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第11話「そのメイド、犬耳につき」

 朝からこってりガフ師匠に絞られた俺は、朝飯を食べるために、食堂に向かっていた。


「いたたた……朝からきっつい……」

「ゆーしゃ!」

 

 分身に手を引かれてやってきたクーは、その手を振り切って本体の俺に抱き着いてくると、顔をぐりぐりと腹の辺りに押し付け、匂いを嗅いでいた。やがて何かに納得したのか、満足したのか、一つ頷く。そろそろクーも起きてくる頃かと思っていたが、向こうから来てくれるとは、手間が省けた。

 いまだ頭をぐりぐり押し付けてきていたクーが、分身の俺を指さしながら言った。


「こっちが本物。あっちはにせもの」

「偽物?」


 偽物呼ばわりされた分身の俺が肩を竦めている。心中察する。偽物呼ばわりはなぁ……本物と言えば、本物なんだけども。

 俺は分身を解除して、どういう事か記憶を探った。その情報によるとクーは分身と本体を、何となく見分けられるらしい。起きた時点でクーは俺の姿を探し、分身を見つけて一度は安堵したが、急にそわそわしだしたのだとか。


「にせもの……?」


 そう呟きながら何度か分身の匂いを嗅いだり、部屋をうろうろしたり落ち着かず、取りあえず食事をさせて落ち着かせよう……としたところで本体の俺と合流したようだ。


「しかし、分身の俺とそんなにそんなに簡単に見分けられるのか」


 分身の出来は、ガフ師匠もエイラ先生の保証付きだ。ガフ師匠は間違えた事はないが、エイラ先生は困ったら魔法を打ち込んでみて残骸が残った方が本体、なんて見分け方をされるレベル(だからエイラ先生の前で俺は自己申告を欠かしたことはない)のはずで、一般人に見分けられた事はない。


 さっきから、やたらと匂いを嗅がれているみたいだけど、本当に匂いで判別しているのだろうか。そんなにひどい体臭だろうか……脇の匂いとか気になる。


「まぁ、まずは飯にしよう」

「飯!」


 表情からはあまり見て取れないが、クーは尻尾をぶんぶん振り、喜びを露わにして、俺を引っ張り始めた。


「ほらほら。飯は逃げないって。道もわからないだろ?」


 別方向に引っ張っていこうとするクーに、正しい道のりを教えてやりながら、俺たちは食堂に向かった。


◆◇◆◇◆◇


「ふぅー食った食った」

「食った」


 味は兎も角、量だけはある飯に満足して、俺とクーは食堂を出る。

 さてこれから、彼女をどうしよう。ちょっとクーを持てあまし気味にしていると、ディアナ王女がこちらに向かっているのが見えた。


「勇者殿」

「ああ。ディアナ王女、おはようございます」


 珍しく向こうから声をかけられたので、こっちも普通に返事を返す。返事を返してしまったが、これは異常事態だと言っていい。普通ならこの時間、ディアナ王女はこんな所に来たりしない。


「うん。おはよう。クーネリアも。元気そうで何よりだ」

「……」


 ディアナ王女が俺、クーと順に挨拶を返してくれるも、クーは俺の後ろに隠れてしまった。なるほど。どうやら、ディアナ王女はクーの事を気にして、わざわざ足を運んでくれたらしい。


「あ、こら。ちゃんと挨拶は返すんだよ」

「いい、元気そうならな」


 クーに隠れられ、ディアナ王女がちょっと寂しそうにしつつ、クーから視線を逸らして、俺の方を見た。


「ふむ……とはいえ、あまり情が移ると、別れが辛いぞ?」

「ん、あー。そうかもしれないですけど……」


 無意識にクーの頭を撫でていたのを見咎めらる。俺の答えに、胡乱げな視線を向けられ、俺は視線を逸らした。

 それは思っている。クーの故郷に届けたら、当然俺とは別れる事になるし、それを別にしたって、俺は異世界の人間だ。俺が故郷に戻れば、二度と会う事はなくなってしまう。それは、頭では解っているつもりなのだが……


「や」


 ちょっと引き剥がそうとするとそんな調子だ。ここから引き離そうとするとうるうる上目遣いがプラスされる。いう事は聞いてくれない事もないが、酷く自分が間違いを犯したのだ、という気分にさせられるので質が悪い。とはいえ、食事も終わった今、べったりしていると修業とか、いつもの行動に支障がでそうではある。

 そして、ちょうどその事をどうしようかと悩んでいたところでもあったのだ。


「そうだ。彼女の事でちょっと相談しても良いですか?」

「何だ? 言ってみろ」

「日中、クーをどこに預けていようかな、って……」


 このセリフだけだと預ける保育園が見つからない親みたいだな。実際は違うけど。


「確かに、この様子ではな……」


 ディアナ王女は俺が言いたいことが良く分かったようで、うんうん頷き、顎を手に当て考え始める。


「アルダーエゴを使ってはどうだ?」

「朝、試してみたら彼女はどうやら、分身と俺を見分けられるみたいなんですよね。分身だと落ち着かないみたいで」

「ううむ……試していたか……それに、アルダーエゴを見抜くのか?」

「ええ。そうみたいです」

「ふむ……」


 それだけ言うと、ディアナ王女はクーと目線を合わせるように身体を屈ませた。


「クーネリア、実はな、私は君に仕事を持ってきたのだ」


 お。クーの興味を引きそうなイベントで、意識を逸らしてやろうという作戦だろうか。このやり方なら、穏便に出来そうだ。流石の交渉術は、ディアナ王女が為政者ゆえだろうか。そんな風に思ったディアナ王女の提案だったが、クーの返答は、端的だった。


「や」


 即時切り捨てられた提案に、ディアナ王女の眉がピクリと動いたが、それだけだった。流石のクーでも、ディアナ王女の歴戦のアルカイックスマイルを突き崩すには、まだ攻撃力が足りなかったようだ。未だ崩れぬディアナ王女の自信に、まだ何かあるのか、と期待が膨らむ。


「まぁ、そう言うな。このままだと、君は勇者殿の側に居れなくなる」

「!!?」


 この言葉に驚いたのは、クーだけでなく、俺もだった。ま、まさかの脅しだと……! 見損ないましたよ、ディアナ王女! つか、大人気ないよ!?


「や、やぁ……」

「そうだろうそうだろう。だがクーネリア。これは仕方無い事なのだ。もともと、君はいずれ帰らなけれなならない。そして、勇者殿も私も、こう見えて忙しい。いつまでも君に、目をかけてばかりではいられん」

「ぃやぁ……」


 クーはもう、いっぱいいっぱいという様子だった。目に限界まで涙をたたえ、今にも零れ落ちそうな状態で、いやいやするように首を振っている。それでも俺を離そうとせず、握る力を増していた。俺も耐えられなくなって何か助け舟を出そうとしたところで、ディアナ王女に手で制されてしまう。


「しかし、しかしだ。君にその覚悟があるなら、常に勇者殿と一緒にいれる、その権利をやろう」

「!!」


 溢れる涙を拭い、クーは初めて、ディアナ王女をまっすぐに見る。ディアナ王女はそれを試すようにしっかり見つめ返しながら、ゆっくりとクーに問う。


「問おう。クーネリアよ。君にその覚悟があるか?」

「ある!」


 クーは即答で、力強くそれに答えた。いつの間にか、クーは俺の後ろから身体を出している。


「よし。ならば君は今日から勇者殿専属の侍従だ。勇者殿の侍従である以上、それ相応の態度が求められる。日中は、そのための訓練を受けて貰う。良いな?」

「……わかった、です」

「うん。いい子だ。私も、何も君たちを引き離したい訳じゃない。ただ、無駄飯食らいをここには置いておけない、頑張って仕事に励むように」


 あ、あれ。気づいたらなんか上手くまとまっている? な、何が起こったっていうんだ。クーは涙を拭って、決意に満ちた瞳でディアナ王女を見返している。ディアナ王女は満足げに頷くと、身体を起こし、俺に耳打ちした。


「……わざわざ、悪者になってやったのだ。後は上手くやってくれよ」

「すみません。ありがとうございます」

「なに、侍従としての訓練は、どちらにせよやってもらうつもりだったんだ。表向きとはいえ、侍従にすると言って彼女の滞在を許しているからな」


 形くらいはやっておかんと、周りに示しがつかなくてな、と済まなそうに付け加えた。成程。適当な理由を付けて上手くそこに繋げた、という事だったのか。本当に脅しているのかと思った。


「では、後で侍従長を紹介する。クーを連れてきてくれ」

「わかりました。ありがとうございます」


 立ち去るディアナ王女に重ねて礼を言い、クーに向き合う。


「それじゃ、クー。日中は、お勉強できるね?」

「ん……」


 少し元気はなかったが、ちゃんと頷いてくれたクーの頭を撫でて落ち着かせてやる。頭を撫で続けてやると、元気のない様子だったクーが気持ちよさそうに目を細めて、耳を伏せた。なんかこうしてると、手がかかる妹ができたような、そんな気持ちになる。

 落ち着かせた後は、クーの手を引いてやりながら、侍従長の元に向かった。


「では、私にお任せください。勇者様」

「……」


 その後、優しそうな侍従長にクーを引き渡す。それでも、やっぱり心配になって侍従長に釘をさした。


「あ、侍従長さん。その、クー……クーネリアは幼い子なので、あまり根を詰め過ぎないようにお願いしたいのです」

「解っておりますよ、勇者様。ディアナ様より承っておりますし、クーネリアは奉公するのにもまだお若いようで。侍従のために訓練、といっても触りだけです。それよりも、私のような侍従に、敬語はなりませんよ。勇者様。勇者様の品格が疑われてしまいますので」

「は、はぁ……そういうものでしょうか」


 歳上相手にタメ口で、なんて言われてもちょっと違和感がある。俺が困っていると、くすくすと笑いを堪えた侍従長が、補足してくれた。


「はい。慣れないかもしれませんが、勇者殿が私のようなものに敬語を使っていると、他の来客の方々が、ここでは勇者に使用人相手までに敬語を使わせている、などと言われかねないのですよ。そういう理由もありますので、お願いします」


 おお……それは穿って見過ぎじゃねーのか、と思ったが、そういう事なら努力しよう。彼女に迷惑も掛かってしまうだろうし。タメ口聞かない方が仕事上助かる、なんて言われると、なんか変な気持ちだ。


「わかり……わかった。気を付けるよ」

「はい。承りました。勇者様」


 そんなやり取りがあって、クーを引き渡した後は、いつも通り俺は訓練に励んだ。盗賊相手にした時、怪我をするような甘い戦い方を教えたつもりはないと説教を受けたあと、いつにもました訓練を受け、一日を終える。


 部屋に戻って、いつものようにベッドに倒れ込んだところで、クーを迎えに行けてない事に気付く。


「う、しまった。クーを迎えにいかないと……」


 休息を欲して、重くなっている身体を何とかベッドから起こすと、扉がノックされた。


「……? どうぞ。開いてます」


 この部屋がノックされた事などなかったので、怪訝に思いながらもそう促す。すると、静かに扉を開けて入ってきたのは、1人のメイドだった。


「お……」

「ゆーしゃ……様、ただいま戻りました。クーネリア、です」


 スカートの端をもって、ちょっとぎこちない様子で一礼をしたのはクーだった。しかし、その姿はメイド服になっている。専用で用意して貰ったのか、服からちゃんと尻尾も出ていてゆっくり揺れている。容姿に関しても手を加えてもらったのか、肩まで届く黒髪は綺麗に整えられ、尻尾にも櫛が入れられているのか、毛並みが整えられている。

 上手に一礼ができたクーは俺のところまでととと、と走ってきて、そのままの勢いで俺の胸に飛び込んできた。


「上手く、できた?」

「うん。良くできてる。立派な侍従だったよ」

「ん! クー、これで、ゆーしゃ……様と一緒にいれる?」

「そうだね。クーが故郷に帰れるまで、ずっと一緒だよ」


 その後は、クーが一生懸命に今日どんな事をしたのか、というのを聞きながら、それに相槌を打ち、俺はその話を子守歌代わりにしながらゆっくりと意識を手放した。


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