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第2話「王女様との仲は険悪です」

 どうも皆さんお元気ですか。俺は元気です。え、どれくらい元気かって?


「これくらいだよどちくしょぉぉぉぉぉぉ! くっそ! いっそ殺してください!」


 ぶっ殺してやる! とか間違っても言えない悲しさよ。前にそれで半殺しの目にあっているから……。

 俺は今、ガフ師匠の監視下の元でいつもの王宮の離れにある訓練場の一画で、砂袋を全身に背負いながら、中腰姿勢を維持している。中国拳法でいう馬歩なんて呼ばれるこの姿勢を始めて、体感でかれこれ一時間程だろうか。


「ほう。死んでも構わん程修業がしたいとは、大した心がけだな」

「いえ、やはり忘れてください! 自分には覚悟が! その他諸々が足りないと思います!」

「覚悟は知らんが、そろそろ体力的にはついて来た。そろそろ別の修業に入っても良い頃だ」


 ま、まずい。余計な事を言った。旨い事言って誤魔化さねば……! 命に関わる!


「ど、どうですかね! 未成年ですから! 自分、成長期ですから! やっぱり大事な時期ですしもっと身体をいたわった方が良いかな、なんて!」

「お主は17で、成人であろう」


 そうでした。この国では15歳以上で成人でしたね。お酒とたばこは、成人になってから。皆は20歳を超えるまで、お酒とたばこは控えないとだめだぞ!カゲフミお兄さんとの約束だ!


「それに、成長期とやらであるなら、なおの事修業せねばなるまい」


 この世界に、成長期、なんて言葉なかった。今文字通りの意味でそれが生まれたかもしれない。俺の迂闊な一言によって。一瞬前の俺に筋肉バスターかましてやりたい。

 

「あるぇ! 師匠! なんかおかしいです! 重しが! 重しが増えてます!」

「増やしたからな」

「何しや……がってやがりますかぁ! 師匠!」


 一瞬本音が漏れかけたが、師匠に鋭くにらまれ、慌てて飲み込む。ガフ師匠は俺にどす、どす、と更なる砂袋を追加しながら、話をつづけた。


「これまで通り、技に関しては影分身に教えてゆく。母体となる貴様には、しっかりとみっちり基礎修業をこなし、体力をつけねば、せっかくのユニークスキルも宝の持ち腐れだからな。基礎もこれまでより、少々段階をあげていく」


 少々! 重し1.5倍って少々だったのか……! 師匠と少々について今から明日の朝まで語り合いたい!

 俺は現実が見たくなくなって、無心のままに自重より重くなった重しを身体に纏い、姿勢の維持に努める。

 ああ、現実逃避がてらに、俺のユニークスキルについて説明しておこうと思う。ユニークスキル≪影分身≫正式名称はアルダーエゴというらしい。検査した人が言っていた。

 召喚された当日、魔力の適性を見られる前に、水晶によって確認された。そのスキルを見れる水晶で、体力その他が見える──いわゆる、ステータスが見えるのかと思ったが、どうやら違うらしい。あくまで、その人間がどんなスキルを持っているか、というのが漠然と伝わってくるだけのようだ。実際、俺もその水晶で確認させてもらったが、そこでは漠然としたイメージと、影分身、という単語が出て来ただけだった。アルダーエゴ、というのは影分身、という言葉がこの世界ないし、検査したその人個人にその言葉がないために出ているのかもしれない。影分身、というのも、もしかしたらもっと適正のある言葉があるのかもしれない。


 と、少し話を戻そう。俺のスキル、≪影分身≫についてだ。このスキルには、以下のような特徴がある。あるいは、制限が。


・影分身は己の魔力を等分してつくられる。

・影分身毎に自己がある。

・影分身は本体となる自分の現状況が再現される。(服装その他含む)

・影分身は本体任意、または意識が途絶えるか、影分身が一定ダメージなどを受けると消滅する。

・影分身消失時、影分身が経験した一部の情報が本体に蓄積される。残っていた魔力は回収される。


 細かく言っていくと、魔力を等分するというのは、俺が現状で一体影分身をつくったとすると、その一体と本体の俺で全魔力が二分割される、という形だ。二体つくったなら三分の一、となる。一応、意識して分量を変えられなくはないが、それをやる意味は薄かった。何故なら、変に魔力量を変えると、分身と本体の見分けがあっさりついてしまうため、これを行う意味がない。

 影分身毎に自己、というのはそのままの意味だ。もちろん思考のベースは俺自身なのだが、影分身毎に多少差異があるようだ。臆病だったり、短気だったりと。いっぺんに出して確認した訳ではないが本体の俺のいう事を確実に聞く、という訳ではないので、その事実も俺の予測を裏付けているように思う。(しかし師匠たちの言葉に逆らった事はほぼない……本能レベルで服従するように刷り込まれているんだろうか)

 他には、疲労から服装まで影分身は本体の情報をベースに再現されているらしく、怪我をしていれば、影分身にも同じ怪我が存在して作られてしまう。このせいで、俺のスキルは死にスキルだ、と王宮の貴族たちには判断された。現在過酷な基礎訓練を課せられているのもそのせいだ。ベースが強くなければ影分身は強くならないので、主に体力的な修業は本体が行っている。

 ただやはり、どう頑張っても即戦力にはならないわけで、王宮貴族達が無能、と判断してもしょうがないかもしれない。弱い俺が何人もいた所で、大した戦力にないからだ。今は多少、体力などもついてきたが、それでも影分身で1人2人俺が増えた所で、魔王軍の侵略を散発的に受け、疲弊してきている王国の戦況をひっくりかえせる訳ではない。ただ、完全な死にスキル、という訳ではなかったのは、影分身による経験の蓄積、だろうか。

 影分身は一定のダメージを受けるか、本体である俺の意識が途絶えた瞬間に消える。ダメージはちょっとやそっと殴られた程度では消えたりしないが、戦闘不能になるレベルの一撃を受ければ一撃で、そうでなくても累積でそれに近いダメージを受けると消滅する。また、本体が影分身を消したい、と思う事で消すことができる。

 そして、最後に重要なのが、経験の蓄積だった。これがこのスキルを死にスキルではなくしている要因で、俺が自分で経験したものを、本体にフィードバックしてくれる。一部の経験、というのは、影分身が食事をしたり、怪我をしたりといった事は本体に蓄積されない。食べた気がする、怪我したような気がする、というのは経験が統合された直後に起こったりするが、致命傷を受けたとしても、本体がショック死、なんてレベルではフィードバックされないので、経験値的には一部、というのが正しいだろう。

 

「ほれ。何を黄昏ておる。今日の修業はそのくらいでいい。技の修業分は、影分身から経験を統合しておけ」

「う……? はい、師匠」


 どれくらい立っていたのだろうか? 日はとっぷりと暮れかけており、全身汗びっしょりで、疲労感もある。もう今すぐにでも意識を手放したいくらいだ。半分朦朧とした意識の中で、汗を拭き、着替えを済ませ、王宮で寝起きしている一室に向かう途中で、影分身を解除し、経験の統合を行う。


「つぅ……!」


 慣れてきたが、頭に鈍痛が生まれる。

 今日はそれでも、本体の自分、ガフ師匠に剣術や体術を教わっていた分身、エイラ師匠に魔術を教わっていた分身の二体との記憶の統合だったので、「酔い」は少ない。この「酔い」は自分が同時間に複数存在する、という矛盾した記憶を整理する際、脳に負荷がかかるらしく、鈍い鈍痛と眩暈に似た感覚が起こる。

 最近は慣れていたから油断した。廊下で眩暈を感じ、壁に手を付いて、酔いが覚めるのを待つ。


「まったく。これが勇者だというのだから、先が思いやられる……」

「全くですな。やはり、召喚などに頼るべきではなかったようで」


 そんな声が聞こえ、俺はフラフラする頭でそちらを見れば、今みたいな状態で会いたくない人物達が立っていた。


「王女殿下……それに、宰相殿。将軍殿」


 それだけ言うのが精一杯で、痛む頭を押さえながら、何とかそちらを向く。


「剣聖殿に絞られているようだが、それがどれだけ役に立つというのだ」


 射貫くような鋭い瞳は、金色。絹糸のような艶を持つ、腰まで流れるような髪は銀色をした美少女。王位継承第一位にしてこの国の王女である、ディアナ・フィン・アクス。

アクス王国の戦乙女と呼ばれる人物だ。彼女も俺と同じく剣聖から剣を教わった一番弟子と言える存在だそうで、武勇に優れる。それだけでなく幼少から王となるべく学んでいるため、師であるガフよりも知略に優れる将でもある。魔法の才こそないそうだが、賢者から魔法に関する手ほどきを受け、対魔法戦闘もこなせる万能戦士。

 ガフ師匠、エイラ先生に並び、あれ、勇者なんていらなくね? というチート存在だ。そんな存在だからこそ、師匠と彼女は、勇者の召喚に否定的だったらしい。自国を守るのはやはり、自国の民であるべきだという理念に従っている。

 その志は素晴らしいと思うし、是非そうしてくれと思うのだが、どうやらそれを無視した貴族連中がいるらしく、俺はその裏切り者たちによって召喚され、ここにいる。実に迷惑な話だ。ちなみに、その勝手を起こした貴族連中は、王の判断を無視したことと、結局無能である俺を召喚した事を追及され処刑されたと聞いた。

 俺を出汁にするのはやめてくれ、と思うが、どうしようもない。


「全くですな。無能は無能らしく大人しくしていれば良いものを……兵士の真似事などと」


 太った宰相がそんな事を言った。イラッとするがここは我慢する。将軍も特に何も言わなかったが、鼻を鳴らしてこちらを馬鹿にするような顔をしているので、黙っていてもウザい。

 貴族連中は、事ある毎にこうして無能勇者である俺を馬鹿にしてくる。俺だって、好きで来た訳ではない。そう、何度思った事か。


「行くぞ。こ奴を相手にしている暇はない。そんな暇があるならば、魔族に対する備えをするのが建設的であろう」

「はっ。同感です」


 本当にたまたま通りかかっただけなのだろう。ディアナ王女はそれだけ言って俺に一瞥くれたあと、さっさと通り過ぎてしまった。連れ添っていた宰相と、将軍も、俺にゴミでも見るような視線を投げたあと、何も言わずに立ち去った。


「くそ……早く、元の世界に帰りたい」


 送還のための情報がこの国に無いため、俺は他の国に無いかと期待している。しかし、旅をするためには、外の世界は厳しすぎる。この世界は、盗賊や肉食の動物の他に、さらに危険な魔物が存在する。俺は、そんな世界で生きる力を得るために、今の現状に甘んじているのだった。



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