第23話「勇者としての戦い」
この街についてすぐ、ログマホースに揺られながら急いで来た甲斐があったというものだ。おかげでディアナ王女があえなく戦死して、言いたい事も、恩返しする事もできない、なんて事にならなくて済んだんだから。ちなみに、連れてたクーは途中で兵士に預けてきた。流石に彼女を守りながら戦う、なんて事は出来そうにないからな。
今ふっ飛ばした奴から目を離さずに、俺は少し乱れた呼吸を整える。疲労していた訳じゃないから、すぐにそれは正常に戻り、同時に戦闘状態に移行していく。今は倒れている男が、あの程度でダメージを受けていない事は、蹴りを入れた俺が一番解ってる。岩でも蹴ったような感触だった。蹴った膝がじんじんするくらいだ。
「お前が、勇者だとぉ?」
首をこきり、こきりと鳴らしながら起き上がり、そいつは起き上がってそう言った。角が生えた俺と、同じくらいの歳そうな男。あれが魔族って奴だろうか。角が生えたりしていること以外は、意外と普通だ。
「そうだ!」
「お前みたいな、雑魚がか?」
「俺だって、そう思ってるよ!」
心底不思議そうに言われるのは心外である。が、せっかく勇者してやろうって来たんだ。誰がなんと言おうと勇者させて貰おうじゃないか。
「で、その勇者さんがどんな用だっつーんだよ」
言葉だけ見ればそこそこ友好そうではある。しかし、そうではない事を俺は肌で感じていた。今こうしているこの瞬間にも、敵が飛び込んで来るんじゃないかって思う程の殺気。ここに来たばかりの俺なら、委縮して動けなくなるところだ。素人にも格の違いを思い知らせる、肌を刺すようなソレ。だが、伊達に毎日それを超えるような威圧と殺気を受けていた訳じゃない。
「や、実はあんまり考えてないんだが、この状態だと落ち着いて考えられないから、魔族の皆さんには一回帰って貰って、どういう風にしたいか一回持ち帰りたい」
俺は真剣に、きっぱりとそういい放った。見よ。殺気溢れる隣人にザ・日本人な対応ができるまでに成長したのだから。来た当初の俺ならこんな事言えなかったね。
「はははは! そうかい」
男はおかしそうに笑い、額に手を当てた。お、解っていただけたようでありがたい。やっぱり、無駄な争いは良くない。さっき蹴り入れた俺が言うのもなんだけどさ。さっきのは緊急事態って事で水に流して欲しい。
「んなもん呑めるわけねぇだろが! このゲルト様をコケにするんじゃね!」
「ですよねー!」
魔族の男──ゲルトは解ってはいたが激昂して突っ込んできた。大振りの一撃。躱しながら、それに合わせてクロスカウンター気味に左拳を当て、右フックを引っ掛けて身体を入れ替え、さらに横顔を晒しているゲルトにおまけの左拳を二発プレゼントする。勇者の籠手に包まれた拳は、それだけで充分凶器だ。
「く、ぉ……?」
ゲルトは、呆気にとられたように呻く。ダメージ、というよりは、自分が攻撃を受けたのが衝撃だったのか? ちょっとよろめいたが、今はしっかり立っている。
「てめぇ、どんな手ぇ使ってやがる」
「普通に殴ってるだけだ。それに、聞かれて答えると思う?」
「ちっ!」
と、もったいぶって言ってみたものの、今の一撃はほとんど見えなかったので、相手の動きを察知した時には、覚え込ませた動作を勝手に身体が再現しただけだ。
しかし、それでも警戒するには充分だったのか、相手はさっきみたいに不用意に突っ込んで来ようとしない。俺も正直自分から行きたくはないが、ガフ師匠は言っていた。
「自分から動き活路を見いだせ。敵の失敗を待つのではなく、自分の行動によって有利な状況をつくるのだ」
練習通りに。前に出る事は教わったが、敵を前に下がる方法は教わってない。そう覚悟を決めた俺は、全身の魔力を高ぶらせながらゲルトの懐に潜りこむ。勇者の籠手を最大限生かすため、両手を前に盾を作るようなピーカブースタイル。籠手に隠れるように、身体を小さくして被弾面積を少なくする。
ゲルトはそんな俺の動きに合わせて攻撃を放とうとするが、見え見えだ。身体を振って一か所に的を絞らせ無いようにして、ゲルトの攻撃をかいくぐる。
拳の間合いに入ったと同時に、左腕を全て投げ出すようなジャブ。ゲルトの顎を狙ったそれは、掌で受け止められる。だが、ジャブの効果はそう言うもんじゃない。牽制という意味もあるが、今出したこのジャブは、右を生かすための布石。
左を引き戻しながら、右を突き出す。さっきカウンターに使った手打ちではなく、脚も使った、充分な威力の乗った一撃。これも何とか、ゲルトは受け止めたが、俺はそこを好機とみてさらに踏み込む。
「見えづれぇ! それに妙な動き……! 何なんだ、その攻撃はよぉ!」
鉤突き、肘打ち、下突き、手刀、など攻撃を使い分け、右左、上下と打ち分けながら、流れを切らさず連続で拳を繰り出す。幾つかは相手にヒットし、幾つかは躱したり、手で受けられたりして、決定打にかける。だが、こちらがペースを握っている。ここで焦って大振りにでもなれば目も当てられない。
修業でやった全てを吐き出すために、よりコンパクトに、そして最大の威力を相手にぶつけるために、身体に染み付いた動きを再現してやる。
がつん、と身体の奥に届くような手応え。しかし、そこまでやっても、ゲルトは倒れる事はなかった。
「見えねぇが、中身がねぇ……てめぇ、舐めてやがんのか?」
打ち抜きにいった攻撃で、威力が足りずに打ち抜くことができず、右腕を掴まれる。俺の拳を顔で受け止めたゲルトは、その顔を怒りで歪めていた。
「この拳には俺を殺すっていう気概がねぇ……!」
握られた右腕がミシミシと音を立て始める。
「てめぇ、何で殺す気でこねぇ」
「何でだって? 強制されたくないね。俺はこんな世界にまで来て、人殺しするなんて真っ平ごめんだ」
「……っざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!」
ぼきり、と自分の腕が折れる音を聞いた。痛みに声をあげる暇もなく、ゲルトが腕を掴んだまま、技も何もなく俺をただぶん投げた。受け身も取れずに地面に投げ出される。
「ぐ、ぁぁぁ……!」
起き上がろうとするが、右腕の痛みを堪えるのに精一杯だ。だが、このまま黙ってやられるなんてできない。俺は痛みをこらえて立ち上がる。
ゲルトはそんな俺を見ながら、怒りに濁った目で俺を睨みつけた。
「なんで立ち上がる? てめぇからは理由を感じねぇ。覚悟を感じねぇ。絶対に相手を殺して勝利を得るっつう覚悟もなしに、ここに立ってるんじゃねぇ! 戦士でもねぇお前がこの場にいるのは、目障りなんだよ!」
ゲルトの叫びに、俺は笑った。
「はは……」
「何がおかしい?」
「敵を殺すのが覚悟? それが戦士の誇り? 笑わせんな思考停止やろう。俺は、この戦いに死にに来たんじゃねぇ! 殺しに来たんじゃねぇ! 俺は守るために戦ってるんだ」
どうしても殺さなきゃいけない? それしか手がなかった? そうかもしれない。そう言う事もあるのかもしれない。この世界は俺が思ってた以上に厳しい世界だとは知った。ただ、俺は安易にそんな選択は取りたくない。安易でない状況でだって、そちらを選択したくはない。自分が殺す、なんて事ができないって事もある。でも、もし殺したら、殺した相手の友人家族のような存在に、クーのように悲しみを背負う人間を作る事になるんだろ? 怒りで復讐に燃える人間を作る事になるんだろ? そんなの嫌だ。自分でそんなモノを作るくらいなら……!
「お前に勝てば、良いんだろ。殺さないで、殺されないで!」
俺はそういって啖呵を切った。
そうすれば、変に背負う事もない。シンプルで、いいじゃないか。気に食わないなら、何度でも戦ってやる。折れた腕をぶらりとさげて、残った左手で構えを取る。ゲルトはそんな俺の様子を見て、しばし呆気に取られていた。少しの間そうして、無防備な状態でいたが、あまりに無防備すぎたので、俺も攻撃するのが躊躇われ、相手の出方を伺う。すると、しばらくしてゲルトは肩を細かく震わせた。
「く、くくく……! くはははは! 面白れぇ! そう言って俺の前に立った奴は初めてだ! 覚悟もねぇ雑魚が、粋がってるだけかと思ったが……そこまで言うなら良いぜ、お前を『敵』として認めてやる」
ちょっと変わった言い回しだと思った。敵として認める? これまでは敵ではなかったのだろうか? 俺は兎も角、ディアナ王女たちも? そんな疑問が浮かぶなか、ゲルトの様子が一変する。
「この眼は剣聖相手でなければ使わねぇと思ったが……見せてやるぜ、とっておきだ!」
ゲルトが纏う魔力が高まり、密度をあげていく。戦闘時に発していた魔力だって充分、圧力を感じるような代物だったというのに、今は肌を刺すようなものに変わってる。そして、ゲルトの額に、縦に開いた眼が現れていた。ぎょろりと動いた眼は、俺を捉える。何もかもを見通すかのような眼に、恐怖とは違った悪寒が背筋に走る。
「せっかくここまで披露したんだ。簡単に死ぬんじゃねぇぞ?」
そう言ったゲルトが、霞んだように消えたのと、衝撃を受けて視界が一瞬真っ白になったのはほとんど同時だった。
「がっ……!?」
頭に何か受けたのか、視界が揺れる。遅れて痛み。身体が宙に浮いているのが解る。何か攻撃を受けてそうなった。早く、早く立って構えないとと考える俺に、再度衝撃。
「っ……!」
今度は言葉すら漏れなかった。宙を浮いてた筈が地面に叩きつけられ、叩きつけられた状態から再度衝撃と浮遊感を味わう。そのあと、何度も同じように攻撃を受け、地面に転がされたり、壁に叩きつけられたりした。どうやら、相手の速さに目が追い付けておらず、一方的に攻撃を受けているみたいだ。どこか、冷めた第三者のような自分が、そう現状を分析した。
「ははっ! ここまで攻撃しても死なねぇか!」
楽しそうにゲルトが言う通り、俺はまだ死んでない。全身はボロボロだ。まだ動けるのが不思議なくらいだが、痛みに慣れて来たのか、最初に食らった程ダメージを受けていない。
「……」
「……マジかよ。立って来る、ってのはちと予想外だぜ」
ゲルトが言ったように、俺は立ち上がった。もうちょっと正確に言うなら、ふっ飛ばされた時の衝撃で身体が縦になった時にバランスを取っただけで、立っているのもそんな奇跡的なバランスで成っている。
「ならよ、次は全力で行ってやる。さっきまでのとは、桁が違うぜ?」
おいおい、まだ全力じゃねぇのかよ。もう笑うしかねぇ。謝ったりしたら許してくれないかね。
そう思ったが、俺の身体は構えを取って、左手を突き出し、ゲルトに向かってかかってこい、と言うよう動かしていた。
「くははは! 全力出すのは久しぶりだぜ! 原型留めてたら、褒めてやるよ!」
全力を出すことが、それほどまでに嬉しいのか、楽しそうにゲルトは魔力を右手に練り続ける。煌々と、紅い光を放つそれは、いっそ神秘的な異彩を放っている。肌を打つ余波みたいな魔力が、俺に受けきるだけの余力が無い事を伝えてくる。どころか本当に、あれを食らっては原型も残らないだろう。逃げないと──
「なんなら避けてみるか!? いいぜぇ! そんときゃ、てめぇの後ろにいるアクスの戦乙女も、雑魚どもと一緒に吹き飛ぶだけだからな!」
ゲルトの言葉に、俺は固まる。そして、ゲルトの魔力が頂点まで高まり、奴が跳躍するのを、ただ黙ってみている事しかできなかった。




