27 立ち止まる男を動かす脅威
前回のあらすじ
報酬にメダルもらった。あと新たに習得した【指導】について聞かれた。
フグスタリさんと、グズルーンさんに【指導】で【AFK】を渡してみた。
なんとなくすっと入っていかない感じがするけれど、何とか覚えることが出来たようだ。
受け手の二人もなんか体に入ってくる感じが凄く気持ち悪かったらしい。
青い顔をしたフグスタリさんとグズルーンさんがソファにもたれかかってうなだれている。
うなだれている理由にはもう一つあって……彼らは失禁してしまったのだ。
すぐに【洗浄】で身ぎれいにさせてもらったが、大の大人が人前で失禁するのは相当辛いだろう。
【AFK】は排泄回りを解決するスキルなので、受け止めきれないとこういうことが起きるのか。
渡すスキルによっては他にも悲惨なことが起きそうだ。
「これは、ちょっと……受け手に試練となるスキルでしたかね」
「そう言うがな、これしきのことでスキルが覚えられるのは破格だぞ」
「【指導】はスキル魔石を参考にやったら覚えたんで、多分レベル5未満のスキルは渡せないと思うんですよね。結構使い勝手が悪いかもしれませんね」
「いや、スキル魔石を使った場合は魔石は必ず消えるのに絶対覚えられるわけじゃねえからな。やっぱりすげえ話だぜ。それにしても、俺の時はそれほどでも無かったんだがなぁ。何か理由があるんじゃねえか?」
スールさんに使ったときは正直少し酔ってたから細かい事はあまり覚えてない。
なんだろうか、なんとなく思いつくままに言ってみるか。
「う~ん。覚える人のスキルに対する理解度……ですかね?」
「ほう。なるほどな。俺は冒険してた時分に【AFK】を使う奴とパーティしていたこともあるが、二人はずっとこの町に暮らしてるからな」
「フグスタリさんもですか?」
「グスタの親父もこの町が長いが、他の町とも交流があるから【AFK】のことは少しは詳しいかもしれんな」
「そうなると、グズルーンさんが体調を取り戻すにはまだまだ掛かりそうですね」
「そうなるだろうな」
「あとは、なんとなく……僕が相手のことを知っている必要があるかもしれません」
「ほう。スキルの創造者のなんとなくは重要だぞ」
「なんとなくで言えば、直接手で触れている方が良さそうです。さっきも魔力線が乱れていたので少し入りにくかった気がしますので」
苦しそうな二人を横目に情報交換を進めていると、少ししてぐったりしていたフグスタリさんが動き出した。
スールさんの予想通りになったので、スキルに対する理解度のが影響しているという可能性が高くなった。
「み、水をくれ」
コップの中身を【洗浄】で空にして【浄水】で注ぎ直し、フグスタリさんに渡す。
水を飲み干し、一息つくと、ようやく落ち着いたようだ。
「ふぅ。こいつは凄いスキルじゃ。酷い目にあったが【AFK】を確かに得たようだ」
「しかし、こいつは扱いに困るな」
「そんなもんですか?」
「そんなもんですかじゃねえぞ。レベル5以上のスキルとはいえ、こんなに簡単にスキルが得られるとなったら俺たちの生活が変わるかもしれんのだぞ」
「ううむ。あの揺れと光が新たなスキルを生み出した時の事と知るものは多くは無い。知ってそうな者には暫くは口止めをしとくとしようか」
「そうですか、お願いします。使う度に相手を失禁させるんじゃ僕も心が痛いので……」
ゴンゴンガシャーンの件はフグスタリさんが適当に誤魔化してくれることになった。
適当ってなんだろう。変なストーリーが追加されないと良いのだが。
スールさんとフグスタリさんで誰が知ってそうなのかなど人の名前を出しては大きくうなずき合っている。
やがて簡単な打ち合わせを終えると2人は帰るようだ。
「儂らはまだ【ワイバーン】の件の後片付けがあるでな。【AFK】の件感謝する。このお返しはまたの機会に」
「それじゃ、俺も行かねえとな。【AFK】ありがとよ。このお返しは今度渡す武具に乗っけとくぞ。それではな!」
「それではまた!」
「お気を付けて」
グズルーンさんを残して二人はのしのしと出ていった。
僕とルニは一旦入り口の前まで行って見送った。
元造幣ギルドの拠点は非日常感が素晴らしいけど、家にした場合は玄関部分が広すぎるな。
とは言え、メダルを求めて他の町にも行ってみたいから、そのうち出ていくことになるだろう。
すぐに応接コーナーに戻ったが、グズルーンさんはソファーに埋まって天井を仰いでいる。
まだまだ顔色が悪いように見える。肌が褐色なので正直色はよく分からないんだけど。
「大丈夫ですか?」
「む~」
大丈夫じゃなかった。
回復させるなら、【回復魔法】だと思うけど、症状は何だろう。
魔力線が乱れたままスキルを押し込んだ感じだから体の魔力が乱れてるのかな?
体内環境が乱れていると考えれば【快方】だな。
「え~と効くといいけど……【快方】!」
魔言を唱えると突然グズルーンさんが両目をカッと見開いた。
え、だ、大丈夫なの?息の根止めたとかそういう展開はやめて頂きたい。
「うぉおおお!」
「おお?」
「直ったぞー!!」
グズルーンさんは絶叫するとすぐさまコップを手に取り水を飲み干した。
よかった、【快方】が効くなら【指導】が気楽に使えるな。ちょっと人体実験をしてしまったようで申し訳ない。
ルニは僕の横で当たり前のような顔をして座っており、グズルーンさんの挙動にピクリともしていない。
「ぷはー。【AFK】を試してみてえが、ちょっとこれじゃ量もアルコールも足りねえな。よし、とっととエイギールんところ行くか!」
「え、は、はい」
「よし、んじゃ酒場に行くぞ!」
「え、まだ昼間ですけど?」
「おう、そうだな」
「昼間から酒場なんですか?」
「あいつはここんとこずうっとそんなだな。朝から晩まで酒場で飲んだくれてやがるんだ」
働かないって話は聞いたけど、アルコール中毒だって話は聞いてない。
アルコール依存症って甘く見ていると酷いことになるんですよね。
この前テレビで特集番組を見たら嫌な汗が出たのを思い出した。
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「あ~、グズルーンの兄貴!昼間っから酒かい?」
「おめえに言われたくねえぞ」
「ダハハハ。全くだ!!ダハハハハ」
エイギールさん、ずいぶん楽しそうな人だった。
才能があって親の遺産で一財産あって、真っ昼間から飲んでるなんて、この人凄い勝ち組人生じゃないか?!
働かないって聞いて、部屋で引きこもってるイメージだったけれど、この世界に家で楽しめる趣味は多くは無さそうだ。
「おっ!ユーキじゃねえか!いろいろ聞いてるぞ!沢山飲んでけよ!」
「あ、スルーズさん。ご無沙汰してます」
「ご無沙汰してます」
待機所で一緒に働いていたスルーズさんが両手にジョッキを持って店の中を歩いていた。
彼女は中々面倒見が良い性格だったが、酒場で働いてる人だったのか。
そのまま彼女は通り過ぎて別のテーブルにジョッキを届けていた。
さっそくグズルーンさんが今回の件を切り出した。
酔っ払いにどうやって話を持っていくんだろうか?
「おい、エイギール!おめえに仕事だ」
「ちっ、仕事はしねえって何時も言ってるだろ!」
「それが造幣の仕事と聞いてもか?」
「なっ、記念硬貨を作るようなことでもあったのか!?」
「おめぇ、町の噂も聞いてねえのか?」
「噂?そういや、俺が酔っ払いだからって【ワイバーン】が討伐されたとか嘘を教えようとするやつなら一杯いたな。俺がいくら酔っ払いだからってそのぐらいは分かるっての」
「は~。もういい。どうせおめえみたいな酔っ払いじゃ、記念硬貨を作るのは任せられねえからな」
記念貨幣の仕事を餌に釣りだそうとしているようだけど、うまく行ってない。
そこにスルーズさんが左手に大皿の料理を二皿、右手にジョッキを3つ持って現れた。
あれ、まだ料理を頼んでないのに。グズルーンさんがいつの間にか頼んだのかな?
「ほれ!こいつはあたしからの奢りだよ!エール酒じゃユーキには水みたいなもんかもしれねーがな。ワハハハハ」
「ありがとうございます」
待機所ではスルーズさんに、毎晩のように酒を飲まされていた。
窮地はやっぱり【回復魔法】で乗り切ったから、ちょっと反則だったけど、酒に強いと認識されて、4日目ぐらいからよく標的にされるようになって困ったのを思い出す。
「姉さん、コイツと知り合いかい?」
「おう!コイツはいい男だぞ。腕っ節も強えし、酒もエイギールなんかよりずっと強えぞ!」
「なんだと?!俺だって伊達にずっと酒飲んでた訳じゃねえぞ!」
「あぁん?おめえは酒に飲まれてただけだろ?そんなに言うなら、酒比べでもすりゃいいじゃねえか」
なんか変な雰囲気になってきたな。
お願いしようと会いに来たのに、ちょっと喧嘩腰なのは止めて欲しい。
「おい!そこのひょろいの?!ユーキっつったか。俺と酒比べしろ!」
「え、えええ?」
ほら!やっぱりこっちに飛び火したじゃないですか!
しかも、スルーズさんもグズルーンさんもニヤニヤしていて止めようとしない。
ルニなら!と思ったけれど、彼女は用事があって現在は別行動中だ。
思い返してみるに彼女が居たら余計酷いことが起きそうなので、むしろ居なくて正解かもしれない。
「俺が勝ったら、さっきの姉さんの言葉を撤回してもらう!」
「ほう、じゃあユーキ殿が勝ったらどうするんだ?」
「そ、その時はそいつの言うこと何でも聞いてやるよ」
「そいつは良い。これで仕事が一つ片付いたぜ」
グズルーンさんはそうやって煽るのを止めて欲しい。
僕が、やるとかやらないとか言わなくても進むのはいつも通りだな。うん。
「よし、このスルーズが立会人を務めてやる!おい!髭人殺し持ってこい」
「ド、髭人殺し」
周りが急に静かになった。周囲のお客さんがコソコソと何か言い合っている。
【聴力強化】で聞こえる声を聞くに髭人殺しは滅多に飲まないものらしい。
あれは結構美味しいから、とっておきなのかな。
「お~?怖じ気づいたか?」
「ち、違うわい。そっちのひょろいのを心配してやっただけだ」
「おめえ知らねえのか?ユーキ殿とストゥルール殿が髭人殺しで酒比べしたのをよ!」
スルーズさんは、なんでそれを知ってるんだろうか。
あのふんどし隊の人達から聞いたのかな?
「ストゥルールの旦那と?それがどうしたんだ?」
「そいつは町長が立会人でな、結構な大勝負だったって話だ」
あれ?そうだっけ、スールさんがジョッキで2杯目で、僕が5杯目で決着が付いたからそんなに量は飲んでなかったから大勝負っていう感じじゃないと思うんだけど。
あ、あれか?!その後のルニの大立ち回りが噂になってるのか……。
「その時ストゥルールの旦那はあと僅かでジョッキ2杯だったって話だ」
「す、すげえ!流石ストゥルールの旦那だ!!」
「その勝負の勝者がこのユーキ殿だ。この話はストゥルールの旦那から直接聞いたぜ」
「ば、馬鹿な!お、おいっ!ユーキさんよ。おめぇは一体どんだけ飲んだってんだ!?」
「え?僕ですか、ちょうどこのぐらいのジョッキで4杯と少しですね」
僕はエール酒が入ったジョッキを片手に掴んで持ち上げるとそう説明した。
するとエイギールさんはぴたりと静かになった。
は~。また酒対決ですか。もうちょっとゆっくり美味しく飲みたいな。
そうしている間に僕たちのテーブルにジョッキが2杯届けられた。
相変わらずアルコール分だ、ジョッキの上の空気がゆがんで見える。
こうして改めて嗅いでみればそれほど悪く無い臭いだった。
しょうが無い、やりましょうか。ジョッキを右手に掴んだ。
エイギールさんも同じようにジョッキをぎゅっと握りしめてやる気の構えだ。
「よし!それでは……」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!!!」
スルーズさんが合図をしようと手を上げたら、エイギールさんが急にストップをかけた。
「えぇ?!」
急に言うもんだから変な声が出た。どうしたんだろう?
僕は折角だからこのお酒を楽しみたいのに。
「こっ、この勝負、俺の負けにしといてやる 」
「え?そうですか?よく分からないですけどそれで良いんですか?」
酒が強いという自分にこだわりがあるようだったけど良いんだろうか?
右手に持ったジョッキがそのままだったので、ちょっと口を付ける。
おお!相変わらず度数が高いのに味わい深い。ちょっとビリビリするけれど。
「せっかく、美味しいお酒ですもんね。競うようにじゃなくて、ゆっくり飲みたいですよね」
「あ、あ、あ」
これは、くせになるよね。もう一口、グビリと飲み込む。
喉から腹に流れ込む刺激と共に深い味わいが広がる。
と、視界が一瞬ぐらりと揺れた。おっと忘れるところだった【解毒】っと。
「プハー。結構痺れますよね。このお酒。たまにしか頂けないって話ですけど、こんな風に頂いていいんですかね?」
「い、良いんじゃ無いか?それほど貴重な物では無いし」
あれ?このお酒それほど貴重じゃないのか?
スキルと魔法の世界にはもっと凄いお酒を造る技術があるのかもしれない。
グビリ、もう一口飲んでみたが、味は本当に深みがあって素晴らしい。
それにしても、どうして急に勝負をやめることにしたんだろうか?
「あ、分かりました!歌が足りないんですね?あれと一緒だと良い感じに飲みやすいですもんね?」
僕はジョッキを置いて手拍子を始めた。周りからもパラパラと手拍子が始まる。
エイギールさんは急にガタッと椅子から立ち上がり床に座って土下座を始めた。
なんかプルプルと震えている。
「勘弁してくだせえ!」
「ユーキ。おめえ中々容赦がねえな。俺もちょっと背筋が寒くなったぜ」
「ユーキ殿、そこまで追い詰めるのはちょっとやり過ぎだ」
あ、なんかやっちゃったっぽい。お酒飲んでただけなのに何故か二人に諫められてしまった。
周りの様子をうかがってみればなんだかザワザワしていた。
『アレを美味しいだと……』
『英雄殿はどうなってるんだ……』
『あんな風にアレを飲む奴を初めて見たぞ』
『初めてエイギールに同情したわい』
酒比べは相手が飲んだ分だけ飲まなければいけない勝負だったらしい。
髭人殺しを持ち出した場合は、普通はジョッキ一杯で決着が付くらしい。
このお酒、僕はピリピリと刺激を楽しんだ後【解毒】で打ち消して飲んでいたけれど、普通は【解毒】じゃ追いつかない物らしい。
勝負は始まる前に終わり、僕が美味しくお酒を頂いているうちにエイギールさんが全面協力を申し出てくれた。
明日からが楽しみです。
次話「28 所変われば教えも変わる」




