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第20話「留守番──魔導頂上決戦」

 ディアナとガフが、来たるべき魔族との戦いの前に備え、カゲフミがディアナの元へ急ぐ頃、王宮で最終防衛線として待機を命じられていたエイラは、自分の研究室に籠ってぶつぶつと呟きながら、現在の研究についてまとめていた。


「私だけ、留守番……私だけ、私だけ……」


 おまけに、エイラはカゲフミに別れの言葉すら言えなかったのだ。留守番していては、見送る事もできず、カゲフミにばれないようにするためには、さよならも告げることはもできず、ただ普通に、いってらっしゃいとだけ告げただけだ。解ってはいたが、エイラにはそれが不満だった。


「この不満を一体何にぶつければいいと言うのです。手頃なモル──カゲフミは、もういないと言うのに」


 イライラと、意味もなく机をつつき、まとめていた書類を手放す。


「これがまとまり、解析されれば、手書きで書類をまとめる事もなくなるんですかね」


 カゲフミの世界にあるという技術を乱雑に書き溜め、その中でも即時に使えそうなものや、魔法によって応用が効きそうな技術、発想をまとめながら、ふとそんな事を思う。

 

「まぁ、実現すれば解る事です」


 どうせ作るのは自分なのだ。ネガティブな考えではなく、これを実現できるのは、自分しかいないだろうと思う。

 ならばと、早くやればそれだけ自分が楽になるのだと、活を入れなおして握るペンにインクを付け直した所で、彼女の張っていた防衛網に、引っかかるものがある。

 魔法を使った、広範囲の索敵。カゲフミの世界で、「レーダー」と呼ばれたものを再現した魔法が、王都に近づく敵を察知した。


「……来ましたか」


 勇者召喚、という情報は、これまで上手く隠して来たが、どこも敏感に反応する事案だ。そういつまでも隠し切れない事は解っていた。むしろ、よくこれまで持ったものだと思う。魔族側からすれば、最重要の撃破対象。勇者がいるという情報が敵に渡れば、多少強引にでも、勇者抹殺のために軍を動かす事は予想していた。


「準備はできています。いつでも、どうぞ」


 モニターに映る敵の反応に、冷たくそう返しながら、エイラはたった一人、魔族の部隊を相手にするために用意を始めた。


◆◇◆◇◆◇


「ミルル、早く帰りたいなー。勇者とかいうの殺して、はやく人間滅ぼしてー。水浴びしたい!」


 桃色でウェーブがかった髪を弄りながらそういったのは、4魔将と呼ばれる魔族最高峰の魔法使い、ミルルだった。蝙蝠のような小さな羽がパタパタ動き、スカートから伸びる尻尾が、不機嫌そうにぴゅんぴゅんと空を切る。近くにいた副官は、上官のこの態度に、無視を貫き通した。構わなくても面倒だったが、構えばもっと面倒だと知っているからだ。


「つまんないのー」

『……こんな小娘が指揮官とは、魔族の皆さまには同情しますよ』

「なに……どこぉ?」

『いくら探しても、そんな所にはいませんよ。私は王城にいますので』

「えー……何言ってるのー?」


 俄かには信じがたい事だった。王都が見えているとはいえ、まだ魔法にしろ弓にしろ、攻撃を行うにはあまりにも遠い距離。攻撃ではないにしろ、ここまで声を飛ばしてくるような魔法を、ミルルは知らなかった。どこか近くに敵は隠れているのだろう。そう思いながら周囲を警戒する。しかし、そこは何もない平原。見渡しが良いし、隠れる、なんてことには不向きだ。

 彼女たちの部隊がそんな場所に堂々といるのは、もう隠す必要がないため。これからあと一時間もしないうちに王都に接近し、そこから攻撃を加える事になる。


『私も忙しい身です。用件だけ告げましょう。私はアクス王国、魔導将軍エイラ。賢者、なんて大そうな名で呼ばれていますが。そちらの方が通りが良いですか? ……あなた達は今、アクス国の領土にいる。即時撤退をしない場合は、あなた達に攻即時撃を行う用意がこちらにはあります』

「迎え撃つ軍も出ていないってのに、超強気ー。ミルル、早く帰ってゆっくりしたいの。はったりかますなら、もっとマシなはったりかましたらー?」


 魔法を得意とする魔将であり、優れた能力を持っているからこそ、彼女はその言葉を嘘、あるいははったりだと断定した。ちょっとやそっと優れた魔法を作った程度では、この距離でそれを行う事はできない。そう判断したのだった。この世界の誰もがそう判断するそれが、まさか愚かな選択だとは思いもせずに。


『ま、信じられない気持ちは解らないでもありませんが。けれど警告はした以上、これ以上は譲歩しません』


 そう言って、エイラは通信のために繋いでいた魔法を解除する。まだ試験的で、一定範囲内でしか使えないが、上手く声のやり取りもできた。その結果に満足しつつ、これから起こす行動に、多少の躊躇いを覚えた。


「ふぅ。これで逃げてくれれば、とは思いますが……最初の生贄は、どうしても必要になります」


 口で言うだけでは、解らないだろう。ましてや敵、いくら言葉を重ねても相手は聞き入れる事はない。


「さて、命脈を使った術式は私も初めてです。せめて参考データになるくらいは、頑張って頂戴くださいね?」


 ゆえに、これは必要な行動と割り切って、エイラは行動を開始する。


「≪火器管制≫≪起動≫」


 慎重に、必要なワードを口にする。

 火器管制、とは魔法の制御を行う魔法の事で、これまでこの世界には存在しなかった魔法だ。

 それは球状の魔法陣であり、カゲフミの世界にあった「パソコン」というものを参考にして、機能を摸倣している。効果は当然、複雑な演算の処理。魔法にかかる制御負荷をそちらに投げ、これまでにない大規模な魔法を構築を可能にした。

 賢者エイラの持つユニークスキル「英知の書」の本領発揮と言える、これまでになかった新しい魔法の創造。


「≪目標補足≫≪全圧縮魔力弾一斉射≫」


 漢字を知らないエイラは、この国の文字と、球状の魔法陣の力でカゲフミの≪単語魔法≫を再現する。そのため、カゲフミよりも多い文字数で世界への干渉可能だった。力ある言葉による言葉による世界への干渉。これにより、これまでになかった魔法の事前準備が可能となった。今まではその場で魔力を練ってすぐ使う、せいぜいが一拍二拍遅らせる、詠唱の速度を速める、詠唱自体を簡略化、詠唱破棄によるスピードアップ、だったのだが、これは違う。

 世界に流れる魔力の奔流──命脈に干渉して大規模魔法を用意して待機。時がくればそれを解放してやるだけ。これまでの魔法とは、規模も速度も、何もかもが常識外れ。王都周辺のような、命脈の側でしか使えない、エイラを持ってしてもすぐに用意できない、制御のために魔法を使わなければ、人間の脳ではとても制御できない、などの制限はあるが、用意さえできてしまえば恐れるものは何もない。


「私が王都の守りを1人で行っているのにはそれなりに理由がある訳です。そう、1人で留守番……。それを教えてあげますよ」


 若干私情が混じっていない訳ではなさそうだったが、エイラの動き一つで、彼女の前に浮かぶ、球状の魔法陣が反応する。

 文字が躍り、それらが飛び散って王城を離れ、巨大な魔法陣が形成される。一つ、二つ。三つと数を増やし、王都の空を覆う。それらが干渉しあい、さらに大きな魔法を形成していく。




「な、何よそれ……! 何なのよ。それは!」


 それを王都から離れた場所で確認した魔将ミルルは誰にともなく叫んだ。

 間延びした、いわゆるキャラを作っている余裕もなく、ミルルは目の前に迫る魔法に戦慄する。ミルルは人間などよりも身体的能力に優れ、魔力の保有量も多い魔族の中でも、最上位の魔力保有量を誇る魔法使いだ。だが、目の前に広がる魔法は、そんな保有量なんてなんの意味もなさない。コップの水と、川の水の量を比べるくらいに馬鹿馬鹿しい。あの魔法陣一つに、何人の魔法使いが使われている? 十、百? 千は無いにしたって、あの大きさの連動はどうやって行っている?

 いや、そんな考察は後回しだ。すぐに防御のための魔法を用意しないと……!


 魔法陣から発射された魔力球。あれ一つでこの辺りを更地にできるような魔力が含まれているのが解る。それが空中に撃ちだされた。


「外した……?」


 誰かが呟いた。隣の副官だろうか。確認しようにも、あれから目を離す事ができない。あまりに危険ゆえ、瞬き一つ、呼吸一つとっても邪魔な程だ。誰もが、その存在から目を逸らせず、魅入ってしまう。

 だからこそ、魔族の部隊の中には、安堵する者もいた。弧を描いて落ちるにしても高すぎる軌道。あの軌道では、魔族の軍のはるか真上を通過する。……真上?


「まさか……!」


 はたして、ミルルが予感した最悪の状況は、より悪い現実となって顕現した。飛来した巨大な魔力球は十を超える。それが空で弾けたかと思うと雨のように降り注ぐ。弾けた後に残るのは、指先サイズの魔力球。それも、一発一発が圧縮されていた。馬鹿みたいに高圧縮されているのが解ってしまう。これだけの数なら、一個二個どころか、数十、数百の単位で人を避けてもおかしくないというのに、どれもが魔族を撃ち抜く軌道を描いている。障壁を展開しようにも、並の障壁では、紙で矢を防ごうというくらいの愚行にしかならない。

 味方を殺されると解っていても、こちらも高圧縮をかけた障壁を作り、自分ひとり守るのが精一杯だった。


 障壁を張り終わった瞬間、地面に押し潰されると感じる程の衝撃が障壁越しに伝わってくる。仲間の状況など、見なくても解った。この一撃で壊滅。仲間の悲鳴は、豪雨のように降り注ぐ魔力弾が弾ける音で、何も聞こえなかった。


「ありえない、ありえないありえない! くそがっ! 私は魔将だぞ! それを……それを! この屈辱はお前の命で贖わせてやる!」


 たった一度の攻撃で、壊滅された部隊。ミルル自身も障壁ごと貫かれた箇所があり、ぼろぼろだった。それでも、これだけの攻撃、二回目を撃つのにどれだけ時間がかかる? それまでに魔力全開で王都に近づいて、1人でも多く人間どもを殺しまくってやる。そう思っていた。


『怖い怖い……でも、それは、無事に生き延びてから言ってくださいね』

「なに、を……」


 見れば、王都を覆うように存在した魔法陣はまだ、稼働していた。そして、今度は先ほどのような攻撃をするつもりはないらしく、魔法陣はミルルに砲門を向けるようにして角度を変えている。


「嘘、でしょ……?」


 魔法陣はそれに答えるように、無情なまでの閃光を吐き出す。魔力の暴力的なまでの奔流。魔将軍ミルルの茫然とした呟きは、まばゆい閃光の前に掻き消された。


「召喚された勇者自体は確かに、弱かったかもしれません。彼一人では魔族との戦争に勝つなんてとても無理。でも、彼の価値はそんなものじゃなかったんです。知識しかり、それを土台とした発想しかり」


 誰も聞いていない、と解りながら、モニターに向かってエイラは話しかける。


「お互い、均衡を保っていたからある程度平和だったのに。魔王はそれを解っていると思っていたんですけどね。勇者の存在が戦争を引き起こしてしまった。来てくれなければここまで魔法は発展しなかった。でも、来てしまったから戦争は起こった。悲しいことです」


 エイラは心底悲しそうな声でそう言って、椅子に腰かける。カゲフミと雑談を交わしたり、カゲフミに魔法を教える過程で、エイラは教える以上に、色々なものを教わった。それは視点とでも言えばいいもので、この世界にはない異世界の視点や再現可能な知識を持ちより、それらを一度分解して、現在の魔法技術と融合、再構築した。それくらいのアドバンテージがなければ、たった一人とはいえ、4魔将を相手になどエイラにはできなかった。一度目の攻撃を防いだ魔力に、それを防げる程に魔力に高圧縮をかける事が可能だった制御能力。エイラとて、自分がそれに劣るとは言いたくはない。しかし、それでもまともに、この世界の常識通りに相手をすれば、王都は半壊はしていた。エイラ自身、勝ち残ったとしても無傷とはいかない。


「さて、王都に攻撃が来た、となれば向こうはそれ以上の戦力もいるはず。気を付けてください。ガフ、ディアナ。あなた達が戻る家は、私が守りましたよ。……これで、カゲフミを巻き込まずにすみます」


 仲間を案じながら、今の一方的だった攻撃の反動で疲労を感じていたエイラは、ゆっくりと目を閉じた。彼女が案じたカゲフミが、今まさに戦場に向かっているとはつゆ知らず。


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