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第6話「遠征って聞くと部活みたいだけど」

「遠征、ですか?」

「そうだ」


 兵士用の食堂で、飯を食いながらガフ師匠が何でもない事のようにそう言ったが、もうちょっと説明が欲しい。俺の中で遠征、というと、運動部が他県の学校に練習試合とか合宿にいく、くらいのイメージしかないんですが。

 唐突に何の話だ、という感じだが、この度十数人規模の兵士を引き連れ、ガフ師匠は遠征に向かう事になったらしい。それに付いてくるよう言われ、俺は困惑して師匠に聞き返した。その答えが簡潔し過ぎるようなものだった、という訳だ。

 ただ、ガフ師匠は俺の顔を見て、さすがに説明不足だと思ったのか、再び口を開いて俺に言った。


「ちょっと王宮を出て、ちょっとした規模の盗賊団を潰してくるだけだ」

「ちょっと!? それちょっとですかね!?」


 それちょっとってレベルじゃねぇぞ! 何さらっと盗賊団を潰しに、とか言っちゃってますかね! コンビニで飲み物買ってくるわ、みたいな気軽さで言う内容ではないでしょうに!

 試合とか訓練、模擬戦ならともかく、自分の命の危険があるような中、生き抜けるか自信が無い。 兵士もいるし、師匠もいるから俺の出番はないと思うが……。


「ああ。たったの50名程度の盗賊団だ。腕試しには持って来いでもあるな」


 は、話がかみ合ってない……全然ちょっとじゃない。50名の盗賊とか、イメージがわかないが、多すぎじゃないか? マンモス校の一クラス分かよ。しかも腕試しっておっしゃいましたね! これ俺も戦うの確定事項じゃないですか! 


「飯はちゃんと食え。今日はこの後すぐに移動だ」

「……はい」


 逃げようと立ち上がろうとしたところで、肩に手を乗せられ、初動を完全に抑えられた俺は、残った飯を食べきりにかかる。

 兵士に支給される食事は、コストのせいかいつも別段美味しいと言えるものではなかったが、これからの事に気がいっているせいか、まったく味がしなかった。


「剣聖殿! ここにおられましたか」


 そんな時、食堂に飛び入ってきたのはディアナ王女だった。食事をしていた兵士たちが一斉に王女に注目する。俺もそんな一人だった。突然入ってきた王女を見やると、王女は俺の視線に気づいたが、一瞥をくれただけでガフ師匠に視線を戻す。


「今回の遠征、勇者を連れていくとはどういう事ですか!」

「そのままの意味だ。そろそろ腕試しが必要だと思ってな」

「腕試し!? この遠征がどんなものか、剣聖殿ならお分かりでしょうに! 民を脅かす危険な盗賊団の掃討……剣聖殿が出る、という意味をお考えください! 並の相手ではない、勇者のような実戦経験もない相手に務まるような相手ではないのですよ!」


 お? どうやら、ディアナ王女は、俺の遠征に反対のようだ。散々な言われようだが、その通りではあるし、今は応援してますよ!


「言われんでもわかっておる。であるからこそ、儂は必要だと感じたのだ」

「本気、ですか?」

「無論だとも」

「くっ……どちらにせよ、もうすでにこの命令を覆す事は叶いません。これ以上の問答は、無駄ですね。剣聖殿の考えもお聞きできましたので、私は戻ります。失礼しました」


 も、もうちょっと頑張ってよ! 王女様! そんな思いが伝わった訳ではないだろうが、踵を返したディアナ王女が、俺をちらりと見て、表情を崩した。どこか申し訳なさそうな、そんな、初めて見る顔だった。


「……ごめんなさい」


 王女は去り際、俺に小さく謝罪したように見えた。

 何故謝れられるのだろうか。問いただしたい気持ちもあったが、次の瞬間には、申し訳なさそうな表情も失せ、いつもの冷たい目をした姿に戻る。さっきの申し訳なさそうな表情が、幻想に思えるくらい程。……やっぱり、何かの見間違えだったか?


「すまんなディアナ。儂も、どうかとは思ったが、もう並の相手では役不足でな……手頃な相手が必要だ。カゲフミを試す……相手が」

 

 俺は王女にばかり気がいっていて、ガフ師匠が何か呟いていた事に気付かなかった。


◆◇◆◇◆◇


 とんとん拍子に遠征の準備は進められ、俺を含む30名程の兵は、盗賊が潜んでいるという街道に向かっている。準備と言っても俺は大した荷物がないため、ガフ師匠に言われた通りに着替えと食料、勇者装備を持っただけだ。

 集められた30余りの兵士は、一般人に偽装し、数台の馬車に武器や食料を積んで現在街道を進んでいる。脚本としては、商隊として隣街に商品を持ち込む、その道中という事になっている。

 50名を超える盗賊相手にこの数では少ないのではないか、と思ったのだが、これ以上多くしては盗賊団が襲撃を控える事も予想されるため、「美味い餌」である事を演出しなければならない。そして、現在魔族との散発的な交戦も行わているらしいこの国では、いつまでもこの件で国内に不安を抱えている訳にはいかず、短期にこれを収束させるため、剣聖をこの任務に入れた、という事らしい。表向きは。エイラ先生が言っていた。ガフ師匠はこの任務を聞いて、俺と自分をその権威を使って部隊にねじ込み、それを聞いたディアナ王女がさらに自分をぶっこんだそうだ。どうなってるんだ。

 聞けば聞く程、俺が居るのが不思議な遠征である。周りは少数精鋭の兵士に、ディアナ王女にガフ師匠。場違い感が半端ない。師匠命令でなければここに居なかっただろうし、しょうがない事だろうけど。

 兵士も俺が場違いだと理解しているのか、野営の準備を始めた今現在も俺に近づこうとするものは居ない。


「はぁ……」


 そういえば、この世界に来てまともに話した事があるのは、エイラ先生とガフ師匠くらいじゃなかろうか? え、あれ? 俺、この世界に友達はおろか、話が出来る知り合いすら、まともに居ない……? 


「べ、別に問題ないし……。元の世界に帰るなら、変に知り合いなんて……居ない方が……」


 でも、なんでだろう。急に眼から汗が。

 と、そんな風に意識を別の事に裂いていても野営の準備は進められるくらいには、こっちに来てから色々と経験している。街道を進む途中で袋に集めておいた薪代わりの小枝を囲むように、適当に地面を掘って石で竈を作る。火は木を削って粉状にして、別の枝と木の板をこすり合わせて摩擦熱をお越し、その粉に火を付ける。ライターやガスコンロなんて便利な道具の有難みが良く分かる。


「取りあえず鍋、その次はお茶でも作ろうかな?」


 鍋は馬車に入っていたものを取りに行くことにして、その場を立つ。火は安定しているから、まぁ少しの間くらいは消えたりしないだろう。

 馬車に近づいて、鍋を漁っていると、声をかけられた。


「ちょっといいかい? 勇者サマ」

「ん……?」


 振り返るとそこには、記憶にない顔の男が三人程いた。


「なんか用で?」

「ああ。大した用じゃない」


 にやにやした真ん中の男がそう言って肩を使む。意外と強く捕まれ、俺は顔をしかめた。


「勇者サマに、ちょっと指導して貰いたい、ってだけなんだ。な? 良いだろ?」


 そのまま慣れ慣れしく、無理やりに肩を組まれ、街道の側にあった森に、俺は連れ込まれた。


「で……獲物は?」

「腰に下げてるだろ?」


 そう言って男が顎で示したのは、俺の腰に下げっぱなしだった、刃の付いた剣だった。


「本気か? 指導、って話だったけど」

「指導……ああ、そうだよ。俺たちが、お前を指導してやる!」


 そう言った男は、突然剣を振り上げ、斬りかかってくる。俺は不格好に、慌ててそれを避ける。安全な距離を取って、逃げる事を視野に入れると、残った2人が立ちふさがるようにして退路を塞いだ。


「てめぇら、正気か!?」

「ああ正気さ! この機会に、勇者サマに現実って奴を教えてやろうって思ってな!」


 勝手な事を言い出した男に、頭に血が上ってくるのを感じる。他の男も同じような意見なのか、俺の動きを見ながらも男に同調していた。


「安心しな、殺しやしねぇよ。ちょっと痛い目は見てもらうつもりだがなぁ!」


 再び男が剣を振りかざして来たのに対して、少し遅れて剣を合わせる。対人戦は師匠としか経験が無く、荒い太刀筋に困惑する。いや、困惑するような、余力がある……?


「なんで、てめぇみたいな! 無能が、ここにいやがる! 俺たち精鋭はぁ! 勝ち抜いてここにいるってのに! 勇者だからって……! 剣聖様も、なんでお前みたいな奴を弟子に……! 俺だってなぁ!」


 男の剣が何度も振られるのに合わせ、適当に合わせてた剣を冷静に、こちらの剣が痛まないよう慎重に、二度、三度と受ける。危うくなったら体を交わして身体ごと剣を避け、他の男たちの動きに気を払う。よし、練習通りにできてる。練習通りにできてる、って意識できるくらい余裕が持ててる。

 相手の言いたい事を聞くだけの余力も、ある。


「な、止めた……!?」

「言いたい事は、それだけか……!?」


 大振りになった一撃に合わせ、わざと鍔迫り合いに持ち込む。甲高い音を立てて、剣同士がこすれ、刃が削れて行く。


「なんだと!?」

「お前に……お前に何が解るって言うんだ!? この世界に勝手に召喚されて、これまで戦った事もないのに、無能だとか言われて! お前なんかに、俺の何が解る……!」


 精鋭だっていうなら、行動で示してみろよ、つまんねぇ嫉妬してる時間があるなら、結果で示せよ……! 

 俺は苛立ち紛れに、鍔迫り合いに持ち込んだ剣の圧力を強める。


「お、重っ……うわっ!? くっ……」


 相手が圧力に負けそうになったところで、力をわざと逃がし、体が崩れた所で剣を巻き込み、弾き飛ばす。剣を失った相手が、俺の剣を見て怯えた表情を見せる。


「剣を使うと思ったか? そんなもんくれてやるか! お前はこれで充分だ!」


 俺は剣を持った逆の手で、男に一撃入れる。男は頬に俺の拳を食らって錐揉みしながら吹っ飛ぶ。


「お前に、お前なんかにぃ!」


 俺の中で膨らんでいた不満が、口に出した事で溢れでるのを感じる。堰を切って溢れて来た、ここ数か月の辛い訓練。なんでこんな事をしなければいけないと、何度も思った。別段自分が有能だとは思っていないが、会うやつ会うやつに無能だの才能がないだの言われたのを、ただ耐えて来た。

 

「俺の気持ちが……解るのか!」

「なっ! ぐぉ……」


 倒れた男を何度も踏みつけ、男は小さく蹲って耐える。さっきまでの威勢はどうした……!? お前は、俺をこうしてやろうって来たんだろうが!


「お、おい。ザックを助けろ!」

「お、おう!」


 男2人が、倒された仲間を助けるために駆けつけようとするが、


「おせぇ!」

「うわぁ!」


 俺は1人に剣を投げつけ、飛んできた剣を弾いて驚いている隙に、もう一方から迫る男に向かって踏み込む。


「は、早い……!?」

「お前が、遅いんだよ!」


 俺の動きを見てようやっと男は剣を抜こうとするが、引き抜こうとする柄を押さえつける。相手が自分の剣に意識がいった一瞬を見逃さず、俺は溜めを作っていた右手で掌底を放つ。腹にそれを受けた男は吹っ飛び、腹を抑えてのたうち回った。


「う、うう……」

「い、痛ぇ……うぇぇぇ」

「嘘だろ……こんな……」


 一人は頭を揺さぶられたせいか上手く動けず呻いており、腹に一撃を受けた男は腹の痛みに悲鳴をあげながら胃の中身を吐き出し、最後の1人は、腰を抜かして座り込んでいた。

 指導を受けたい、とかいう話だったな……なら、ここからが本番だ。俺が受けた苦しみは、こんなもんじゃない……。毎回毎回、分身とはいえ痛みを受ける俺の気持ちが解るか。気絶するまでのされ、起き上がってはまた気絶させられた俺の思いが……!


「お前たち、ここで何をしている!」

「あ、あれ? 俺、ここまでするつもりは……」


 騒ぎを聞きつけたディアナ王女の声が聞こえ、その声のおかげで、俺はようやく自分が暴走してる事に気付いた。

 

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