第5話「無能と言われた勇者の日常風景」
本当に。ここまでとは期待していなかった。期待以上。そう言ってもいい。
もしかして計算してやっているのか? ディアナは、カゲフミをそう勘繰りたくなるくらい、カゲフミの勇者装備授与は、良い意味で予想とは異なる結果となった。
これまで、記録上に残る範囲では、勇者はミスリルの水晶によって武器を発現していたとなっていた。そのため、残っていた召喚派の貴族たちは期待していたのだ。勇者が武器を発現すれば、「無能」な勇者が、自分たちが求めるような「有能」な勇者になるのでは? そんな期待が見え透いていた。
本来なら、この勇者装備授与は理由を付けて回避したい所だった──しかし、結果として行って良かったとディアナは思った。
勇者カゲフミが一人喜ぶ聖堂で、ディアナは押し黙る貴族たちに気付かれないよう、笑み崩れそうになる自分の頬を抑えるのに精一杯だった。
「期待はしていなかったが、ここまでとは。まぁいい。勇者殿、どうせそれはあなたにしか使えない。自由にしてくれて構わない」
ディアナ王女は、この一言で、この場の流れを決定付ける。他の貴族に感づかれてはまずい。カゲフミが唯一、「武器以外」の装備を作り出した事を。まだこの場では、それがどういった意味を持つのか解らない。しかし、他の勇者と一線を画す、それが、「無能」でという要素以外でそうなってしまうのはダメだ。
そのため、ディアナ王女はいち早く、勇者が無能だ、と印象付けるためにこの場の流れを決定付け、真っ先に退室する事で、その場を解散するように誘導する。果たして、それは功を奏した。自分の後ろについて来ながら、カゲフミについて文句を付ける貴族たち。
ディアナはそれにため息を吐いた。
「どいつもこいつも、勇者や英雄なんて幻想に縋りすぎる」
先頭を歩く彼女の呟きは、誰にも聞きとがめられる事はなかった。
◆◇◆◇◆◇
新しい武具をためす、という名目でガフ師匠にしこたまぼこぼこにされた後。俺はいつもより長めに、修業を行っていた。その様子を、ガフ師匠が少し離れた位置から見守っている。
「はぁっ!」
今やっているのは、空手の「型」だ。大抵は、決まった動作を繰り返し、身体にその技を覚え込ませる事を目的にしている。
なんで今そんな事をしているかと言うと、空手に、正確には異世界の武術に興味を持ったガフ師匠に俺が知っている全ての武術を披露しているところだ。
「ほう。やはり面白いな。徒手空拳で戦闘を想定し、それのみで戦術を構築するとは。動作一つとっても、よく考えられている」
ガフ師匠は満足気だ。俺は何度も「型」を披露し、すでにへとへとである。
「よし。次だ」
「……はい!」
まだやるんですか! と思ったが、そんな事を言えば、明日からの修業にどう響いてくるか解らない。俺は呼吸を整えて次の「型」を何にするか考えた。さっきは「五十四歩」だったし、次は「三戦」でいいか。というより、そんなに多く知らないので、どっちにしろ選択肢はない。
所定位置……なんてものはないので、適当な場所を開始点に定め、一礼。両足隙間なく閉じ、揃えて立つ。両手を前に重ねた状態から、一気に、この「型」の所以である三戦の構えに移行する。
「かぁぁぁぁ……かっ!」
「息吹」と呼ばれる独特な呼吸を行いながら、腕を引き、拳をゆっくりと前に突き出す。細く野太い呼気を吐きながら拳を突き出して、拳が伸びきる瞬間に、鋭く呼気を吐き切り、仮想敵に拳を捻じり込む。動作にすると構えから正拳突きを放つだけなのだが、三戦を維持するのに全身に力を込めながら、更に慣れない呼吸法でこれを行わなければならないので、これ一回で、かなり呼吸が苦しくなる。これを教えてくれた、道場のおじいちゃん先生は、慣れたら楽になると言っていたが。
何とか最後まで「型」を演じ切り、酸欠気味になって地面に手を付き、荒い息を整えていると、ガフ師匠は無慈悲に俺に言った。
「次だ」
俺は汗に涙を滲ませながら、返事の代わりに立ち上がって、次に何を見せるか考え始めた。
「良いぞ。対人戦ばかり想定しているのが気になったが……お前の世界では、魔物などいないのであったな。ふむ……少しこちらでも考えをまとめる。お前は戻り、休んでおけ」
ガフ師匠がそう言って満足する頃には、俺は疲労困憊で、仰向けに倒れて返事をする体力も残っていなかった。
「新しい訓練を始める、ですか」
逃げても良いですか? と続けそうになったが、聡明な俺は唾を飲み込んでそれを抑えた。
「そうだ。これまでの剣の修業に加え、無手で敵と戦えるための修業も同時に行っていく。これまでは身体を作るのに専念していたが、ある程度の下地もできた今、剣撃、打撃のための身体を動かしながら作らねばならん」
俺はここまで聞いて脇目も振らずに駆けだした。
「遅い。逃げられる相手かどうか、その判断がまだできてないようだな。……ふむ。判断力を鍛えるため、模擬戦も増やすとしよう」
しかし、ガフ師匠に回り込まれてしまった! 現実からは目を背けられない!
「楽しくなりそうだな」
「そ、そうですね……」
皮肉でもなんでもなくそう言ったガフ師匠に、俺は引き攣った笑顔を返した。
◆◇◆◇◆◇
「あれ」
「どうかしましたか? それで気を引こうとしても、逃げられませんよ」
服部影史の分身体の1人である俺は、エイラ先生の元で魔法に関する技術を習得するため、修業中だ。
修業中、誰かから逃げろ! と言われた気がしたんだけど……。
「いえ、そういう訳では」
逃げないといけないのか? と考えはしたのだけど。それに、逃げようなんて思っていない。ここは言わば、先生の腹の中、とでも表現したら良い様な場所だ。そんな素振りを見せたら一瞬で串刺しにでもされてしまう。
ここはエイラ先生の研究練で、魔法の使用に耐える石壁に四方を囲われた場所だった。無機質なその場所でエイラ先生は、水をドーム状に張り、俺と先生の周りをすっぽりと覆っている。
この水のドームはエイラ先生の生み出したもので、先生の指先一つで、俺を拘束したり攻撃したり攻撃したりできる。二回言ってるって? 大事な事だから二回いっているんですよ。
「ほら。集中が乱れていますよ。常に魔力の制御は手放さないこと」
エイラ先生が、俺の様子を見てそう言った。言われた俺の側には、火球、水球、風球の三つが浮いている。
今は魔法制御の修業中だった。俺が使っている魔法は、≪単語魔法≫とエイラ先生に名付けられた魔法がメインで、≪単語魔法≫は元の世界の創作なんかでいう、ルーンの魔法をベースに作られた魔法で、力のある文字や単語を組み合わせ、望んだ現象を発現させる魔法だ。文字の内容によって現出する現象が変わるため、一定の効果を安定して出しやすい、というメリットがあるが、文字によって効果を固定されてしまうため、同じ魔法では応用が利かない、というデメリットもある。
そのため、こうして普通の魔法も覚えるべく、修業に励んでいるところだった。
「ほらまた。余計な事を考えてますね?」
「そんな事は……」
あります。集中しないと……。
今浮かせている三つの魔力球は、現在操れる全属性の魔法で、魔力は一発あたり、この国の基準で言う初級魔法相当のものだ。通常、バスケットボール大の大きさで使用するこの魔法は、現在ソフトボール大まで圧縮されている。現在の俺の制御能力では、この大きさまでが限界だ。先生は最小でBB弾程度の大きさに圧縮できるらしい。
そのうち一つが集中が乱れ、震えるように魔力を乱していた。
「うわっ。やばっ」
俺は焦って魔力の維持に努める。震えていたのは火球だ。これがもし制御を離れて暴走しようものなら、ちょっとした爆発が起こる。圧縮するのは難しいが、圧縮すればするほど、解放された際に威力が増幅するため、注意が必要だ。火球は解放されると周囲の酸素と結びついて一気に燃焼するため、他の属性より恐ろしい。
最近ではこうしてエイラ先生と話しながらも維持ができるようになっていたので少し油断していた。
「ほらほら。そっちも危ないんじゃないですか?」
「って言いながら、ご自分の魔力でちょっかいかけてくるのやめてくれます!?」
風球と水球が、エイラ先生の魔力に当てられ、震え始める。ま、まずい。風球は後だ。火球や水球と違って解放時に突風が生まれるくらいで済む。が、水球が解放されると、圧のせいで水滴一つが凶器になるような威力で周囲に拡散するので、側にいる俺はひとたまりもない。
何とか水球を落ち着かせると、風球がいよいよやばいレベルで震えている。
「同時に制御なさい。どれかに集中しているからそうなるのですよ」
エイラ先生はどうやら、こういった会話をしながらも魔法の制御ができるらしい。ドーム状の水は先生の制御化で、ゆったりとした流れを作っている。それを維持しながらこちらにちょっかいをかけられるレベルだし。魔力が多いモノ程子細かい制御は難しくなるのに、たまにそれに絵を描いたりしている。絵については先生の名誉のために控えたい。ヒントを出すなら……とても前衛的だというべきだろうか。
「……何か失礼な事を考えてませんか?」
「いえ! 制御にいっぱいいっぱいなので! いやー大変だなぁ!」
察しが良すぎて恐ろしいです。でも、制御にいっぱいいっぱいなのは嘘ではないです。それでも何とか、乱れていた魔力を安定状態まで移行させる。
「ふ~ん。そうですか。でも何か、余裕がありそうですね……そんなあなたには、えい」
水球がエイラ先生から過干渉を受け、解放一歩手前まで魔力が一気に乱れる。
「ちょ……!?」
慌てて水球の制御に意識を裂く。が、エイラ先生は無常に続けた。
「さっきも言ったでしょう。同時に制御なさい。一つに集中してはダメですよ」
火球、風球が同時に魔力による干渉を受け、激しく震えだした。エイラ先生、何て事をしてくれてんですか!
「うわわわわ……」
それでも、健気な俺はエイラ先生に言われた通り、一個だけに集中せずに三つをとっかえひっかえに制御しようとするが、焼け石に水。完全に制御を離れるまで、カウントダウンが始まっている。
『言ったでしょう。同時に制御なさい。適当に三つやるのとは違いますよ』
それでも、エイラ先生の言葉を聞きながら、何とかしようとあがく。額に汗が浮き、制御の負荷に、頭に鋭い痛みを覚えた。集中し過ぎて、先生の声が遠くに聞こえたくらいだ……いや、遠く?
「せ、先生まさか!?」
見れば、エイラ先生はドームの外に居て、手を振っていた。ドームもこれから起こるであろう惨状に耐えるためか、水の流れと、容量を増している。
「酷っ……!?」
カッ!!
と閃光が瞬くように、三つの魔力球が爆発し、俺の叫びをかき消した。
これが、勇者として召喚された俺の、ここ数か月の一日の、日常的な風景である。