですか?」
「銀貨は昔からたびたび工夫が続けられてたんで、時代時代で合金の種類が少しづつ違うな。金貨は腐食に強いから昔からずっと同じだ」
「そうなんですか」
いろんな変遷があって、なかなか面白い。途中でその素材が変わっているのか。
ゲームなのにその辺設定に懲りすぎだ。まったく素晴らしい話だ。
その辺りをデザインした人と趣味の話をしてみたい。
「そんじゃユーキ殿もやってみっか。まずは簡単な……この星形のコインを【意匠】で頭の中に造形して、【金属加工】で打ち出してみな」
「はい。ちょっとやってみます」
エイギールさんが作ったアミール銅のインゴットを受け取ると、昨日の講習会でノインさんにもらったハンマーを取り出し右手に構えた。
机の上に置かれた星形のコインを良く見る。エイギールさんはあっさりと作ったけれど、意外とエッジの形状が凝っているし、星形の部分は綺麗にテーパーが掛かっている。
【意匠】の力を借りて頭の中に作った三次元立体像を丁寧に修正してハンマーを打ち下ろした。
カンと叩くと、インゴットの端からチャリンと硬貨が飛び出した。
左手で飛び出した硬貨を確かめると、間違い無くイメージした硬貨が出来ている。
エイギールさんの硬貨と横に並べてみると、少しだけ僕の作った方が大きく、厚みが足りなかった。
「お、こいつはうまく行ったな。最初に作ったものとしては相当良いぞ。
俺が初めて作ったときは厚みも不揃いだったし、星形は線の長さが一緒じゃなかったからな。ハハハハ」
「これは、面白いですね。もうちょっと作ってみたくなります」
「そう言って貰えるとこの造幣ギルドの先輩方も喜ぶだろうな」
厚みと大きさが違うのは【意匠】で作った設計図が違っているか、【金属加工】での再現性が悪いかどちらかだ。
【金属加工】の方がレベルが高いこともあり、今回は【意匠】で作った頭の中の立体像が間違っていた様だ。
よし、イメージを修正した。よく考えれば硬貨はわざわざインゴットの上の方から発生させなくてもいい。
カンとハンマーを打ち下ろすと、机に接した部分がにゅっと伸びて硬貨になった。
落下での歪みもこれなら避けることが出来る。
「今度は……お、ぴったりですね。良い感じに出来ました」
「なんだと、こいつは、凄えな。2回目でこんなに合うなんて、ビギナーズラックも侮れねえ。まぁ俺なら何個作っても同じ形で作れるけどな」
なるほど、歩留まりも職人の腕の見せ所なのか。
何個か打ち出して比べてみよう。
カンッ、カンッ、カンッ。叩く度に硬貨が出てくるのが面白い。
しかも【意匠】で作ったイメージ通りに出てくるのは【金属加工】スキルのサポートのおかげか。
並べてみると、ぴったり揃っていてかなり良い感じだ。
表面の仕上げもテーパーの精度も作る度に良くなってくるので楽しい。
「な、なんだと、さっきのはビギナーズラックじゃねえのか?!こんなにすぐに合わせてくるなんて。【金属加工】はそんな前から使えたのか?レ、レベルは?」
「いえ、覚えたのは数日前ロックバルトに来てからですね。昨日もみっちり教えて貰ったので【金属加工】はレベル5です」
「は?!……な……レベル5だと?」
「ハハハ、固有スキルなんかの効果もあってレベルが上がるのがちょっと早いみたいなんですよね」
「そう……ですか、レベル5!ハハハ」
そう言いながらエイギールさんは打ち出した硬貨を真剣に眺めていた。
【金属加工】は活用の範囲が広そうな凄いスキルだ。日用品や武具類だって作れるだろう。ノインさんに感謝だな。
「ここまで正確に打ち出せると設計図の方もかなり……。【意匠】は昨日覚えたって話だったが」
「はい、【意匠】は昨日取ったばかりのビギナーですよ」
「しかし、コイツは外形が綺麗に円になってやがる。レベル2はあってもおかしくは無え、レベル3と言われても信じちまいそうだ」
「ええ、レベル3です。良く分かりますね」
「な、何言ってんだ!レベル3だと!」
「ええ、ローニさんは指導が上手ですよね。ちょっと癖が強いですけど」
「そ、そうか、ローニの兄貴…姉御か。それにしても……何が匠だ。笑っちまうぜ」
やっぱりレベル上がるのが早すぎるようだ。
この空気だと【金属合成】をさっき覚えたとか言わない方が良さそうだ。
ともあれ、これでいつでもオリジナルの硬貨が作れるようになった。
エイギールさんが帰ったら、とりあえず日本の硬貨でも作ってみるか。
100円玉が白銅で500円玉がニッケル白銅だったっけ。【金剛】で作れるかな?
「ユーキ殿ッ!簡単ではありますが、これで造幣の入口に立つための指導は終わりですッ!!」
「あ、ありがとうございました!」
「後はッ!ご自身でいろいろと研鑽して下さいッ!」
「はい。分かりました!」
エイギールさんは急に滑舌良くなって、残った端材をインゴットに融合させたり、先ほど取り出していた【刻印】のための道具をバックに入れたりとキビキビ片付けを始めた。
そんなに酒場に行きたいのか。まだお昼にもなってないんだけど。
報酬として指導を受けたので、エイギールさんに何か謝礼を出すのはまたややこしいことになるか。
彼が好きそうな物といえばお酒だけど、それは逆効果になりそうだ。
謝礼について何か渡せる物が無いか考えて居るとエイギールさんが鞄から封筒の様な物を取り出してこちらを向いた。
「ユーキ殿ッ。実はグズルーンの兄貴から依頼票を預かってきてまして……これですッ」
「依頼ですか。何でしょうね」
「自分はこの依頼を手伝うように言われただけでして、中身については聞いてないですッ」
エイギールさんがひと仕事を終えてやたらとテンションが高くなっている。
お酒とはそれほど心を躍せるものだったか。
封筒を受け取り封を切ると中には冒険者ギルドの公式な依頼書と思われる立派な用紙に依頼内容が書かれていた。
依頼人はロックバルト町長のフグスタリさん名義で、依頼内容は記念硬貨を製作して欲しいと書かれていた。
【ワイバーン】を討伐して魔物の脅威から町を開放した記念に記念硬貨を作るということだった。
意匠と素材は僕に一任し、初期ロットとして1万枚作成。報酬は記念硬貨製作の栄誉と副賞としての報奨金5000万ヤーンと書かれている。
確かに栄誉のある仕事だ。【ワイバーン】討伐の懸賞金が1億だったのに対してこの金額は妥当なんだろうか?
ロックバルトの町はモノ作りの町だが、結構儲かってるのかもしれない。
ざっと目を通すとエイギールさんに依頼書を手渡した。
「これは、どういうことでしょう?ちょっと見て貰えますか?」
「こいつはッ!大仕事を任されましたね。記念硬貨の製作は造幣を志す者にとっちゃ最高の栄誉ですッ!」
「なるほど。心して取りかかります。それで、ここに一任って書いてあるんですけど、本当に勝手に決めちゃって良いんですかね?」
「ユーキ殿は【ワイバーン】討伐の当事者ですから当然でしょう!手伝えってことは……俺もこの仕事に!おおお!!」
エイギールさんが天を仰いでいる。あれ?酒場行きの予定が雲行きが怪しくなってきたのがそれほど堪えたのかな?
それにしても僕が、集める側じゃなくて、作る側に回るなんて!
「エイギールさん、酒場行きはちょっとだけお預けにして図案について相談していただいても良いですか?」
「こ、光栄ですッ!酒場よりも記念硬貨ッ!当然ですッ!ハイ!」
あ、あれ?さっきまで酒場行きを相当楽しみにしてたので心配していたが、どうなってるの?
そう言って貰えると助かるけれど、このテンション。まだお酒飲んでないんだよね?
次話「31 解放の記念といにしえの言葉」
次回更新は10/10です。




