第8話「初めての実戦」
敵の巣窟に突入した俺とディアナ王女は自分の獲物──ハルバードを持って目の前の盗賊を薙ぎ払っていく。
「うっ──」
目の前で行われる惨劇を、俺はさっきフィードバックされた時に感じた怒りで飲み込む。さっきまで喋っていた人間が、ただ肉の塊になる──この言い知れぬ不快感は、そうでもしなければ、この場で一歩も動けなくなりそうだった。
盗賊が一人、恐怖に及び腰になりながらも、俺の方に向かって来た。出鱈目に振るわれた粗雑なマチェットを、両手に付けた勇者の籠手ですべて弾く。
「こ、こっちに──くるなぁ!」
俺は、あれだけ修業したと言うのに、技も何もなく、盗賊を蹴り飛ばす。
お前たちは、いつもこんな風に人を襲ってたんだろ!? お前らが襲われる時は、そんな風におびえるのかよ!
もっと戦いに集中しなければならない、そう思っているのに頭の中がぐちゃぐちゃで集中できない。俺は何をすればいいのか。
「く、くそっ!」
悪態を付きながら、何とか攻撃に移る。しかし、ふと、ついこの前倒した兵士の男たちを思い出す。俺が軽く殴っただけで呻いていた男たち。目の前に居る盗賊たちは、それと大して実力の差はない。
もしかして、この盗賊を全力で攻撃したら。それをしたらこの盗賊は──死ぬ? そんな考えが過ると、俺は剣も抜けず、かといって全力で殴りかかる事もできず、中途半端に固まってしまった。そんな隙を、盗賊が見逃してくれるはずもなく、斬りかかってくる。俺はそれを避けきれずに、脇を浅く斬りつけられてしまった。
「くっ、つぅ……!」
「何をしているか! 勇者殿!」
ディアナ王女が目の前の盗賊にハルバードを叩きつけ、容赦なくそれを肉塊に変える。その光景に、俺は目が釘付けになった。
「解っているのか!? 今は戦闘中だ、余計な事は考えるな! 相手を殺す事だけ考えるんだ! あなたの判断で、あなただけ死ぬのは構わん! しかし、あなたの甘さで、仲間が死ぬかもしれんのだぞ!」
「俺は、俺は……」
「しっかりしろ!」
ディアナ王女から痛烈な平手打ちを受け、頭が揺れる。痛みよりも、ディアナ王女の言葉に衝撃を受けた。
「少しは落ち着いたか」
「はい。ディアナ王女……ありがとうございます」
「よい。私も、初の実戦では剣聖殿に同じようにして貰った」
戦場のただなかだというのに、ふと見せた、慈愛に満ちたディアナ王女に見惚れそうになる。
また、余計な事を考えて……! 俺は自分の両頬を思い切りたたき、自分で活を入れなおす。
「やります。もう大丈夫です」
「期待している」
ディアナ王女と背を預け合い、次の瞬間にはお互い、敵を探して駆け始めた。
「とはいえ、俺に殺し何て無理だ。頭を、頭だけを叩く……!」
さっきまでは頭のどこかで、敵を殺さないと、なんて思いがあったが、それは思い切って捨てる。
覚悟を固めても出来るか解らないものより、甘いと言われても絶対に殺さないと覚悟を決める。殺されるような事態になったとしても、となれば、常に冷静で、修業した通り、いや、それ以上に動けなければならない。そして、殺さず制圧するとなれば、雑魚を一々相手にしても始まらない。
「どけっ!」
正面の乱戦で邪魔になった盗賊を飛び越え、奥に進む。盗賊のリーダーならどうするだろうか。あちこちで悲鳴と怒号が反響する広い洞窟内を進む。まだ戦闘音がしないいくつかの道に当たりを付ける。
分身からのフィードバックは一体分、全位置を把握できた訳ではない。ただ、分身がいる方向は出口方向。逃げる敵が集中しているならもっと戦闘音があってもいいはずだ。分身が生きていて、ちゃんと出口を塞げているなら……俺が見ておくのは、不自然に静かな一画だ。
考え違いかもしれない。しかし、50名規模の大きな盗賊団を率いるリーダーが、あからさまな出口以外に逃げ道を用意していない、とは思えない。
そんな考えをもとに、入り組んだ洞窟内を進む。設置されていた松明の明かりに照らされた先に居たのは、少数の盗賊だった。これは……ビンゴ、か?
身体強化で一気に間合いを詰め、こちらに気付いていない、後ろの2人を鞘に入った剣で叩きのめす。
「あ?」
異変に気付いた残りの男が、こちらを振り向く。
振り向き様、敵は反射的に、持っていた獲物を振り回した。俺は跳んでそれを避け、天井を蹴って盗賊の前に出る。
「あん? はしっこい奴だ。おい! お前、道を空ければ命だけは助けてやるぞ!」
「そんな提案に、乗ると思ってんのか!?」
「だよなぁ! ならここで死ねや!」
一回り体格の大きな盗賊。体格に見合うような、大型のバトルアックス。こいつが盗賊のリーダーで間違いないか。なら、全力で当たらないといけない。殺そうとしてくる相手に対し、殺さずに、となれば尚更だ。
「ビビってんのかぁ!? 止まっていれば、苦しまずに楽にしてやるぜ!」
男がバトルアックスの大きさ、重さを感じさせないような速度で縦横無尽にそれを振るう。俺はそれを躱す事に徹した。三度、四度。回数を重ねても相手の勢いが衰える事がない。
一度だけ、逸らすことができそうな範囲で持っていた剣を合わせる。
鞘が砕け、ギギィン! と鈍い音が響く。
武器の圧力は相当なものだ。持ってる剣にまともに合わせようモノなら、安物っぽい数打ちの俺の剣ではあっさり折られてしまうだろう。今も、逸らすつもりがかなり押し込まれていた。まともに受けていたならと、斬り伏せられていたかもしれない未来に背筋が凍る。
「盗賊のリーダー、ってくらい強いなら、そこまで手加減、要らないよな……!?」
俺は持ってた剣を捨て、籠手に守られた両腕を前に出す。オーソドックスな構えで、相手の出方を伺いながら、間合いを測る。
「あぁ!? 武器を捨てて、ようやく死ぬ気になったか!?」
「違うな! お前に勝つ覚悟が、決まったんだよ!」
相手の気迫に呑まれぬよう、声を張り上げる。
とはいえ、武器を捨てた事によって、俺が不利になった事は変わらない。
剣道三倍段、という言葉がある。これは、無手の相手が剣を持った相手に勝つには、三倍の段位、つまりは強さが必要だ、といった例えで、武器を持った際の間合いの拡張というのはそれだけ無手相手に有利になる。単純に考えて、手が届かない位置から攻撃できる、というのは武器が剣→槍→弓→銃と間合いを長くしてきた歴史も、その強さを証明していると言えるだろう。
わざわざ自分から不利になったというのは、別にヤケになった訳じゃない。剣では手加減できない、というのもあるし、最後の一線で俺は、どうにも武器を信頼できない。なら、最も信頼できるこの拳で、敵に当たるべきだと考えたのだ。
それに、称賛が無いわけじゃない。間合いが長い武器は、クリティカルポイントとでもいうべき、もっとも威力が高い攻撃範囲が存在する。それは身体から離れた位置に存在する。つまり、その最も危険な部位を避け、懐に飛び込む事で無手のこっちが最も威力の攻撃を加える事ができるのだ。
いかに間合いを詰めるか──それが課題となる今、俺の取った手は、カウンターだった。
「ふぅぅぅぅ……」
呼気によって魔力を練りながら、俺は間合いを詰めずにただ待つ。敵は退路を塞ぐ俺に退けて欲しいはず。なら、俺はただ待つだけでいい。自分が間合いを詰めずとも、相手が詰めてくれる。その瞬間を、ただ待つ。
しかし、その案に乗ってくれるのか、乗ったところで俺が反応できるのか、高まる緊張に、背筋に冷汗が伝う。
「はっ! はったりかまして時間を稼ごうってか! そうは……行くか!」
相手が乗ってきた!
盗賊の男が間合いを詰めるため、前傾になる。ただし、ただこちらに詰めるような愚を冒さず、地面に擦り付けたバトルアックスで、岩を砕き、こちらの目くらましとして飛ばして来た。
だけど、見える。魔力によって強化された動体視力で、何がどこに迫ろうとしているのか、はっきりと解る。スローモーションに見えるなか、岩の破片と共に、盗賊が迫ってくる。
俺はそれらを前に、一歩遅れて踏み込む。彼我の距離はそれでも詰め切れない。あと一歩。いや、半歩がなんと遠い事か。
「おせぇなぁ!」
飛んできた破片に対して、廻し受けで目に迫るものや、破片が大きく危険なものを避ける。避けなかった破片の一つが、頬を裂いていくが、それは無視した。その後ろには、敵の本命の一撃、バトルアックス。
「これにぃ! 合わせる!」
ぎりぎりのタイミングで、俺は残りの半歩を詰める。最も危険な刃を何とか避けるが、柄が俺の左肩を強く叩く。軋む骨の痛みを、気迫で押し殺す。押し込まれるバトルアックスは、この世界に来てさんざん鍛えられた足腰が、がっしりと受け止めた。
「な、にぃ!?」
「あぁぁぁあ!」
山突き。突き出した左腕は、バトルアックスを押し返しながら盗賊の頭部へと迫る。盗賊はそれを、紙一重で交わした。盗賊の右耳が裂け、血が噴き出る。しかし、残った右腕は、動かしようのない胴体を捉え、盗賊の巨体を震わせた。
「くぅう」
「おぉぉ!」
躱された左手で相手の髪を掴み、首相撲のように相手の頭部をこちらに引き寄せながら、膝蹴り。盗賊はなされるがままに一撃頭に受ける。しかし、盗賊のリーダーとしての矜持か、脳を揺らされたというのに、髪の毛が千切れるのも構わず身体を引いた。
そんな盗賊のあがきも、今の俺には、窮地を脱したと言えるほどの一手にはなり得ない。
「これで、とどめだ!」
上段廻し蹴り。過去最高のキレだと自負できる打撃が、盗賊のリーダーの側頭部を的確に捕らえた。悲鳴もあげず、ゆっくりと倒れる。盗賊のリーダーが地面に転がって動きを止めたあとも、残心を取って反撃に備える。
「な、何とか、勝った……勝てたのか……」
気が緩みかけるが、まだ戦闘自体は行われていた。俺はそこらに転がっていたロープを使って適当に盗賊のリーダーを縛り付け、まだ戦闘音が聞こえる方に向かって走り出した。