第13話「襲撃者たち」
訓練も終わり、飯を食って自室に戻ろうとしていた所で、ディアナ王女に引き止められた。
「勇者殿。急な話だが、遠征が決まったので準備しておいて貰いたい」
「また遠征、ですか?」
「そうだ。勇者殿には、実戦経験を積んで貰いたい、という意向でね」
嫌そうに答えた俺に、ディアナ王女は苦笑していた。
またそう言う、お上の事情って奴だろうか。なんか嫌な感じだ。
「実戦……」
「そんな顔をするな。盗賊相手にしていた時と、同じようにしてもらえれば良い」
顔に出ていた思いを見咎められ、ディアナ王女にたしなめられる。盗賊と同じように、なんていうが、そう簡単に行くものだろうか。そうは思うが、王宮の意向に背くなんてことも、現状では難しい。建設的に話を進めるため、知りたい情報を幾つか聞いておくことにする。
「はぁ……そんなもんですかね。で、次はどこに行こうっていうんですか?」
「国境付近で魔族と争いがあってな。そこに向かう」
「……じゃあ、大所帯になるんですか?」
魔族……いったいどんな相手なんだろうか。国境付近、という事は当然、戦争のようなものになってしまうんだろう。しかし、どの程度で戦うんだ。
そんな事を考えていたため、ディアナ王女が当然のように言い放った一言に、一瞬反応が遅れる。
「いや、行くのは私と勇者殿、剣聖殿に、クーネリアだけだ」
「へぇ……って、はぁ!? 少なっ!? ってかなんでクーが!」
援軍が実質3人ってなんだよ! つか、非戦闘員であるクーが普通に入っているんですが! 俺の驚きにも、ディアナ王女は予想していたとばかりに冷静に教えてくれる。
「彼女の故郷の村が、その途中にありそうなのでな。人狼族の集落があるようだ。この国では他に集落はない……まず間違いないだろう。クーネリアは、そこに置いていく」
「なるほど……数については? 戦争に介入するなら、いくら何でも少なすぎるでしょう」
確率的には高いのだろう。それに、人狼族、というのがクーと同じ種族の事を言っているなら、同じ種族の人間に預けた方が安心できる。実際に預けるかどうかは、見てから決める事になるだろうけど。俺はそこには納得しつつ、残った疑問をディアナ王女にぶつける。
「そうでもない。まぁ、正確には王都からの戦力が、私、勇者殿、剣聖殿だというだけで、実際は近隣の領から兵が出される」
「そういう事ですか。それにしたって、実質3人って、戦力としてはどうなんですか」
「だから、そうでもないといっただろう。戦力としては剣聖殿1人で、千人の兵よりも多いくらいだからな」
「なるほど。それは納得できます」
ガフ師匠がやられる所は想像できないからな。冗談でも何でもなく。おまけに、戦術に明るいっていうディアナ王女が言うなら素人の俺の考えよりもあてになる。
他かから来るってもいうし、数としても問題ないのだろう。しかし、外から見たらどうなんだろうな。増援3って。その辺の感覚は、元の世界と違うのか。
「出発は三日後だそれまでに用意をしておいてくれ」
「わかりました」
◆◇◆◇◆◇
訓練後、部屋に戻ってきた俺は、出迎えてくれたクーの頭を一つ撫で、今日の出来事を話した。
「っていう事で、クーは俺と一緒に、旅に出るんだ」
「旅?」
話ながら、クーから離れて、ベッドの側に置いてある自分の荷物をまとめる。といっても、こっちに来た時に持っていたのは制服と学生鞄一つ。制服は小さくたたんで学生鞄に突っ込んであるから、こっちに来てから増えた訓練服とか、剣、その他の道具の方が多い。それでも、必要最低限のものしかないので、荷物の整理は終わった。
「そうそう。クーの故郷を目指して──美味しいモノ食べたり、外の珍しいものを見ながら移動するんだ。だからクーも、荷物まとめような」
「ほんとう!? 旅、いく!」
言った辺りでこの世界の旅って、そんな気楽なもんだろうかと思う──盗賊は居るし、魔物はあった事がないが、存在するらしいし……しかし、あまり不安を煽ってもしょうがない。俺はこれ以上余計な事を言わないように気を付けながら、特に訂正はしなかった。
「うんうん。良かった……ただ、ちょっと寂しい気はするけどな……」
この遠征は、クーとのお別れも意味している。そか、お別れ……
「えへへ……」
クーの荷物は俺より少ない、それでも笑顔を浮かべて、楽しそうに荷物をまとめるクーに、その事を切り出すのが躊躇われた。
◆◇◆◇◆◇
三日後、見送りも無く王都の間所を抜けた俺たちは、魔族と交戦があるという国境に向かって移動を始めた。
「クーネリア、あまりはしゃぎ過ぎて転んでもしらんぞ」
我がパーティの先頭を行くのは、はしゃいでいるクーネリアだ。歩いているだけで何がそんなに嬉しいのか、スキップステップ踏みながら進んでいく。その後をおろおろして進んでいるのはディアナ王女だ。その後ろにガフ師匠が続き、
「お、重ッ……」
最後に俺がいっぱいの荷物を背負い込んだ俺が続いていた。4人分、数日分の荷物の全てである。
「道中は鍛錬が難しいからな、代用だ」
とは、ガフ師匠のありがたいお言葉だ。馬は使わないのか──と思わないでもないが、実は馬に乗れる人材が、ここではディアナ王女1人しかいない。馬車──という手もあると思い、聞いたのだが
「もっと速いものがある。そこまでは徒歩だ。楽しみにしておくと良い」
と、ディアナ王女に俺の希望は一刀両断にされてしまった。どんなモノかも想像ができないが、馬より速いってどんなもんなんだ。この世界では機械で動くものを見た事がないので、少し楽しみではあるな。
だが、そこまでは徒歩だ。ロープで一塊にされた荷物は重い。額に汗が伝うのを感じる。歯を食いしばって、地面を噛みしめるように歩き続けていると、クーが俺に近づいてきた。
「重い? 持つ?」
心配そうに見上げるクーが、俺にそう提案してきてくれた。持って欲しい──そんな言葉を危うい所で飲み込む。こんな小さい女の子に荷物を持たせて自分だけ楽をしよう、などというのは良いのだろうか? 男として。日本男児として! 否! 断じて否!
「平気だって! 何ならクーをこの上に乗せたっていけるって!」
女の子の前では、そんな風に見栄を張りたくもなる。だって男の子だもの。
「ふむ。クーとやら。乗ってみたいか?」
「うー……」
ガフ師匠、少し黙ってください。クーは師匠の言葉を見て、俺の顔を見て、乗っても良いの? と言うように俺の顔を覗き込んでいる。さっきまで俺を気遣ってくれた君はどこにいったんだ。もう好奇心に殺された彼女は戻ってこない。いや、俺が迂闊な事を言ったせいか。
今のクーは、どこか、期待に満ちたような目だ。これに向かって、ダメだと、言うのか。俺は。……無理だ。
「乗りたいなら、乗っても良いよ」
俺は笑顔でクーに言い切った。精一杯のやせ我慢。ああ、いと悲しきはノーと言えない日本人のサガよ。
でも、でもだ。断ってくれてもいいんだ。そう。クーが断ってくれたら、このまま、何も……
「高い位置から見る景色は良いものだ。乗ってみると良い」
「乗る!」
ふぉー! 何故だガフ師匠! クーはガフ師匠の言葉にそそのかされ、笑顔を浮かべながらガフ師匠に抱きかかえられ、クリスマスツリーの天辺に、お星さまを乗せるように、荷物の一番上に、そっと乗せられてしまった。
「すごい! 高い!」
「クーネリアよ、余りはしゃぐな……あ、危ないぞ」
この中で味方は、どうやらディアナ王女だけらしい。少し青い顔をしながら、はらはらした様子でクーの様子を見守っているが、降ろしてくれるって発想はないんですね。別に良いんですけど。
俺は歯を食いしばって追加された荷重に耐えつつ、クーの動きに合わせて変わる重心の移動に耐える。微妙に足踏みしながら常にクーを落とさないように移動させる。
「では行こうか」
ガフ師匠が歩き出し、ディアナ王女もクーを気にしながら歩き出す。さっきより微妙に速度が速い。これは子供であるクーが徒歩ではなくなったためか、先頭をいくガフ師匠の足が速い。こ、これも訓練の一環だというのか。
俺はさっきよりも格段にきつくなった歩きに、生唾を飲み込み、一歩踏み出した。
「カゲフミ」
「そろそろ、一回休憩ですか?」
ガフ師匠の言葉に、俺は軽く頷きを返した。他に意図を汲まれないように、なるべく自然に。ガフ師匠はそれに満足気に頷いた。
「ふむ。そんな所だ」
「よーし。クー、そろそろ降りて貰っていい?」
「わかった」
無邪気に笑うクーが降りろすため、適当な所に荷物事地面におろし、荷物の山になってる所からクーを抱き上げる。
「そのまま、ちょっと大人しくしててな」
「?」
俺がそう言ってクーの頭を撫で、クーが疑問に首を傾げたのと、取り巻く状況が一変したのはほとんど同時だった。
街道横の茂みや、木の陰から、俺たちに向かって数本の矢が、飛んでくる。事前に察知していた通りだ!
ガフ師匠が抜き打ち様に一本、鞘に戻すまでにもう一本。それぞれ矢の方を見もせずに撃ち落とした。
「ふむ。やはり襲ってくるか」
「黙って通せば、見逃してやってもよかったものを」
ディアナ王女はハルバードを回転させて、瞬く間に三本迎撃した。と、そっちは良い。こっちに迫るものが問題だ。目に魔力を流しながら、こちらに来る全ての飛翔物を捉える。飛んでくる矢は5本。三本は俺、二本は、迎撃能力を持たないクーに。
「ふざけやがって……!」
三本はどうでも良い。俺はクーの盾になるような位置に移動しながらそれを最小の動きで躱す。そして、クーに迫っていた二本を、それぞれ左右の籠手で叩き落とした。
クーがようやく事態を把握した時には、茂みや木陰からぞろぞろと武装した人間が出て来た。
「てめぇ、何のために襲ってきやがる!」
「くく、かかか! お兄さん自分の胸に聞いてみるんだなぁ! ≪無能勇者≫サマよぉ!」
覆面を被った1人が、そう俺を名指しした。
「な、に……?」
「お前みたいなガキを殺せば、たんまりと報奨がでるとよ!」
そうか。俺を狙って。そんなのやってくるのは、どこのどいつだ。いや、今はそんな事はどうだっていい。一つだけ、許せない事がある。理由があるなら尚更に。
「なら……クーを……狙ってんじゃねーぞ!! 俺の敵なら、俺に向かってこい!」
「は、吼えるねぇ、ガキが! やっちまえ!」
号令がかけられ、襲撃者たちが一斉に動き出す。8人。号令をかけた1人は残るようだ。5人がガフ師匠とディアナ王女の元へ、残った3人が、こっちに来る。こっちはクーを守りながら戦うため、3人でも大すぎるくらいだ。
「歯ごたえが無いな。準備運動にもならん」
「同感です」
先に戦闘が始まった向こうが、始まったと同時に状況の収束を見せる。ガフ師匠が一閃で3人同時に斬り伏せ、周囲を薙ぎ払うように回転させたディアナ王女のハルバードが、肉塊を作る。
こっちも負けては居られない。
「≪閃光≫!」
「うぉ!?」
「なんだ!?」
「目がぁ!」
籠手の表面に文字が奔り、文字が浮かぶと同時に目の前が白く染まるほどの閃光が生まれる。それに目がくらまれた3人の急所に、打撃を叩き込む。小さく呻きながら、崩れ落ちる襲撃者たち。
「お、おい。勇者は兎も角、あっちは聞いてねーぞ……! ちっ!」
覆面は1人になっても、まだ逃走する気はないらしい。覆面は手をかざすと、その手に魔力による刻印のようなものが現れた。
「こい、グレイウルフ!」
光に誘われるように、茂みから駆けてくる獣の影。どん、と地面を震わせながら現れたのは灰色の狼だ。
「魔物か……!」
ディアナ王女が、驚きの声をあげる。体高だけで俺の頭一つ大きい。
「あ、あれが魔物……デカい!?」
「どんだけ強くたって、魔物相手では荷が重いだろう?」
うぉ……確かに、人間相手では多少自信が付いては来たところだが、そんなの相手にするには自信がない。しかし、こっちにはガフ師匠も、ディアナ王女もいる。ここは2人の動きを見て、魔法を使ったサポートに回った方が……
「ふむ。いい経験になるな。ディアナ、手出しは無用」
「わかりました」
「は、はいー!?」
俺の目論見はあっさり崩れ、目の前の魔物相手に1人で立ち向かうことになった。