26 討伐の報酬と仮の住処
前回のあらすじ
宴はゴンゴンガシャーンで中断された
例の宴はゴンゴンガシャーンのあと、町の人達が急に僕を拝みだして収拾が付かなくなったのでフグスタリさんが宴の終わりを宣言した。
僕はそれ以来、建物に引きこもっている。
あの後、広場に居た人や【ワイバーン】がどうなったかは知らない。
引きこもっていると言っても、ルニと一緒なので、ずっとジャージという訳にはいかない。
折角防寒機能もついてるけれど、泣く泣くジャージを諦めた。
この町はちょっと寒いので、ビガンの町で旅行準備に購入した厚手のズボンとチュニックを着込んでいる。
両腕剥き出しで平気な顔をしている髭人は凄いと思う。
この建物は鍛冶場の備えられた立派なものだ。
フグスタリさんに連れられてやってきたのは町の鍛冶場通りの端にある建物だった。
【ワイバーン】討伐の報酬としてメダルに関するものとしてこの建物をくれるという。
いや、そんな規模のものをもらっても困ると言ったのだが、これはアンタが欲する物に間違い無いと押しつけられた。
それ以来、なし崩し的にこの建物に寝泊まりしている。
ここは確かに僕が欲するもので間違いない。
この建物はかつての造幣ギルドだった。
当時使われて居た道具も備え付けの物は大抵残っていた。
入口の受付の部屋の壁にはこの設備で作られた硬貨が額縁に入れて飾られている。
初めて入ったときは部屋中に埃が被っているような状態だった。
部屋にかかった額縁も表面が白く汚れていて中身が見えなかった。
歩くと埃が舞い上がり、靴の跡が付くような状態で、長い間使われていないことが伺われた。
「もう少し準備を整えてから渡す予定だったんだが……。寝室だけは用意させたんで、寝泊まりする分に不足は無いはずだ」
フグスタリさんは申し訳なさそうにそう言うのだが、僕は不満は無かった。
当時の息づかいが感じられるようで、凄く良い!そう思った。
とは言え、住むには不便だったのですぐ掃除をすることになったのだが。
案内されたその日は2階にあった宿泊用の個室に泊まった。
その部屋だけは綺麗にされ、布団も用意されていた。
久しぶりに違う部屋で寝られたので油断して少し寝過ごしてしまった。
「おはようございます!」
「おはよう!」
翌日目が覚めて、部屋を出ると、ルニが入口の応接コーナーで休んでいた。
【水魔法】を覚えたのが嬉しくて、【水洗浄】で入り口から掃除を始めたら魔力が枯渇したらしい。
「【水洗浄】だと紙類はうまく綺麗にできないかもしれませんね」
「実は既にやってしまいました」
ルニは机の上に置いてあったプレートを持ち上げた。
入口のドアノブの内側に掛けられてあったものらしい。
そこに挟まれた厚紙に滲んだ文字で、『閉鎖中』と書いてあった。
「これはまぁ、大丈夫でしょう。それじゃ、濡れたら不味そうな部分は僕がやりますね」
「お願いします。それでは私は水回りと、床周りを中心に掃除します」
それから2日かけて建物の中を片っ端から掃除した。
改めて【生活魔法】の便利さを実感している。
【光魔法】の【光洗浄】も使えるんだけど、光で綺麗になるというイメージが難しく仕上がりもイメージに引っ張られた。
光沢のある机、ガラス、金属プレートは良い感じにピカピカになったが、木材の汚れはうまく取れなかった。
一方で【生活魔法】の【洗浄】は得手不得手が無いので、迷うことなくなんでもそこそこ綺麗になった。
【洗浄】を物に掛けると1回あたりの魔力消費が2だ。
【魔力吸収】のおかげで20秒で1回復するんだけど、無計画に使うとすぐに枯渇する。
対象をしっかり見て、このあたりを綺麗にするとイメージして使っていく。
間違って綺麗にしすぎて、補修部分を消し飛ばす失敗もやらかした。
失敗は成功の母とはよく言ったモノで、同じ【生活魔法】の【修繕】で補修部分を直す事が出来た。
ちょっと魔力を持って行かれたが、大満足の結果だ。
───────
カランカラーン!
「おーい!俺だ。フグスタリだ。入るぞ!」
今日も同じように午前の掃除を終わらせ昼ご飯を食べ、一息ついて、2階の細かい部分の掃除を進めていると人がやってきた。
掃除の手を止めて、入口まで迎えに出ると、丁度ルニもやってきた。
入口にはフグスタリさんが、スールさんともう一人男性を連れて3人でやってきていた。
「あ、どうも、いらっしゃいませ!」
「こいつはずいぶんと綺麗になったな。見違えたぞ!」
「なんとなく彼女が掃除を始めたのに釣られまして」
「掃除を派遣せねばと思っておったが、不要になったな」
応接スペースに案内する途中でフグスタリさんが、そんな風に切り出した。
隣の二人もなんだか、少し驚いた顔をしている。
とりあえず、水を出しとくか。
【森崎さん】にコップを出して貰って【浄水】で水を注ぐ。
この人達は握りつぶしそうなので、ガラスのコップは避けて金属製のコップだ。
「最初にこの男を紹介させてくれ。この町の鍛冶ギルドマスターのグズルーンじゃ」
「ユーキ殿、ルニート殿、お初にお目にかかる。よろしくたのむ」
「あ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
席に着くとフグスタリさんからグズルーンさんの紹介があった。
彼は少し礼儀正しそうな印象を受けた。鍛冶ギルドか、何の用事だろう。
「間を開けてすまなんだ。我々の中でもなかなか意見がまとまらなんでのう。今日来た理由は3つじゃ」
「3つですか」
「1つめは坑道の討伐報酬の……ストゥルールの鎚の件だ」
「おう、鎚の件だが、硬貨の方は【ワイバーン】討伐の報酬の方で用意しとるみたいだからな。お前さん方に武具を送りたい。それが、町の者からも一口噛ませろと言われてな、今このグズルーンの所でせっせと拵えとるから、出来上がったら使い方も含めて渡したい。一週間後に冒険者ギルドまで顔を出しとくれ。受付のバーラには話を通しておいた」
「え、新しい武具ですか?」
「まぁ儂らの自己満足みたいなもんじゃな。嫌な顔をせずにもらってくれるとありがたい」
「「わかりました」」
なんだろう、使い方も含めてってことは【鎚術】かな?あの【リビングロック】ぐらいならまだしも、もっと硬い敵が出てきたら鎚が有効なシーンはありそうだ。
ありがたくもらっておくことにしよう。
「2つめは【ワイバーン】の討伐報酬の件だな」
「えーと、この建物はやっぱりやり過ぎだったという事ですか」
「いや、そうじゃねえ。この建物は気兼ねなく貰ってくれ。ただユーキ殿は冒険者だから町を出るときにゃまた相談だな。それはそうとして、ユーキ殿は『記念硬貨や金属加工に関するもの』と言っておった。それでまずはこれだ」
机の上に山頂で見たヴォルドン様の記念金貨とオズワルド銅貨と、記念セットが並べられている。
それぞれ5つづつ用意されている。これを用意したのは誰だか知らないけど分かっている人がいるな。
「これは【ワイバーン】討伐時のおぬしらの取り分みたいなもんじゃ。流石にこれだけでは話にならんじゃろう。簡単に用意できるところでこれだ」
「これは?」
机の上には同じく記念セットが5つづつのようだが、ケースの意匠が違う。片方は金色が入ったシンプルなもので、片方は凝ったデザインだった。
フグスタリさんが2種類のセット品を開けると、シンプルな方には金貨が、凝った方には銀貨が入っていた。
「今の健康神の5高弟と、芸術神の5の使徒の硬貨じゃ。手っ取り早く記念セットとなっているものを用意させた。
ユーキ殿は地球人のためご存じ無いかもしれんが、健康神の5高弟が金貨、芸術神の5の使徒が銀貨になっておる」
「はい」
「健康神の5高弟は[柔拳]リットン様、[剛脚]タトス様、[狂胃]アンガス様、[剛健]ワイザルド様、[健脚]ルーク様で、芸術神の5の使徒は[歌唱]ボリフォス様、[舞踏]ダリミナール様、[絵画]チャリクリス様、[印章]バリドゥーグ様、[家具]ドリトン様じゃ。」
「これは……いいものですね!」
「そうか!喜んで貰えたならありがたい」
金貨はロベール貴金属店でも扱いのあったものだが、記念硬貨セットなせいかちょっと綺麗な気がする。
銀貨は手持ちの貨幣に描かれた人物があまり好みでは無かったのでチェックして居なかったが、今の代の使徒はおじさんではなく、精悍な芸術家達が描かれていた。
これはなかなか嬉しい。ボリフォス様は、これは……美人で……人魚だ。人魚居るんですね!
「このギルドに残っておる記念硬貨なんかも儂らみんな気にしてなかったからな、全部もらってくれてかまわねえ」
「ほ、ほんとですか?!」
ちょっと声が裏返ってしまった。歴代の剣聖ガーウェイ様の銅貨記念セットのようなものも飾ってあったし結構値打ちがあると思うんだ。
この造幣ギルドで製作された歴代の貨幣が並べられた額縁などは圧巻だ。
ロックバルトの町と共にこの造幣ギルドが歩んだ7000年の重みが感じられるのでおいそれと懐に収めて良い物のように思えない。
「ああ、これらもここで作ったもんだが、俺たちに取っちゃ道具は使ってこそだ。飾ってあるのもギルド方針に従ったまでよ。髭人にゃ使わねえものの価値を見いだすのはなかなか難しいんでな」
「それじゃ、ありがたく頂きますが……この建物と共に展示されているのが相応しいでしょうからこのままにしておきます」
「そうか、まぁそれは止めないが。それからな」
「それから?」
「『金属加工に関するもの』だ。そこでグズルーンを連れてきた」
「え、他にも貰えるんですか?そんなにしてもらわなくても」
「状況が分かってねえようだな。今町はアンタ達のおかげでそりゃあもう大騒ぎになってるんだ。アンタ達の話が出ない日は無ぇぐらいにな」
「まぁそれは良い。造幣ギルドの本部が正式に役割を終えて4000年だ。各地のギルドは細々と記念硬貨を作る役割を果たしておったがそのほとんどは失われた。技術の多くは武器作りに行かされたが、造幣ギルドにしか必要とされない技術も多かったと聞く。コイツの所にな、この造幣ギルドで働いとった奴がおってな、そいつから造幣の技術を学ぶとええ」
おおお!凄い。造幣技術を教えてもらえるのか!
この元造幣ギルドにもあまり機械的なものは無かったがその割には立派なメダルだ。
どうやって作るのか非常に興味がある。
「それがな、その男が……」
「町長、これは俺から話す。そいつはエイギールっていう中々の腕をもった鍛冶職人なんだが、元々造幣ギルドの頭領の息子でな。細々と硬貨を作っていたが廃業して鍛冶ギルドに転籍した男だ」
「そうなんですか」
「この建物は造幣ギルドが廃業して町で買い取ったんだが、大金が入ったエイギールは働かなくなっちまったのよ」
「え?」
うーん。厄介事の予感がします。
また流れるようにクエストを拾ってしまったようだ。
「あの男は、ユーキ殿と通じるものがあるでな、ユーキ殿が話せば引き受けてくれるだろう」
「後で俺と一緒にエイギールの所まで行ってくれ」
「分かりました!」
これは自分のためでもある。しっかりとクエストをこなそう。
造幣ギルドのことを知る人物と知り合えるなんてぐっと来る話だ。
「最後に3つめだが、ユーキ殿がスキルを降ろした件だ」
「あ、やっぱり」
「あれは伝え聞く通り、新たなスキルを生み出したということか?」
「ええ、そうです」
「何事があったのか儂らにだけでも教えてくれ」
「えーと、別に隠す程のものじゃないんですけれど、スールさん【AFK】覚えましたよね」
「おう。急に身についたぞ。あれは凄いな。潰れるまでずうっと飲んでられるとはたまげたぞ」
スキルを渡した訳だけど、酔った勢いで勝手にやったので心配していたのだが、スールさんは喜んでくれたようで良かった。
スールさんが続ける。
「急に何事かと思ったらあの音と揺れと光だ。ユーキ殿が光っとったから間違い無く何かやったと思ったが、あれは何だ?」
「ええ【指導】ってスキルで僕の持つ【AFK】の力をスールさんに渡したんです」
「なんじゃそれは?」
本当に『なんじゃそれは?』だよ。僕もそう思う。
これはなんて説明すればいいかな。そうだスキル魔石を作るのを真似したんだった。
フグスタリさんにはその線で説明してみよう。
「フグスタリさん、スキル魔石にスキルを込めたことはありますか?」
「う、うむ。スキルを自分を想像しながら、魔石に魔力を這わすんだったか」
「そうです、それを人の身に使うのですが、やってみたらスキルになりました」
「な、なりましただと。そんな簡単な話じゃないだろう。あれは新たなスキルが降ろされたということだぞ」
「ええ、僕もスキルを降ろしたのはまだ3回目ですが、そうですね。それと、これなんですけど」
「さ、3回目……」
フグスタリさんが、言っていることは分かるけど、面倒は先に済ませたい。
【森崎さん】にジョッキを出してもらった。
これは【指導】スキルが成った時に僕が握っていたよく分からない魔法金属で出来たジョッキだ。
この屋敷になんとなく握ったまま持って来てしまったことに気がついたのだが、こいつが問題だ。
「これ、なんか変なことになっています。多分スキルが生まれた影響を受けたんだと思いますが」
「こ、このジョッキが何か関係あるのか?」
「ええ。【指導】のスキルの影響が出ています」
「こいつは、この町にある古い金属で作られたジョッキで、それなりに価値のあるものだが、それほど珍しいものでは無いな」
「町長、ちょっと見せてくれ」
グズルーンさんがひょいと持ち上げる。確かに見た目はそれほど変わって無い……と思う。
だけど【ステータス】で見ると明らかになにかちょっと普通じゃない魔道具だ。
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指導の杯
【指導】の原初の力を備える杯。飲料に快適な温度を維持する。
己の経験を託し人に与えることが出来る。
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なんか、あっさり書いてあるけど、これ飛剣パックと飛剣スカッドと同じ奴だ。
【見取り稽古】の時は特にその影響を受けたものは無かったけれど、メガネでもあったら違ったんだろうか?
それとも、道場か、道場に何か影響を及ぼしてるかもしれない。
「こいつは……少し金属の色合いが違うな。なんじゃこれは」
暫く上から下からジョッキを眺めたり、指でコンコンと叩いたりしていたがすぐに机に置くとこう言った。
「ふぅ。だめだ俺には荷が重い。分かるのは普通じゃないことぐらいだ」
僕は机に置かれたジョッキを再び持ち上げた。
「銘が『指導の杯』となっています。己の経験を託し人に与えることが出来るそうです」
「そいつは、まさに、先ほどユーキ殿が伝えられたスキルの力と同じだな」
「試したことは無いですが、多分ここに力を注ぎ、飲ませるのだと思いますが、飲んで見ますか?」
その場を沈黙が支配した。
僕もちょっと恐ろしくて飲めないかもしれない。
「そいつはやめとこう。これはユーキ殿のもんだ。大切にするがいい。いつか助けとなるときが来るだろう」
「ありがとうございます」
手に持ったジョッキを【森崎さん】にしまってもらった。
元々人様の物だったから困っていたが、持ってて良いと言われて安心した。
フグスタリさんが、何か言いたそうだ。
「我々は酒を愛する種族だ」
「はい」
「しかし困っている事があってな」
「はい」
「ゴホン!うん……その【指導】というやつで【AFK】を儂にも覚えさせてくれんだろうか?」
「あ!俺もお願いしたい」
フグスタリさんに続けてグズルーンさんまで!
この人達が町の代表で大丈夫だろうか。
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