表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/24

第14話「勇者退場」

グレイウルフが前脚を振り下ろすのを、ディアナ王女とガフ師匠はあっさり躱すと、


「クーはこちらで守ってやろう」

「勇者殿、後は任せる」


 そう言っていつの間にか俺の背後に回っていた。そしてディアナ王女がクーを抱え、ガフ師匠がその近くに立つ。何あのぼくの考えた最強の防ぎょフォーメーション。俺も入れて欲しい。


「いやいやいや。無理っす! 今だって地面がメキャァ! って言いましたもん!」


 見れば、グレイウルフが前足を叩きつけた地面は大きな凹みができていた。俺は悲鳴を上げながら駆けだす。このままでは狙われるだけだ──ってもう狙われてる! 涎を垂らした大きな口が、危うい所で俺の胴の横を通っていく。何度か続く噛みつき攻撃を、不格好にも何とか避け続ける。


「ははは! やはり魔物相手では勝てんだろう!?」

「うるせ! そう簡単にやられるかっての!」


 覆面が勝ち誇った声をあげ、苛立ち紛れに返す。

 いや、待てよ? 何もこの魔物相手に勝たなくてもいいんじゃないだろうか。この魔物があの覆面の指示を聞いて動いてるなら、あの覆面の意識を奪ってしまえば。テイマーが戦闘力が低いのは、お約束だし、あの覆面が戦えるなら、最初に攻撃に参加しているはず! 

 そうと決まれば、すぐにでも手を打つ。魔力を練り上げ、必要な効果を文字に起こして世界に対して干渉する。宙に発現した文字が、淡く発光した。


「≪誘導弾≫!」


 文字が消え、文字があった場所から覆面に向かって、魔力球が撃ちだされる。覆面はそれを嘲笑った。


「馬鹿にするなよ勇者! この程度の攻撃が避けられないはず……!?」


 覆面は、撃ちだされたそれを見て、素早く射線上から外れる。見た目は何の変哲もない魔力の塊。その反応は正しい。ただ、この日本語が読める相手なら、もっと警戒したはずだ。俺が放った魔力弾は、鋭いカーブを描いて覆面の頭を撃ち抜く。


「へぶっ!?」


 思った通り戦闘力が低かったのか、醜い悲鳴を残して、覆面の意識を刈り取った。


「よし! 狙い通り!」


 グレイウルフの動きはどうか……とそちらを見れば、一瞬動きを止めたが、次の瞬間には、動き出している。


「だ、ダメなんですね!」

「勇者殿、テイムされた魔物はテイマーからの指令を受けているだけで、操作されている訳ではない。魔物自体をどうにかしないと止まらんぞ!」


 そういう事は早く言って欲しかったかなぁディアナ王女様!

 どうやらグレイウルフとの正面対決は避けられそうになく、俺はようやく覚悟を決めて睨みつける。


「で、デカけりゃ良いってもんじゃない事を、教えてやる!」


 強がりを口にして、グレイウルフを挑発する。指をさされたグレイウルフはその意味を理解した訳ではないだろうが、唸りをあげながら突進してきた。身体の大きさからいっても、とても正面から受けきれそうにない。当然それを躱し、躱しざま手刀を叩き込もうと腕を振る。


「グルァァァ!」

「うぉ!」


 しかし、素早くそれに反応してきたグレイウルフはこちらの攻撃を躱し、更にはその腕に噛みつこうとまでしてきた。そうはさせじと左掌底を叩き込む。


「重っ……!」


 咄嗟に放った掌底が、首を捉えるも、厚い毛皮と肉に覆われて大したダメージを与えられていない。そのまま右腕に噛みつかれてしまう。


「こ、の、させるか!」


 肘周りまできっちり覆う勇者の籠手のおかげで牙は通っていない。しかし、このまま首を振られでもしたら、右腕を折られる可能性もある。俺はグレイウルフがそう動くよりも先に、噛まれた腕ごとその太い首を抱え込み、膝蹴りを放った。


「カハッ!」


 鋭い一撃を喉に受けたグレイウルフは、空気を吐き出し、俺の右腕も解放する。だが、グレイウルフの闘志が萎えた訳ではなかった。再び唸り声をあげながら牙を剥くグレイウルフの顎を、膝蹴りから戻した蹴り足で地面を叩き、反動を使い、勢いをつけて蹴上げる。再び蹴りを食らったグレイウルフは顎を上げる。上がった顎に向かって、次は反対側の足を使って廻し蹴り。充分に身体強化を行ったその蹴りは、グレイウルフの巨体を二転三転と吹き飛ばした。


「頑丈だな……!」


 人間相手ではちょっと打てないくらいの威力に、攻撃の度に徐々に上げてきているというのに、見た所ダメージは僅か。もっと威力がいる。人間相手を想定した威力では、到底魔物相手にできない。


「なら、あれを試すか」


 グレイウルフが頭を振って立ち上がるのに合わせ、仕切り直しするように、俺は腰を落とし、左手でグレイウルフの姿を捕捉しながら、右拳を腰に引く。


「≪魔力圧縮≫」


 俺の攻撃力不足は、素手の訓練を始めた初期にガフ師匠から指摘されていた。

 その解答の一つが、これだ。いくら身体を上手く使っても、現状出せる威力には限界があり、人間は兎も角、魔物のような体格も、身体の構造も違うような相手には通用しないだろう相手への奥の手。

 勇者の籠手の、手の甲に当たる部分に、発動させた文字が浮かぶ。きぃん! と空気が甲高い音を立てながら、練った魔力が圧縮され、拳の先に収束する。現在の俺の制御力を超えた圧縮が行われた魔力の塊は、ビー玉程度まで圧縮されており、小さな太陽と見間違う程に輝きを増していた。

 しかし、四文字での単語。魔法と違い効果の高い単語魔法だが、単語での事象改変はかなり魔力を消費する。脱力感に膝が抜けそうになるのを、何とか堪えた。

 グレイウルフがその輝きに怯えるような動きを見せる。忠誠か、それともテイマーの命令に強制力があるのか、グレイウルフはその怯えを断ち切って俺に飛びかかってきた。

 

「いくぞ! ──≪魔力解放≫!」


 飛びかかってきたグレイウルフの腹に滑り込み、右拳を突き出す。突き出した拳に合わせ、文字が浮かぶ。籠手の表層に魔力解放の四文字が奔ると、圧縮されていた魔力が、爆発した。 


「くっ!」


 弾けた魔力が指向性の衝撃波になってグレイウルフの腹部を突き抜ける。グレイウルフの毛皮に波紋のような衝撃が奔り抜け、それでも止まらず空気に拡散し、震わせる。

 当然、至近距離にある俺の右腕はその反作用に耐えねばならず、ミシミシと嫌な音を立てる腕の関節に俺は耐えた。


「ぎゃうん!」


 たまらず悲鳴をあげたグレイウルフが、地面にどうっと音を立てて転がる。時折痙攣しているが、まだ生きている。


「……」


 グレイウルフの瞳が、俺の方を見た。その瞳が、殺せ、と言っているような気がしたので言ってやる。


「敗者は黙って、勝者の言葉に従うもんだ」


 俺はそう言ってグレイウルフを見下ろしてやる。グレイウルフは荒れた呼吸をしながら、好きにしろ、とでも言うように俺から目を逸らした。


「ふむ。及第点と言ったところか」


 ガフ師匠が唐突に下した評価に、背筋が凍る。あぶな! あぶな! 及第点ってことは、赤点が存在するってことですよね!? 赤点で補習といえば、更なる修業以外予想できない。俺は知らず回避できていた危機に、ほっと胸をなでおろした。

 ディアナ王女もガフ師匠と一緒にこちらに近づいてきて、ディアナ王女から解放されたクーが、俺の腰に無言で抱き着いてきた。落ち着かせてやるように、そっと頭を撫でてやる。最初は強張っていたが、ゆっくりと尻尾を振りだしたので、少しは落ち着いてくれただろう。彼女には怖い思いをさせてしまった。


「しかし、良いのか勇者殿? 止めを刺さずに」

「良いです。あ……でも、逃がしてやれますかね? こいつ。またこの一団が襲ってくる、ってなってもこいつがいなければ戦力を大幅に削れますし」

「……そうは言うが、逃がせばグレイウルフ単体で襲ってくる可能性はあるのだぞ」

「そうは思いません。勘ですけど」


 ふむ……と納得したような、しないような呟きを漏らしたディアナ王女は、それでも答えを口にしてくれた。


「主従を結ぶために使われる契約魔法は、契約者が解除するか、契約者が死ぬと解除される。この場合、殺すのが一番手っ取り早いと思うが……」

「却下で」


 物騒すぎます。そんな提案飲める筈なく、俺は即刻却下する。呆れたようにため息をついたディアナ王女が、肩を竦めながら別案を出した。


「……では、勇者殿の魔法で強制的に解除してしまうのはどうだろうか。勇者殿の魔法はかなり特殊だ。契約の魔法を外から解除できる可能性がある」

「出来ない場合は?」

「伸びてる契約者を脅して解除させればいい」

 

 なんでこう、物騒な案ばっかりなんだろう……と思いつつも、自分では案も出していないので黙っておく。そして、自分の魔法。≪単語魔法≫で出来る可能性があるとは思っていなかったので、さっそく試してみる。この場合だと、何だろうか? ≪契約解除≫辺りで良いか。


「≪契約解除≫」


 殺気使ったよりも、魔力がごっそりと引き抜かれ、グレイウルフの上に、俺の思いうかべた契約解除の文字が奔る。その後、魔力で出来た刻印のようなものが浮かびあがったが、パギン、鈍い音を立てて砕けてしまった。


「……」


 その様子を静かに見ていたグレイウルフが、のそりと立ち上がる。


「お、おい?」


 しかし、まったくダメージが抜けていないのか、フラフラとしながら元来た茂みに、グレイウルフは消えてしまった。


「勇者殿が言うように、上手く戦力を削れたな」

「あ、ああ……」

 

 まさかすぐ逃げると思っていなかった俺は、少しあっけにとられながら、グレイウルフを見送った。

 こうして、襲撃は終息を迎え、俺たちは襲撃者の死体を処理し、生き残った襲撃者はロープで縛って放置する事にし、旅を続けることになった。


◆◇◆◇◆◇


 襲撃から一日、俺は今日は軽快に歩いていた。荷物が各自持つ事になったためだ。ディアナ王女が、昨日の俺の戦いの疲れを見かね、提案してくれた結果である。ディアナ王女さまさまだ。クーの分はクーがまだ小さいため、俺が持っているが、初日比べれば無いに等しい。


「ありゃ。道が二つに分かれてる……街があるな。そっちか?」


 一本道だった道が、分かれている。どちらも整備されているような道ではないが、看板は立てられており、少し時間をかけてそれを読み解く。反対方向は村、らしい。エイラ先生にならったこちらの文字だったが、まだ敢然とは言えないんだよね。言葉に関しては、魔法による効果で意味を伝達しているため、実際は音を聞いて理解している訳じゃない。これも、エイラ先生の独自の魔法だ。


「いや、勇者殿に行ってもらうのは、そちらではない」


 看板の内容から、恐らく正しいと思う道を刺したと思うのだが、ディアナ王女の言葉が、冷たくそれを否定した。間違っていたか。もっとちゃんと勉強しないとな──そんな風に思ったが、それは、思い違いだった。


「勇者殿──いや、勇者よ。ここまでだ。貴方は我々とは別の道を行ってもらう」

「は? 何を言って──」


 俺の後ろで、僅かな金属音と共に、ディアナ王女がハルバードを俺に向けて構える。勘違いかと思ったが、漏れ出る殺気は、本物だ。


「何の冗談ですか? ディアナ王女」

「冗談で済むかどうかは、貴方の行動次第だ。勇者よ。ここまで良くやってくれた。貴方にはこのまま、最後までその役を演じ切って欲しい所だな」


 ディアナ王女が、一体何を言っているのか解らなかった。


「は……?」

「察しの悪い。一々説明も手間だが……まぁ良い。貴方は、強くなり過ぎたんだ。我々の足元を揺るがす程に。ここまで短期間に強くなり過ぎた」

「何を、何を言ってるんだ? なんで、突然」

「突然、という程でもないよ。元々、勇者である貴方に居て貰っては、我々は困るんだ。もし仮に、貴方が戦場で武功を立てでもしたら。その結果、民が王ではなく勇者を崇め始めたら。魔族と戦って、たとえ勝てたとしても、また戦争になる。今度は人間と人間で……勇者と、国とで!」


 勝手だ。ディアナ王女が言っている事は、勝手すぎる。何となく、理解はできる。理屈は。ただ、それで当事者である俺が、上っ面なその言葉だけで納得できる訳はない。


「だから、だからって、それを向けるんですか……俺に……! 勝手に呼びつけて、無能だと決めつけて、次は結果を出しそうだからって理由で、今度は武器を向けるんですか!?」


 呼ばれたくもないのにやって来て、来たら期待と違うと蔑まれ、生きるために強くなったら、それが邪魔だと? ふざけるな。ふざけるなよ。


「そうだ。邪魔になったからな。私は最初から、勇者などに頼ろうと思ってはいない。昨日、襲撃で斃れてくれれば、楽であったものを」

「あの襲撃……まさか!」


 嘘だったのかよ。何もかも。気遣ってくれたような素振りも、心配してくれたような事も、全部。

 最初から冷たい所はあった。でも、少しは認めてくれたのかと、そう思っていたのに。


「せっかく生き残ったのだ。これまでの努力に免じてその命は助けてやる……さぁいけ! そして二度と私の前に現れるな!」

「ああ、頼まれたって、お前らの前になんか、戻ったりしねぇよ!」


 おろおろしているクーの手を乱暴に引いて、俺はディアナ王女と、ガフ師匠と反対の道を進んでいく。かなり奥まで進んだ所で、それまで黙っていたクーが俺の手を引いて、立ち止まった。


「ゆーしゃ……?」


 心配そうに見上げるクーに、虚勢を張るだけの力が、俺にはもうなかった。屈んだ俺は、クーを抱き寄せ、彼女に甘えるように俺は涙を流した。


「クー。ごめんな……ちょっとだけ、ちょっとだけ、落ち着かせてくれ……それで、いつも通りになるから。いつも通りに……」


 そんな俺に、クーは黙って背中に小さな手を廻し、俺が落ち着くまで、撫でていてくれた。


◆◇◆◇◆◇


「良かったのか。これで」

「ええ。良いんです。せいせい、します。勇者なんて……最初から、必要ありませんから」


 カゲフミと別れたディアナとガフは、街に向かって歩みを進めていた。2人は街で高速移動手段に乗り換えるため、黙って進んでいたが、ガフが珍しく、ディアナに向かって声をかけていた。ディアナの答えに、ガフは呆れたような顔をして、言葉をつづけた。


「なら、せめてその言葉通りの表情を作るんだな。……不器用なところは、儂の下で修業していた時から変わらんな」

「え……あれ、私、泣いて……?」


 カゲフミは、強くなり過ぎた。さっき本人に告げた内容は、嘘ではない。しかし、それはディアナの本心ではなかった。

 彼と何の関係もない戦争から、遠ざけるために。襲撃は想定外だったが、焦った召喚否定派の貴族がやった事だろうと予想はしていた。嫌われ者になった方が、きっとすんなり別れられる。そう思ったから、カゲフミが勘違いするような言葉を使った。ディアナは、カゲフミはこのまま、自分たちと反対方向を進み、クーネリアを集落に届けた後は、故郷帰還のために旅を始めるのだろうと予想していた。そのための手も、幾つか打ってある。それが、彼にしてやれる最善なのだと、ディアナは信じていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ