第12話「影分身の使い方」
迫る剣を、右に左にと避け続ける。
ガフ師匠にとっては充分に加減した剣でも、俺にとっては致命傷を貰いかねない一撃に、訓練と解っていても背筋が凍る。
「くっ……!」
避けきれなかった勇者の籠手で受けると思い一撃にそのまま弾き飛ばされる。それでも、訓練場に転がされる事無く、踏ん張って倒されずに済んだのは、こっちに来てからの訓練の賜物だろう。
「魔法を上手く戦術に練り込め。格上相手に接近戦で勝負にならんのなら、自分が魔法で攻撃できる距離を保て」
「って言いながら、全然距離あけさせてくれないじゃないですか!?」
今は、戦闘中に積極的に魔法を組み込んでいく訓練中だった。事の発端は、盗賊との戦いがどうであったのかガフ師匠に説明中にその指摘をされた。
「なぜ魔法を使わなんだ。お前ならば魔法を使えば、容易に相手を倒せたのだぞ」
と言われてぐぅのねも出なかった。言い訳としては、ああいった緊張状態で魔法を使う程に集中できなかった、とか、あっちもこっちも使わなければ、なんて思考していればやられていただろう、というのがあったが、実際上手く使えていれば、もっと楽に倒せただろう、というのはある。それに、殺さない、という覚悟を決めた今、使えるモノをわざわざ使わない理由はない。
そのため、今は「接近戦に魔法を組み込む」という事を主眼に修業中である。
「当たり前だ。敵はお前が魔法を使えると解った時点で距離をあけんのだぞ」
「それはわかってますけど!」
「では実戦してみろ。アルダーエゴの方でも良いぞ」
そうは言いますがね……!
影分身は戦闘中に出したり戻したり、というのはなかなかできなかった。理由の一つは、情報のフィードバックだ。
分身を解除すると、その時分身が感じていた、感情、思考、触感その他全てが一気に押し寄せてくる。それは、一瞬自分がどこにいるのか解らなくなる程の情報量で、一変に押し寄せる情報を前に、目眩や頭痛を起こす程。情報を制限する、というのは難しいため、戦闘中に分身を作り出して囮にした後別方向から攻撃だ! なんて言うのは、なかなか難しい。
分身が倒される、あるいは解除された時点で、俺の元に分身の情報が押し寄せ、その瞬間、「あれ、俺はさっきまであの辺にいなかったっけ」というような記憶の不整合が起きてしまう場合があり、それが戦闘中に起こったりすれば、致命的な隙を生んでしまう。出す時間が長いと、それだけ別々の思考になったり行動になったりするので、整理しやすいが、時間が短いと意識が引っ張られやすかったりする。
そう考えると、この前の盗賊戦は危なかった。リーダーと戦ってる時に、フィードバックが来たりしたら、隙を生んでいたかもしれない。
他にも、思考そのものは俺と同じでも、一つの脳で処理している訳ではない、というのが問題だった。いってみれば、分身は一部の隙もないスーパーコピーとでも言うべき存在で、独立している。
独立していると、各々判断してくれて、例えば四体影分身を作ったとして、本体を含めた5人分の情報処理をしなくていい、っていう利点はあるが、その分目の前の事象に対して、5通りの結果を出す可能性がある、というデメリットがある。
微妙な判断が必要な時、例えば、野生の師匠が現れた! という状態になったとして、本体の俺は真っ先に逃げるぜ! と判断しても、分身は、逃げるためには応戦しないといけないんじゃ無いのか!? と考えたり、また別のは命乞いしたら何とかならないか……? と判断してそれを実行してしまったりと、てんでバラバラに行動する。
以前、ガフ師匠とエイラ先生から逃げる、となった時に分身達が、いつも身を挺してくれるとは限らないのだ。あの時はガフ師匠とエイラ先生の話を聞いて、同じ気持ちになったのだろう。
なんていう事を言い訳混じりにガフ師匠、エイラ先生に説明したところ、
「ならば、全員が同じ判断をするまで身体に覚え込ませるしかあるまい」
とのありがたいお言葉を頂き、現在魔法を近接戦闘にも取り入れる修業と一緒に取り組み実行中。
「《影分身》!」
俺はガフ師匠の隙の無さの前に、やむをえず、影分身を出して陽動に使った。厳密には、使おうとした。
「お、囮なんか嫌だ!」
と、俺を囮にしようと分身が動いて俺を盾にしようとした。お前が、俺をかよ!? という思いでいっぱいだったが、慌てた分身は、本体の俺を盾にしようとして失敗するが、俺を囮にしてガフ師匠から何とか離れる。が、そんな幸運もそこまでだった。
「逃がさない……」
ガフ師匠の影に隠れていたエイラ先生の魔法に、あえなく消し飛ばされる。魔力球を受けた影分身が、対消滅するように消え、残ったのは魔力の残滓と、一瞬前までのフィードバック。分身の記憶と自分の記憶との不整合に、眩暈が起きて、一瞬動きが止まる。
「動きが止まっているぞ!」
「くっ……!」
ガフ師匠は、前衛後衛のコンビネーションも合わせて俺に教える気なのか、後衛のエイラ先生にだけ意識を集中させてくれない。前衛のガフ師匠だけで、充分俺を倒せる事を考えると、だいぶ手を抜いて貰っているはずなのに、それでもガフ師匠を突破させてくれない。
ガフ師匠の猛攻を籠手で受け、何とか躱して距離を開ける。それでもまだガフ師匠の間合いだ。魔法を使うには近く、格闘戦に持ち込むには俺が不利なだけの微妙な距離。間合いを詰めるか、思い切って距離を取るか……! そう考えていると、後衛のエイラ先生が、師匠の影から、再びふらりと現れた。
「また。また……魔法使ってない……」
師匠の影から出てきたエイラ先生は、影のある、ちょっと不気味な笑みを称えていた。ガフ師匠だけでも突破できないというのに、離れて距離を作ったとしても、エイラ先生が狙い撃ち。これなんて無理ゲーなの。
「ふーん。ここまで来て、また、魔法を使いませんか……。ふーん。ふふふふ……あんなに教えたのに……いっぱい、教えたのに……!」
エイラ先生の言葉に、俺は頬がひきつるのを感じる。今日はエイラ先生はえらくご立腹らしい。理由は、せっかく自分が一から仕込んだ魔法が使われる事がなかったからだ。いや、うん。さっきも言ったけど、魔法使えばよかったなーって言う思いはあるんですよ。ただ、魔法がなかった世界から来てますし、咄嗟に、魔法使わないと! って意識にはなりませんて。おまけに、どの魔法を使う? って無数の選択肢があると、何を使っていいかわからなくなる。
「いや、魔法って集中力が必要じゃないですか! 接近戦しながらなんて無理ですって!」
「でも、私から逃げるときは使っていたね?」
「あ、あれはある程度そう動く、って想定してたからで……!」
「なら、あらゆる想定を用意しておけば、接近戦でも使えるね? 一個一個考えられない、っていうなら、近中遠距離、全ての距離で、あらゆるパターンで攻撃してあげましょう。頑張って身体で覚えなさいね?」
ヴォン、なんていう空気の震える音ともに、魔力でできた球が一つ生まれる。
「私、はじめての弟子だったから、ちゃんと大切に育ててあげよーかなーって思っていたんですよ?」
あれで!? と思ったが、エイラ先生的にはあれでもずいぶん大切にしていてくれたらしい。
「覚えも良いし、発想も悪くないと、密かに思ってたのに、誉めてあげようと思っていたのに……! 魔法を棄てて、やばんな、原始的な暴力に頼ろうだなんて……影では、ばかにしてたんですね……! 魔法なんて役に立たないーって!」
ヴォン、ヴォン、と一つ、二つ、なんて増え方ではなく、二つが四つ、四つが八つと倍々ゲームのように増えていく様に、背筋が凍る。
気がつけば、視界いっぱいに数え切れない程の魔力球が浮いている。
「いや、そんな事毛筋も思ってませんからね!?」
とんだ被害妄想ですからね!?
悲鳴のように弁明するが、知ったことかと言うように、2、3発の魔力球がこちらに打ち出される。
右側のを叩き、左を避け、胴に来たのを左手で逸らす。避けた魔力球が、背後で爆発を起こした。咄嗟に動けるように仕込んでくれたガフ師匠に感謝したい気持ちで、いっぱいです。
「まだ魔法を使いませんか!!」
「どうしろと!? 俺の魔力でエイラ先生の魔法を迎撃できるかぁ!」
エイラ先生のヒステリックな叫びに、負けじと怒鳴り返す。
一個、それも単なる水球らしいものを迎撃しただけで、あまりの重さに右手は痺れている。左に来てたのは火球で、下手に迎撃したら大惨事だったろうし、胴に来てたのは風球、それは逸らすのが精一杯だった。そんなのぽんぽん撃ってくる相手に、にわか魔法でどうしろと。
「うっ、う……悔しい……ガフのばっかり……! 私も頑張って教えたのに……」
ちょっと涙を滲ませながら、悔しそうに地団太を踏むエイラ先生。
う、なんか申し訳ない……つか、泣きが入るくらい悔しいのか……。何とか、隙を見つけて魔法を使えば、エイラ先生の溜飲が下がるのだろうか?
「うぉ──!? とりゃ!」
エイラ先生の弾幕を縫って、エイラ先生の魔力球には遠く及ばないが、俺もここまでの修行で使えるようになった魔力球を飛ばして牽制する。そんな俺の健気な抵抗は、エイラ先生の蠅でも落とすようなぺしっ! という払い手で落とされてしまった。よくよく見れば身体を魔力で強化していたり、自分の魔力で魔力球に干渉して構成力を弱めていたりと、精緻な動きを混ぜているようなのだが、ぱっと見雑なその動きであっさり迎撃され、ちょっと悲しくなる。
「そんな雑な魔法教えてない!」
「あっさり否定された!? もう本当にどうしろと!?」
泣きが入りそうなのはこっちも一緒だった。むしろ俺が泣きたかった。こんなに頑張ってるじゃないですかぁ! と言いたいレベルだ。エイラ先生はだんだん子供っぽくなりながらも、魔法の操作はどんどん鋭さを増していく。
そして、そのやり取りを黙ってガフ師匠が見ている訳はなく、弾幕を縫うように、ガフ師匠が鋭く距離を詰めてくる。
「あばばばば……ガフ師匠はもうちょい出待ちしててくださいよ!?」
「出待ちが何かしらんが、充分待ってやったぞ。対応せんお主が悪い」
「カゲフミ……また魔法使わなかった!」
「あ、ちょ、ま、ア───ッ!?」
もともとどちらも対応できなかったというのに、一気に二倍になった事であっさり俺の処理能力は限界を迎え、対応できなかったガフ師匠の加減された一撃と、割と手加減なしの魔力球をモロに食らって、俺は意識を失った。
◆◇◆◇◆◇
カゲフミが剣聖ガフと賢者エイラに修業をさせられているなか、その様子を王宮より眺めている人間が2人いた。
「そうか、勇者殿はあれほどまでに仕上がってしまっている、か」
「はい。うちの兵や騎士に、あの二人の攻撃を、訓練とはいえあそこまで立ってられる人間がおられましょうか」
一方はディアナ・フィン・アクス。そして、その彼女が畏まって相対する相手──彼女の父にして、現国王であるクレイグ・フィン・アクスだった。
クレイグ王は娘であるディアナの問いに、少し目を閉じてから答える。
「情けない事ではあるが……難しいであろうな。近衛の中には見込みのあるものもいる。剣だけ、あるいは魔法だけであれば、勇者殿よりも動けようが」
「はい。私も同じように考えます」
「では、勇者殿は、お前の言うようにしたいのだな」
「はい。お願い申し上げます」
「よい。こちらとしても、この世界に呼び込んでしまった負い目もある。そして、思惑もある──ここで勇者殿には、退場して貰う」
「はっ」
2人の間でそんなやり取りが行われ、ディアナは王の許しを得ると、王の前を後にした。