第15話「ひとりぼっち」
適当な木の下を野営場所に定め、俺とクーは道中拾った食べられる野草や山菜、キノコなんかを調理していた。
「よーしクー。こっちのスープはできた! そっちはどう?」
「ん。ちゃんと焼けた」
大仰にスープ、なんていっても塩漬けされていた干し肉と拾った野草、山菜を煮込んだだけのようなものなので、味はお察しだろう。一応、取ったキノコで出汁のようなものも作ってはみたが、鰹節とか、昆布とか、もっと言うなら顆粒出汁が欲しい。故郷のご飯が懐かしいなぁ。
あ、ちなみに山菜やキノコの味や安全性は影分身を使用した。毒があるかどうかは全て分身に試食させて、その後の経過観察をしながら、問題ないものを食べていくスタイル。見た目カラフルなものも混じっているが、食べてみた感じは一番まともという結果に、少し納得いかないような微妙な気分だったが。
クーが焼いていたのは、川魚だ。内臓を抜いて塩焼きにした。試食した感じは泥臭くはなかったので、充分美味しそうである。
「美味しそうだなー! クー!」
「ん!」
焼き魚は置いておいて、妙に明るい色をしたスープに、気圧されないようにそういったのだが、クーは全くそうは思わなかったらしい。満面の笑みを浮かべており、嬉しそうに尻尾を振っている。鍋からお玉を使って持ってきた木製お椀にスープを掬って入れてやる。普通メイドがやるんじゃないかって? 細かいこたぁ良いんだよ。
幸せいっぱいな様子で口をもぐもぐしているクーにほっこりしながら、俺も口に運ぶ。正直、味がしなかった。味付けが悪いとか、入れた山菜類がまずい、とかではない。味よりももっと気になる、頭を占めるものがあるせいだろう。
「……ゆーしゃ?」
いつの間にか手が止まっていた俺を、気遣うようなクーが見上げていた。
「あ、ああ。いやー見た目明るいスープだったからさ! 意外と美味しいもんだなーって」
「……」
適当な話題で逸らそうと思ったが、クーはそうじゃないってことを見抜いているみたいだ。
ダメだな、こんな小さい子にまで気を使われるようじゃ……
「ありがとな、クー」
誤魔化すように一気に食べきって、食器を片付けながら俺はクーに小さくお礼を言った。
ぱち、ぱちと焚き火を眺めながら、俺は時折その火に小枝をくべたりして、火が絶えないようにしていた。
「これから、どうするかな……」
思えば、何だかんだと忙しくしていたので、ゆっくりこういうことを考える事はなかった。ああいう形になってしまったとはいえ、解放されて、自由な時間ができた、というのは、良い事じゃないか。
「そう。考えようによっては、良いチャンスだよな」
自分の今後を見つめなおすためにも。帰還する方法を探すためにも。自衛できる程度の力はついたんだ──とそこまで考えた所で、ふと気付いた。
「考えようによっては、なんて。結構あの生活、気に入ってたんだな」
日本に、元の世界に帰りたいばかりだと思っていたのに、王宮で訓練していたあの日常が、何だかんだ言って好きだったんだなーと気付いてしまった。
「でもまずは、クーの故郷を探してやらないとな」
1人っていうのは寂しいもんだ。それが身に染みた今、こんな所で放り出す気にはなれないしな。毛布に埋もれて小さく丸まっているクーを見ながら、そんな風に考えていた。
◆◇◆◇
「ふぁ……やっと村に付いたなー」
「ん」
俺は欠伸を噛みしめながらそう言って、少し疲れた様子のクーが、小さく返事をした。疲れるのも無理もない。荷物はこっちで持っており、何度か休憩をはさんだとはいえ、野営地から半日程も歩き詰めだったのだ。むしろ、小さいのに良く我慢してくれたと思う。俺も、召喚されたばかりの体力だったら途中でへばっていただろう。
これも修業のおかげ……っと。この辺りで辞めておこう。そっちに意識が行き過ぎるからな。
昨日は野営地で見張りを出来るのが俺しかいなかったため、眠い頭で周囲を見回す。
「何にもないとこだなぁ……」
思わずそんな事を呟いてしまうくらい、何もない。小さな村で、見渡せば全ての家屋が目に入る。活気はないが、静かな所が良い、と言えなくないかもしれない。
「一体この村に何用だね?」
村の前で立ち止まっていたのは老婆だった。老婆は不審者でも見つめるような目で、俺たちを見ていた。いや、不審者でも、というのはちょっと違うか。村の人から見れば、俺たちはまさしく不審者なのだろう。老婆だけでなく、村に居る人間のほとんどが、窓の中や、戸に隠れるようにして俺たちの動向を見守っている。
「あぁ。すみません。ちょっと立ち寄っただけです。彼女の故郷を探してまして。できれば一晩、止めていただきたいのですが」
「人狼族……」
老婆はクーに憐れむ様な目を向けた。しかし俺は、眠気で良く回らない頭だったせいで、それを見落としてしまった。
この時、俺は老婆から詳細を聞かなかった事を、後悔する事になる。
「もしかして、彼女の故郷の場所とか、解りますか?」
しかし、この時の俺は、老婆の反応が、場所に付いて何か知っているのだと思い、それを聞いていた。老婆は少し考えるようにしていたが、その場所を教えてくれる。
「あぁ……ここからそっちの道を一日も歩いた所だ」
「おお!そうですか。ありがとうございます」
「後で、詳しい場所を教えてやる。一晩泊まりたいんだったね。宿なんかないから、空いてる小屋で良ければ泊まっていくんだね。まぁ、何もない所だが、ゆっくりしていきな」
「は、はは……聞かれてましたか。すみません。ご厚意痛み入ります」
老婆に皮肉を返され、俺は気まずい思いをしながらも、老婆の後に続いて一晩の寝床を借りたのだった。
「……たっぷり休めたし、行こうか、クー!」
「ん。休んだ!」
小屋は埃っぽい所だったが、持ち込んだ毛布に包まったらすぐに眠ってしまった。たっぷり休んで気力も充実しているのを感じる。出発には良い日だ。
「行くのかい」
「はい。小屋、貸していただいてありがとうございました。それに、食材まで」
「対価は貰ってるからねぇ。別にお礼を言われるほどでもないよ」
村での第一接触者である老婆に、小屋で一拍させて貰ったお礼に金銭を幾らか渡していたのだが、それでは多い、と言われ幾らかの食料を分けて貰えたのだ。
「いえ、それでもですよ。ありがとうございました」
「うんむ。また通りかかったら寄ってくといい。気を付けてな」
気の良い人たちに見送られて、俺たちはその村を後にした。
人狼族の集落は森の中にあるらしく、獣道のような道を一日かけて進んでいく。人が歩いてできたらしい、狭くて舗装もされていないような道を、クーがはしゃぐように先に進んでいた。故郷が近づいて来ているのが解るのか、時折、鼻をひくつかせたり、耳を小刻みに動かしていた。
「クー! 転ぶなよ!」
「大丈夫!」
本当に大丈夫かな、と思ったが、足元はしっかりしている。通い慣れてるような動き。もしかして、クーの故郷が近いのだろうか。
「すぐ見つかって、ラッキーだったな」
いや、そうでも無いか。親御さんが見つかったら、クーとはお別れ。そしたら今度こそ、1人ぼっちだ。
「笑ってさよならしないとな」
クーが小高い丘の上で、立ち止まった。あそこから、村が見えるのだろうか。
「どれ、クーの故郷は、どん、な……」
集落と言われたそこの規模は、この前一泊した村より大きい、しかし、それは機能していれば、の話だった。集落の建物は崩れ、火の手こそ上がっていないが、燃えた後がある。当然のように人の気配はなく、復興されているような気配もない。
「なんだよ、これ……」
俺は茫然として集落を見たが、はっとなって隣のクーを見る。クーは、俯いて小さな手を強く握りしめ、肩を震わせていた。
「クー……」
なんと声をかけていいか解らず、名前を呼ぶと、クーは集落に向かって走って行ってしまう。
「待て、クー!」
俺の言葉も聞かず、クーは集落に入る。そして、息を切らせながら懸命に走り、一つの建物の前で立ち止まった。しかし、その建物はほとんど燃え落ちて、玄関らしき部分が残っているだけだった。崩れた屋根が玄関を潰していた。
「う~……!」
クーが、崩れた玄関をくぐって、潰れた屋根をどかそうと、小さな手を動かす。何度も、何度も。割れた木材で手を切り、血を流しても、それをやめる事はなかった。
「やめるんだ、クー」
俺はクーの両手を優しく包み、その手を止める。一瞬暴れた彼女だったが加減しているとはいえ、俺の手を振りほどく事はできず、やがて諦めたように動きを止める。
「う、うぅ……うぅ~!!」
押し殺したような泣き声が、だんだんと大きくなっていって、無人の集落に虚しく響いた。俺は彼女の頭を抱きかかえ、彼女が泣き止むまで、ずっとそうしていた。
「少しは、落ち着いた?」
「……」
返事こそなかったが、こくりと頷いたクーは、泣き止んではいた。集落を離れた方が、彼女にとっては良かったのかもしれないが、彼女が嫌がったので、被害の少ない集落の広場を陣取って焚き火をしていた。今日は、ここで野営をすることになる。
沸かしていたお湯をカップに入れて、彼女に渡す。本当はお茶などがよかったのだが、手持ちにないので、せめて暖かい飲み物を、と思っての事だった。
「……、」
俺も彼女と同じものを飲みながら、彼女になんて声をかけるかタイミングを見測っていると、彼女が集落に入ってから初めて、口を開いた。
「クー、は……」
「どうした?」
か細く閉じられた彼女の言葉に、先を促すように、なるべく優しく答えてやる。そのまま黙ってしまったが、辛抱強く待っていると、ゆっくりと口を開いた。
「クーは、1人ぼっち、です……ゆーしゃ、どこにも、いかない、です……?」
「それ、は……」
俺は、肩を震わせるクーの問いに、答えてやることはできなかった。側にいてやる、言葉にするのは簡単だった。でも、俺は、この世界には残れない。彼女の側にはいられない。言葉にしたら、余計に彼女を傷つける。今でなくても、いつか。それが解ってしまったから、俺はたった一言を口にできず、ただ黙って、誤魔化すように彼女を抱きしめてやることしかできなかった。




