第16話「帰還への道」
クーの集落で一晩明かした俺たちは、集落を離れる前に、小さな墓をひとつ用意して、花を添えた。
集落の中は人の死体は見て取れないが、争ったような跡や血痕は残されていたため、そんな事をした。クーの両親は見つからなかったが、見つけてしまうのもまた、怖かった。
「いこうか、クー」
クーは少しの間、じっとその墓を見つめていたが、こくりと頷くとその墓から離れた。
「ん……?」
クーはそのまま、俺の空いた左手に手を絡めて来た。クーは何も言ってこなかったが、無言で強く握られる。それで彼女の気が少しでも晴れるならと、好きにさせておいた。俺たちはそのまま人狼族の集落跡を後にした。
「クー、これから、どうしようか」
「カゲフミが行くところにクーはいく」
どこか、頑なさを感じるような声音で、クーはそう言った。いつの間にか、クーが俺を呼ぶのが名前に変わっている。家族が居なくなって寂しいのか。勇者ではなく、名前で俺を呼ぶようになったが、寧ろ前よりギクシャクしていた。話しかけても返事は最小限、それ以上の会話もどこか固い。
いったん、一晩世話になった村に戻る事にした。人狼の集落について、もう一度話を聞こうと思ったからだ。
「おぉ。やっぱり、戻ってきたのかい?」
この前お世話になった老婆が、村に戻ってきた俺たちを見てそう言った。やっぱり、って事は、あの集落がどうなっていたか知っていたんだな。俺だけ話を聞いておけば……なんて思いもしたが、結局どこかでクーは集落の事を知ってしまうだろう。遅いか、早いかの違いでしかないな。
「えぇ。それで、あそこにあった集落について、何か知っている事はありませんか?」
「元々、あの集落とは、困ったときに食料のやり取りがあったくらいでねぇ。それが無くなったのが、一か月くらい前さね。怪我を負ったモンが、こっちそう知らせてくれた。ちょっと離れてたおかげか、村が小さいせいかここは襲われなかったが、集落はかなりの数の盗賊に襲われたって話だ」
かなりの数……という事は、もしかしたら、この前壊滅した盗賊団だったのだろうか。クーが、俺の手を強く握ってくる。俺は、震えるその手を優しく握り返してやりながら、老婆から話を聞く。
「そうですか……生き残った人の事は、何か聞きましたか?」
「解らないねぇ……散り散りに逃げたと言っていたね。ここに知らせてくれたモンは、街のほうに向かうって言ってたねぇ。そっちなら、仕事があるかもしれないからって」
街か……なんの手がかりもないなら、行ってみる価値はありそうだな。それに、こっちも帰るための情報を集めるのに、ちょうどいい。王都では、王宮にいたが、あそこは召喚方法はあっても、送還についての情報はなかったし。別の国なり都市なりに向かって、魔法関係の技術を当たっていくのが良いだろう。
「いろいろ教えていただき、ありがとうございました」
「何、前にも言ったが、特に何もしてやれてはいないさ。今日は、休んでいくのかい?」
「いえ、さっき教えて貰った、街の方に向かおうかと思います。あんまり故郷の近くにいると、彼女が辛そうなので」
そうかい。そうだろうね。老婆はクーを見て、そう同意し、街の名前とそこへの道を教えてくれた。俺はそれに礼を言って、その村を出る。次の目的地はきまった、交易の盛んな街──アルドアだ。
◆◇◆◇
とんぼ返りのような勢いでアルドアに向かった俺たちは、途中二日ほど野営を挟みながら進んだ。段々と街に近づくと、狭かった道が、広く開けていく。時折、待ちに向かう旅人や、商人の馬車なんかかが見える。
「大きい街だなー。な、クー」
「ん!」
少しは元気が出たのか、耳を小刻みに動かしながら、大きな街を見つめている。関所を抜けて街に入ると、活気があるのが解る。
出店なんかも出ており、いい匂いが漂ってきていて、さっきからクーがずっと目移りしている。適当な、いい匂いがしてる串焼き肉を売っている出店で買い物する事にして、販売しているおっちゃんに話しかける。
「おう。何が欲しい?」
「んー。良く分からないから、おすすめとかあります?」
「なら、こっちと、これだな!」
「じゃ、それ二つずつください」
「まいど!」
そんな感じで何肉かは解らない、見た目鳥皮っぽい肉の串と、ぼんじりっぽい串を貰い、硬貨を渡す。クーの分を渡してやり、自分の分をさっそく肉をかじると、しみ込んだ特性たれの味がした。なかなか美味い。クーも味にご満悦の様子で、ゆっくり大きく尻尾を振っていた。
「あ、ついでに飯が美味い宿って知らないですか? 出来ればおっちゃんの串くらい美味い飯がでると良いんだけど」
「はは、兄ちゃん世辞言ったって、おまけの串くらいしかでねぇぜ? そだな。うちの串には劣るが、夕凪亭ってとこが、穴場で飯が旨いのよ」
ほんとに串を一本おまけしてくれたおっちゃんにお礼を言い、貰った串をクーに渡す。ぱぁっと花咲くように嬉しさが顔いっぱいに広がったクーは、尻尾の振る回数を増やしながらおっちゃんにお礼を言い、夢中になって串を食べ始めた。適当な所で腰を下ろして腹ごしらえをした俺たちは、教えて貰った宿に向かう。
「おお……混んでそう……」
教えて貰った所は人の入りがそこそこあり、一階の食事処を兼ねたフロアが混雑していた。俺はクーの手を引いてやりながら、宿のおかみに話しかける。
「泊まりたいんだけど、空きあります?」
「見ての通りいっぱいだが、一部屋ならあるねぇ。それでも良けりゃかまわないよ」
うーん。クーは小さいとはいえ、同じ部屋ってのはなぁ……
「出来れば、2人、別の……」
「良い」
別の部屋で、っていう交渉は、隣にいるクーにさえぎられてしまった。
「や、それは……」
「一緒が、良い……」
俯かれて、縋るように手を握られてしまえば、その手を振り払うのは難しかった。彼女はまだ、集落でのショックから立ち直れたとは言いづらい。
「で、どうするさね?」
「金も、そんなにないんで一部屋で良いです」
「そうかい。飯は別料金だから気を付けな。ここにきて注文すりゃ、なんか作ってやるよ」
その後、手持ちと相談しながら、3泊する事に決める。手持ちの金は、遠征時に師匠に貰ったものだったが、そろそろ心もと無い。バイト……なんてあるかしらんが、バイトするか。
鍵付きの部屋らしく、部屋の鍵を貰い、3日間自室になる部屋に入ってくつろぐ。流石に歩き詰めで、野営でも見張りをしていてほとんど仮眠ばかりだったため、ここらでしっかり休むとする。
「クー、そっちのベッド使って。俺、ちょっと寝るから……」
そういって毛布を取り出して、床に寝転がる。クーの返事を聞くこともなく、俺の意識はあっさりと闇に落ちて行った。
「ん……結構寝ちゃったか……あれ……?」
何か、毛布をはいでから起き上がろうとしたのだが、毛布が重い。寝ぼけた頭でそう思い、段々覚醒すると、毛布の正体が解った。
「んなぁ!?」
毛布だと思ったのは、クーの尻尾だった。クーは俺の毛布の中に入り込み、自分の尻尾を抱くようにして、俺にくっついて眠っていた。
「ぅん……?」
俺の声に目をさましたクーは、身体を起こして眠気眼をこする。
「カゲフミ……おはよう……」
「夕方みたいだけどな。クー、なんでベッドを使わないんだ」
ちょっと同じ部屋は百歩譲って良いとして、流石に同じ毛布で寝るのは、なんて思いから、俺はちょっとだけ強めにそういうと、クーはベッドを指さしながらこう言った。
「ベッド……埃っぽい……」
「そっか……」
先に確認してやらなかった俺も、悪いか。取りあえず夜には使えるように、誇りっぽいシーツと備え付けの毛布は窓から埃を捨てて、適当に干しておく。それらが終わると腹も減って来て、ちょうど夕食に良い時間だったので、一階で飯を頼むことにした。
「あいよ。んじゃまってな」
お品書き、なんてものはないらしく、飯を頼むとおかみお勧めが勝手に出てくるらしい。出てきたのは、野菜がゴロゴロ入ったシチューと、ちょっと硬めのパンだった。食事を食べなが、クーと今後の事について少しだけ話をしておく。
「クー、今後の事についてちょっと話があるんだ」
「ん」
俺の空気を感じ取ったのか、ちょっと騒がしい食堂内で、真面目な雰囲気で頷いたクー。でも口の周りにシチューが付いてる。俺はそれを拭き取ってやりながら、話を続ける。
「これから、クーの集落について、話を聞いたりしながら、俺は調べものをしようと思うんだ。ただ、泊まり続けるには、お金がいる」
「ん! クーも働く!」
ぴん! と耳を立ててそう言ってくれるクーにほっこりしながら、俺はクーに言った。
「いや、クーにはもっと大事な事がある!」
「大事!」
いや、ほんとは仕事の方が大事なんだけど。お金ないと今後の事は何もできないし。ここで彼女のやる気をそぐような事は言いたくなかったのでそう言った。
「うん。俺と一緒に調べものして欲しい」
「調べもの! でも、仕事……」
ちゃんと話も聞いていてくれてた上に、そっちの心配もしてくれるとは、いい子だなーと頭を撫でてやりながら、俺はそっちに関しては心配ないと伝える。
「そっちにはちゃあんと手は考えてる。俺にはとっておきのユニークスキルがあるからな」
本領発揮ってやつだろう。影分身の真の実力とやらを、見せてやろうじゃないか。