第18話「王女からの手紙」
影分身による短期アルバイトは、思った以上に上手くいった。何せ10人同時勤務の給料。単純に10倍貰えるだけでなく、仕事内容によっては助かったと色を付けて貰えもし、じり貧だった金額は、アルドアの街で生活し続けるのも難しくない程だ。
アルバイトでは特に良かったものは、商会で計算するのが売り上げの計算や会計などの手伝いだ。計算のためにそろばんなど使ってみたらどうかと提案したところ、食いつかれ、その制作のアイディア料として、かなりまとまった金額を貰えたのだ。人の手が必要な、積み込みといった作業も、一時分身を増やしてマンパワーで一機に対応する事で、極めて迅速に行う事が可能だった。
「ぜひ、また来てくれ!」
「は、はは……考えておきますね」
手伝いをした商人にがっしり両手で握り込まれた手を何とかほどく、なんてやり取りがあった程だ。
そんなこんなで、夕凪亭の滞在期間を延長して貰い、今日は調べもののためにクーを連れて外に出ていた。欲しい情報はもちろん、魔法の情報。向かう先は図書館だった。
王都では蔵書の類は全て王宮にあったが、あそこも蔵書量が多いと感じた。以前利用したことのある。市の図書館よりは大きい感じがしたし、かなり古い本も取り扱っていたようだった。内容は歴史や、魔法に関するものが多く、それらを網羅していたエイラ先生に頼んで帰還の方法を聞いてみたが、送還のための術は、少なくともこの王宮では公に研究されてはいない、という事だった。理由は、ちゃんと送れたかどうか、この世界で確認しようがないのと、勇者が強く帰還を望んだ場合、強硬な手段に出て、そのまま帰還される可能性もあるため、それを潰すと言う意味もあるそうだ。エイラ先生の考えでは、召喚場所とセットでは用意しないだろう、という事だった。
なんて迷惑な……と思ったが、異世界から勝手に呼ぶ連中がこちらの都合を考慮するわけなかったので、切り替えて魔法に関する情報を集めるつもりだ。帰還に関する直接的な記述がなくても、もしかしたら帰還につながる魔法があるかもしれないし。
「クーは、文字って読める?」
「読めない」
仕方ないので図書館ではクーは俺の後に付きながら、絵本を見て時間を潰して貰っている。絵は石碑に描かれてるものみたいな絵……という程ではなかったが、やっぱり漫画やアニメといったサブカルチャーが発達した日本の絵と比べると色々違うなーと感じた。色の数もそうだが、デザイン、といえば良いのか造形とか。なんか歴史の教科書でしかみたことのないようなイラストが描かれている。
「カゲフミ、何を調べてる?」
「んー……魔法なんだけど。そうだなぁ移動に関する魔法を調べてるよ」
ほんとは、転移魔法、召喚魔法について調べているのだが、それらをざっくり説明するのに、移動、という表現をした。転移とか召喚について、上手く説明する自信がなかった、というのもあるが、それらを調べて、俺が元の世界に戻りたいと思っている、と気づかれるのが、少し怖かったからだ。
クーは、俺を勇者だと知っている。しかし、異世界人だという事は、知らない。クーは俺が帰るのは、この世界の、どこかだと思っている。だから、クーは連れていけない世界に帰ろうとしている俺は、その事にどこか罪悪感を感じ、本当の事を言えなかった。
クーは俺の言葉をふんふん、と真剣に聞いたあと、ととと、とどこかに走っていってしまった。
「あ、クー! 図書館では静かにな!」
「ん!」
ちょっと声を抑え気味にそう注意して、クーが静かに本棚の奥に消えていくのを見ながら、俺は手にした本に視線を戻した。字が読めないのにどうするんだろう? と思ったが、答えはすぐに解った。
「カゲフミ! しんたいきょーかのまほーの本!」
褒めて褒めて、とすり寄ってくる子犬みたいな様子で俺の元に戻ってきたクーは、一冊の本を持ってきた。しんたいきょーか。身体強化だろうか。でもなんでそんな本を?
クーの頭を撫でてやり、とろけるように相好を崩したクーから本を受け取り、中を見る。
「なるほど。馬を魔法で強化して速度をあげたり、なんてことをするのか」
この世界の人間は、継続時間を無視すれば、馬よりもゆうに速く走る。それは、魔力と魔法のおかげだ。同じ発想で、馬を強化してやれば、もっと効率的に速く移動することが可能なのだろう。
「こりゃ、機械で早く移動しよう、なんて考えないよなぁ……」
何せ、面倒な機械なんてなくても馬みたいな足の速い動物なり、魔物なりを使った方が早く用意できる上に簡単だ。感心しながら本に目を通し、必要な情報が見れたので、それを閉じる。
「役にたった?」
「ああ。とっても。でも、どうやって探してきたの?」
ちょっと、思ってたのとは違うが、彼女は俺の言葉から意図を組んで、それを持ってきた。やっぱり頭は良いんだよなーと思いながら、クーの言葉を待つ。クーは、とある人物を指さしながら、言った。
「ししょさんに聞いた」
なるほど。簡単だ。つか、なんで思いつかなかった。前世では図書館の類には、情報端末があって、そこ見ればよかったので、人に聞こう、というのがすっかり抜け落ちていた。本棚の案内見るより早いじゃないか。若干ショックを受ける。入った時、司書さんに利用料払ってるのにな。その時は高いなー。どこから手を付けるかーくらいにしか思っていなかった。アホめ。
「あ、じゃあ俺も聞いてみるかな……他の本も聞いてみたいし。クーはちょっと待ってて。場所、取っておいてね」
「ん!」
クーにそう言って席を立ち、司書の女性の元に向かう。目が合うと、何故か微笑まれる。
「移動に関する書物は、お役に立ちましたか?」
なるほど、彼女がクーに教えてくれたのか。
「ええ。目から鱗、って感じでした。ただ、もう少し別の方法も知りたくて。えっと、転移か、召喚についての魔法に関する記述のある書物、ってありますか?」
礼を言いつつ、本題の内容を告げると、司書さんは顎に手を当てて、少し考える。
「召喚に関する記述は、こちらでは取り扱っておりません。禁書となっておりますので、王城でしか扱っておりませんね。それと、転移……ですか。私は聞いた事がありませんが、どう言ったものでしょう?」
「転移っていうのは、魔法を使って任意の所に移動したり、って感じですかね」
「あはは。そんな魔法があったら、確かに便利ですね。でもすみません、私は聞いた事ありません。ここにも置いてないと思いますね……魔法が盛んな、隣国のウッドレストなんかはもしかしたら、そう言った本もあるかもしれません。でも召喚なんかは、おいそれと見れないと思いますよ?」
転移、って言葉を聞き返してきた時点で大まか予想はしていたが、やはりないか。おまけに、召喚は禁書、と。送還魔法が存在したとして、機密扱いだと厄介だな……いきなり躓いた気がする。今日はここまでにしておくか。
クーを拾って、今日は夕凪亭に戻る事にした。穴場らしい夕凪亭は、今日も混んでいる。穴場じゃなかったんだろうか。
「今日も混んでますね」
夕凪亭に戻った俺たちは、夕食を注文しながらおかみに話しかける。おかみは笑いながら俺に言った。
「嬉しい事なんだがねぇ。遠くから来た傭兵なんかが、利用していってるみたいだね」
「傭兵……ですか?」
「おや、あんたは違うのかい? あたしの目には、結構使うと思ったんだけどね。国境で魔族と戦争してるんだとさ。なんでも戦況が悪化したらしくてね。王女様が前線に立っているんだとか。ここからだったら、早く行く手段もあるしねぇ。最後に補給して、前線に向かってるんだよ」
内心、どきりとした。結構使いそう、と実力が意外と評価されてたことじゃなく、魔族と戦争、という言葉にだ。
儲かるのは良いが、戦争はやだねぇ、こっちにも拡大したりするのかねぇ、と不安そうにしているおかみに、俺はなんて返事したのか、よく覚えてない。魔族との戦争……ちょっとした、戦闘程度ではなかったのか。いつの間にか、状況が悪化しているようだ。
「いや。もう、関係のない事だ……」
ディアナ王女の顔が、ちらりと脳裏に浮かんだが、俺はそれを掻き消すように今日の夕飯を掻き込み、自室に戻った。どんな味かわからなかったし、クーはそんな俺の様子を感じて俺を見ていたが、俺はそれを気にしてやるだけの余裕がなくなっていた。
自室に戻って、ベッドに横になる。クーが、何も言わずに、俺の側に腰かけ、じっとこちらを見ていた。俺は何となく、もやもやしたものを感じながら、頭の中を整理して、言葉を選ぶ。
「クー、そろそろこの街をでようか」
「ん」
何も聞かず、短くそう言ってくれるクーの存在が、今はありがたい。思い立ったら、すぐに荷物をまとめておこうと思い立つ。ここは居心地がいい。あんまりのんびりしていると、動けなくなってしまいそうだ。大した荷物もないし、いつでもいけるようにしておこう。
その時、手荷物を入れた袋の中にあった、一番奥にしまっている学生鞄に、何か結ばれているのが見えた。小さな袋。こんな袋、あっただろうか? 解いて袋を振ってみると、ちゃりちゃりと硬貨の擦れるような音がする。開くと、金貨が詰まっていた。
「な、何だこれ?」
大金が詰まっている事に驚いてその袋を調べると、金貨のほかに、何か入っている。
「手紙?」
それは、蝋で封をされた、手紙だった。一瞬、自分宛のものか? と疑問が浮かぶが、自分以外にこの袋を使っている人間はいないし、学生鞄に結ばれていたのだから、誰かが仕込んだのだろう。
それは、ディアナ王女からの手紙だった。
カゲフミ殿
あなたがこの手紙を読んでいるという事は、きっと私たちはすでに別れた後なのだろう。いったいどんな事を言ってあなたたちと別れているのか、この手紙をしたためている私には想像もつかない。
ただ一つ言えるのは、恐らく酷い事をいって、あなたと別れたのだろう。
こんな事を言う資格は、本来私にはないのだが、謝らせて欲しい。すまなかった。あなたを戦争などに利用させないためには、こうする必要があった。
そんな文頭から始まった王女からの手紙には、俺への謝罪が記されていた。
勇者召喚派の貴族を抑え込む事ができず、俺をこの世界に呼び込んでしまった事。無能だという事を周りに印象付けるために、あえてきつく当たっていた事。盗賊の一件で、俺の強さが兵士に知れてしまったため、俺を逃すには、このタイミング以外なかったという事。今起こっている魔族の戦争のどさくさに紛れ、勇者は行方不明になったとしておくつもりだ、という事。クーの事を、放り出すようにしてしまい、俺に全て任す事になり、すまない、とも。
最後に、
一緒にある金貨は、好きに使って欲しい。私に出来る数少ない援助だ。それと、帰還について、魔法に関する資料を集めるために恐らくウッドレストを目指す必要があるだろう。この手紙の他、同封した手紙はウッドレストの司書に当てた手紙だ。それを見せれば、ある程度、一般人が閲覧できない書物も調べる事ができるだろう。入国のする際にも多少は役に立つ。上手く使ってほしい。
と書かれていた。手紙の入っていた封筒の中に、確かに別の封筒が入っていた。これが、恐らくそのウッドレストの許可証のようなものなのだろう。
「何だよ、これ……」
今更、こんな事。思えば、彼女には何度も、それとなく気を使われていた。初めての戦闘。王宮内にクーを置いて貰う時の事。初対面の時から、ずっときつく当たられていたから、『勇者』が嫌いで、勇者の俺なんか、ろくに見てもいないのだろうと思っていた。しかし、逆だった。彼女はずっと俺を見て、俺のためを考えて、俺を守るために手を回していた。
「もっと、言ってくれれば……!」
そんなの、余計なお世話だ、なんて思った。今更こんな手紙を見て、俺は恩人に、何を返してやれるんだ。
手紙を握った俺の手は、いつの間にか震えていた。