24 髭人族は重たいものが好き
前回のあらすじ
ワイバーンが抱えていた財宝を確認した。ヴォルドン様グッズ満載。
なんだか周囲が騒がしいので目を覚ました。周囲を見回すと、寝ているのは僕だけだった。
くるまっていた厚手の毛布からもぞもぞと這い出す。
ARデバイスの開発で実験室に寝泊まりしていたこともあって何処でも寝られるけれど、地面の上は結構硬いのでもう少し厚みのある寝具が欲しい。
【生活魔法】の【寝床】が使えると凄くいいんだけどな。
大きく息を吸い込むと空気が冷たい。そうだ、ここはロックバルト山の山頂だった。
ヒュン、ヒュン、と規則的に風を切るような音がする。
大きな洞穴の中、少し離れた場所で日課の早朝練習に打ち込むルニの姿が見えた。
【クロック】の表示を見るともうそろそろ7時なので、そろそろ練習が終わる頃だ。
一通りの型を黙々と繰り返す彼女は美しい。
始めは【剣術】と同じ型を舞っていたが、【曲剣術】に段々最適化してきて、今では全く違うものだ。
型には順番に一通りの意味が込められていて、その意味を満たす技を当てはめて行くのだ。
剣術道場の全体演舞では意味が統一されているので、全ての武器で動きは違っていても全体の動きが合うのだ。
今では僕もその動きの意味がよく分かるようになった。
流れるように一連の動きを納めていく。
一つ一つ丁寧に振るう、その振りに必殺の気迫が込められている。
周りはまだ寒いのに、ルニの周りには湯気が出ている。
「ユーキさん、おはようございます」
「おはよう!ルニ」
剣を納めると起きた僕に気がつき、朝の挨拶を交わした。
邪魔しないようにじっとしていたが、毛布を【洗浄】し、片付けていく。
主に片付けるのは【森崎さん】の仕事だけど。
魔力も支払っていないのでヒモみたいでちょっと嫌だ。いや助かってるんですけどね。
さっきから、洞穴の外で人の話し声がする。
まだまだ朝早いのに、町から冒険者達がやってきたようだ。
大きく伸びをしてあくびをかみ殺すと、洞窟の外に出た。
「おはようございます!」
「おう、起こしちまったか」
出てすぐの所にスールさんが居た。
彼が見ている方を眺めると、【ワイバーン】の死体が横たわっていた。
よく見れば、ロープがグルグルと巻かれ、首や翼、尻尾が体に縛り付けられている。
ワンボックスカーより大きいその周りを髭人が数名、取り囲みながら談笑していた。
昨日スールさんが依頼したという荷運びのメンバーだろう。
やがて、全員がぞろそろとスールさんの周りに集まってきた。
全員が髭人だ。
昨晩の内に荷運びの依頼をロックバルトの冒険者ギルドで募集したらしい。
申し訳程度の報酬しか設定されていなかったその依頼に町の腕利きが殺到したらしい。
みんな【ワイバーン】に苦汁を飲まされてきた人達だ。
自ずとそのメンバーは全員が髭人となったらしい。
それにしても、ちょっとこの人数少なく無いですか?なにせ、12人しか居ない。
まぁ、いざとなったら森崎さんがあっさりしまってくれそうな予感があるけれど。
『可能ですよ』
ですよね。いつも頼りにしています。
それでも、この人達が運びたいって来たのにどういうことだろう。
「スールさん、これで全員ですか?」
「あぁ?当然だろ。これ以上は邪魔だからな。ちっと多すぎたぐらいだ」
「ユーキさん、髭人族の方々は筋力に優れているので重いものを持つのに慣れているのです」
「そうか、そういや、ユーキ殿は何を遠慮してるのかしらんがあんまり俺の能力を見てねえよな。遠慮せんで筋力を見て貰えれば話が早え」
「それじゃ、遠慮無く」
■■■
ストゥルール(髭人・男)
通り名 ロックバルトの守人
不撓の戦鎚
能力値
体力 427 /427 (305+122)
魔力 111 /111 (85+26)
筋力 603 (402+201)
器用 93 (71+22)
敏捷 74 (67+7)
スキル
・身体
【体力強化】4
【魔力強化】3
【筋力強化】5
【器用強化】3
【敏捷強化】1
【再生】4
【打撃耐性】4
【切断耐性】2
【刺突耐性】2
【圧迫耐性】4
【炎熱耐性】3
【毒耐性】4
【受け流し】5
【気配察知】3
【暗視】3
・武器
【槍術】3
【棒術】2
【斧術】3
【鎚術】6
【爪術】1
【盾術】4
【鎧術】4
・魔法
【解析】3
【風魔法】1
【火魔法】2
【土魔法】4
・加工
【採掘】5
【金属察知】3
【金属加工】3
【金属分解】4
【採集】2
【解体】3
【棍鎚整備】4
・異世界
【ウィスパー】2
【冒険者カード】6
【冒険者マニュアル】3
■■■
思ったよりも特徴的な【ステータス】だった。
まず硬い。体力と【体力強化】と耐性スキルに加えて【再生】で相当硬い。
【ワイバーン】相手にあまり死人が出て居ないらしいが、凄く納得した。
そして、筋力が凄い。これなら確かに運べるだろう。
正直それより気になったのは通り名だ。なんでこんなにまともなの?
この世界の不条理を感じる。これは言ってもしょうが無いことなので黙っておこう。
「600ですか。もの凄いですね。確かに4人も居れば運べそうです」
「そうだろう。だがな、依頼の条件は800以上で出したから、こいつらの方がすげえぞ」
「す、凄いですね。そんなにあれば【ワイバーン】もやれたのでは?」
「ユーキ殿、そいつは違うぜ。俺たちじゃ空飛ぶワイバーンに翻弄されて、まともに一撃入れられねえのよ」
「あ、納得しました」
「あんまりそう納得されるのもなんだか悔しいが、まぁそういうことだ」
そういえば、最初に相性が悪いって言ってたな。
言いにくい事を言わせてしまったな、申し訳ない。
「それじゃそろそろ行くぞ!」
「「「「応!」」」」
髭人の人達は【ワイバーン】の死体1体に3人づつ、石棺は1人一つづつ、石柱は2本づつ持っていた。
すごい重そうなんだけど、すごいニコニコで運んでいる。
そういえば、この人達当たり前のように重たそうな鎧を着込んで、重たそうな鎚を担いでいる。
「重たい物を運ぶんなら軽い装備にしておいた方が良かったんじゃ無いですか?」
「馬鹿言え!俺たちゃ毎日のように金属塊を運んで暮らしてるんだ。そんな情けねえ事したら格好が付かねえ。髭を間違って切りすぎるより恥ずかしい事だぞ」
よく分からないが、重たい物を持てるのは一つのステータスらしい。
髭人というだけあって、当然のように髭も譲れないポイントなのか。
昨日僕たちが通った道は、昨日の今日なので【リビングロック】は居なかった。
自分の体より大きな荷物を、当たり前のように運ぶその様は働き蟻のようだった。
それがこの大きさで行われるのを見ると感動を覚えた。
―――――――
町に着くとそれはもうびっくりの歓迎を受けた。
町の入口は【ワイバーン】を一目見ようと集まった人達で溢れていた。
大きな歓声や拍手の音に包まれている。ちょっと大きすぎるが【ミュート】を使ったらだめだよね。
隊列の先頭を行くスールさんに続いて歩かされている僕たちよりも、【ワイバーン】の死体に視線が行っているのがなんだか面白い。
やっぱりあの大きさは思わず見てしまうよね。みんなが指をさして何かを言い合っている。
その視線を受けて、運んでいる人達もとても誇らしそうだった。
町の中に入っても通路の脇を固める人達は途切れることは無かった。
スールさんの先導で、冒険者ギルドの脇の広場にやってきた。
僕たちに続いて道に居た人達も後から広場に入ってきた。
【ワイバーン】に掛けられたロープが解かれて、首が伸ばされ、尻尾が伸ばされ、翼が広げられると周囲の人達の喧噪が一層激しくなった。
太陽の下で見るとまた違った印象だった。鱗は青黒く、その鱗が綺麗に並んだ鎧のような体はとても綺麗だった。
そして顔はとても恐ろしく、大きかった。メスの方は脳天に穴が開いており、オスは同じような場所が大きく陥没している。
戦闘の痕跡がくっきりと残っていた。
スールさんに続いて、僕とルニは用意されていた壇上に担ぎ上げられた。
担ぎ上げられたは比喩じゃない。本当に髭人の人達がヒョイヒョイと僕たちを運ぶのだ。
僕は思わず「うわっ」とか「ああああ」とか情けない声が出てしまった。
僕は良いけど、ルニだとこれはセクハラに……そんなの気にする人達じゃないか。
壇上には町長のフグスタリさんが待ち受けていて、僕たちはその横に並ばされた。
「ロックバルトの町に住む者達よ!
長らく我々を苦しめてきた【ワイバーン】は討伐された!
しかし、これまでの道のりは長く、皆にも苦労をかけた。
皆が良く知る通り、ビガンの町の狂獣殿の支援を受け、我々は戦う力を準備してきた。
かつての力を取り戻すために英雄ヴォルドンの男魂祭も復活させた。
最初は狂獣殿とお仲間の力を借りて力を抑え込んできた【ワイバーン】も我々の力だけで活動を封じることが出来るようになった。
今年はいよいよ討伐となるはずであったが、【ワイバーン】はここにいるように一頭増え、つがいとなってしまった。
強い意志を持ち討伐隊は挑んだが、結果は懸念した通りとなってしまった。
今年の男魂祭では怪我が癒えぬ者が多く、やりきれぬ思いを持って過ごした者も多かろう」
フグスタリさんはそこで一旦発言を止めて僕たちに目を向けた。
所々知らない言葉が出てくる。狂獣殿って誰だ。
「しかし、そこに狂獣殿の娘、旋回姫ルニート殿がやってこられた。
その鋭い武術の冴えは指導を受けた者に留まらず、皆も良く知る通りだ。
我々にとって僥倖だったのは、ルニート殿が更なる手練れを連れてやってきたことだ。
こちらのユーキ殿は空飛ぶ斬撃を放ち、狂獣ルーファス殿を圧倒する実力をお持ちと聞く。
その実力は真実であった。
男魂祭の後、坑道の討伐にルニート殿とたった2人で挑み僅か半日でその全てを討ち倒したのだ。
かくして、我々はこのお二人に、我らが守人ストゥルールを加えた3人に討伐を託した。
そしてそれは成された!!
【ワイバーン】を打ち破った勇者を称えよ!!」
ウォオオオオオオオオ!!!
周囲を囲む人々が歓声を上げながら、地面を踏み鳴らす。
なるほど、ルーファスさんが狂獣か。言えてる。はははは。
強制イベントが段々強力になっていくのに慣れてきた自分が怖い。
この展開も全く聞いていないので身動きが取れない。
この後どうすればいいんだろうか?冒険者ギルドに行って報酬の話……という雰囲気では無い。
そう思っていたら、フグスタリさんが手を上げた。
人々は急に静まりかえって、彼の言葉を待っている。
「我々は何者だ?!我々はロックバルトに住む者だ!我々が喜びを分かち合う方法はこれしかあるまい!皆の者酒を持て!」
オオォォォ―――!!
どこからともなく重たそうな樽を肩に担いだドワーフがわらわらと出てきて【ワイバーン】の周りを取り囲んだ。
そこに町の人々はジョッキを持って整然と並び、酒をもらって離れていく。
この町の人々は【インベントリ】やマジックバッグを持っている訳ではなく、いつでも金属製のジョッキを身につけているのだ。
最初はそんな馬鹿なと思ったが、段々慣れてきて、ジョッキを下げてない人を見ると体調悪いのかなと思うようになってしまった。
待機所でも据え付けのジョッキがあったが、使ってるのは町の外から来た人達だけだった。
いつの間にか僕たちの手元にもジョッキが回されてきた。
祭りの打ち上げでも感じたが、こんな時は本当に準備が早い。
これはエール酒か、アルコールがキツいお酒じゃ無くて良かった。
みんながフグスタリさんを見つめている。
「【ワイバーン】討伐の偉業とロックバルトの発展に!乾杯!!」
「「「「「「乾杯!」」」」」
一斉に空気が割れるような声が響いた。
あとはもう酒の勢いでめちゃくちゃの盛り上がりだった。
肩をたたき合ったり、抱き合ったり、裸になって踊ったりと思い思いに【ワイバーン】が討伐されたことを喜び合っている。
当然例の歌を歌っている一画もあった。あれは酒のペースが速くなるから危険だ。
僕らは壇上に担ぎ上げられた時のように、ヒョイヒョイと運ばれ、【ワイバーン】の死体の首があるその前まで移動させられた。
真ん中に僕が、左手にスールさんが、右手にルニが、少し間を開けて座らされている。
そこにみんながやってきては酒を注がれ、【ワイバーン】討伐の様子や、死体の傷の由来をいろいろと訪ねられた。
ちゃんと説明しようかなと思うのだが、ずっとそこに居ると目の前にいた髭人がひょいっと持ち上げられ遠くに連れ去られていた。
「話をしてえ奴は一杯居るんだから、当然だ」とは横から聞こえてきたスールさんのセリフだ。
「我々は空を飛べないようにするため、翼の皮膜を切り裂くのにやっとだったが、この腕はどうやって切り落としたんだ?!」
「それは、【飛剣術】という武術で、魔槍を飛ばして、」
「うおおお」
また途中で運ばれていってしまった。
「小さい方の【ワイバーン】の眉間に開いている穴はどうやって付いたんだ?」
「それは、【飛剣術】という武術で、魔槍を飛ばして、」
「うおおお」
またか。さっきから同じことしか答えて居ない気がする。
まぁ、それで良いんだろう。
【ワイバーン】が討伐されて町が平和になったことが一番で、それ以外のことはオマケみたいなものだ。
先ほどから来る人が皆ニコニコしている。
ちょっと皆の喜び方と僕の実感にギャップがあって居心地が悪かったが段々それもいいかという気になってくるから不思議だ。
町の人だけでは無く、地球人もやってきた。
「なんか大層なことになってますなぁ」
「凄いですね。おめでとうございます」
「初めまして、タモツです。おめでとうございます」
「あ、初めまして。ありがとうございます」
待機所で合った、カヨさん達だ。タモツさんも一緒に来ていた。目の細い人の良さそうな人物だ。
カヨさんと似て少し小柄で丸みのある体格に鎧を着込んでいるのでちょっと髭人っぽい。髭は無いけれど。
「ユーキっちはこうしてみると目つきがキツいけど結構ハンサムさんやんなぁ。腕も確かみたいやし私らと一緒に来いへんか?」
「いや、すこしこの町でゆっくりしたいので」
「そういわんと!ちょっとはサービスするよってに」
「っちょ、ちょっと!」
そう言いながらレイさんがしな垂れかかってくる。待って!顔が近いし、胸が腕に当たってます。
顔が緩みつつも引きつる体験をしていると、突然右側から強い風が吹いたような気がした。
右を向くとルニと、誰か知らない女性プレイヤーがこちらを見ながら話をしていた。あの人なんか見覚えがあるような無いような。
すぐに僕の前に違う人がやってきて、レイさんも離れていったので、そのことはすぐに忘れてしまった。
「俺たちの手で倒したかったが、この2匹じゃ手に負えんかった。感謝する」
「最後討伐を成し遂げたのはストゥルールさんですよ」
「うむ。我々の誇りは守られた」
スールさんにとどめを譲っておいて、本当に良かった。
とどめまで僕かルニだったら、こんな時なんて答えて良いか分からない。
どんどん人がやってくる。喜びを分かち合いたいのだろう。
皆が酒を持ってニコニコとやってくるこの状況は昨晩の酒比べより酷いかもしれない。
次々と乾杯を求められ、飲んだ分エール酒か何かか注がれていく。
間違い無くみんなは善意でやってきているんだけど、これは酷い罰ゲームのような状況だ。
そう思って横を見るとルニは既にうずくまり、スールさんはジョッキを握りしめて座ったまま寝ていた。
次話「25 宴の終焉を告げるもの」
お読みいただきありがとうございます。
一話のサイズの長短ありますが、とうとうデータ編込みで100話に到達しました。
データ編を抜くと来週水曜日予定の28話で100話となります。
皆さんに頂いたブックマークが200件、評価が500ptとなりました。
twitterで取り上げて頂いたり、レビュー頂いたり、感想頂いたり。
下記ランキングのクリック頂いたりとありがとうございます。
ルニのキャラがぶれてんだよ!みたいな厳しい感想も歓迎します。
今後もよろしくお願いします。