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第1話 「影分身の術!と思わず叫びたくなる」

 俺は二転三転して足元に転がってきた自分を見下ろしながら、ふと思った。

 ああ、日本にいた頃が懐かしいなと。現実から目を逸らしたくても、現実は足元に勝手に転がって来たんだよね。


俺の名前は服部はっとり 影史かげふみ17歳の遅生まれ。

良く忍者みたいな名前だーとか言われるが、忍者なんてアニメや漫画みたいなサブカルチャーでしかしらないような、普通の高校生だ。

いや、一つ訂正。普通の高校生、だった、だ。生徒会で副会長なんてやっていたが、別に頭が特別よかった訳でもない。雑用にちょうど良い──現在の生徒会長にそんな風に言われてなっただけだし。そのおかげか体力には少々自信があったくらいの本当に普通の高校生。ただし、元がつく。現在勇者。


勇者とか何言ってるんだ、頭大丈夫か、だって? 俺だって、自分の事を「俺は勇者だ!」とか言っちゃう人間の正気を疑う。でも俺は正気だ。至って大真面目だ。俺だって最初は、俺の事を勇者です、なんていう奴らの正気を疑ったし、んなバカな、勇者じゃないのは俺が一番よく知ってると俺は思ったけど、それと同じくらいどうしようもない事実として、俺は勇者、という事にしておきたい思惑があったりして、この立場は変えようの無い現実らしい。


勇者!? ならチートスキルでハーレム作ってうっはうはじゃね!?俺TUEEEE!とかできんじゃね!?

そう思った君、そう君だよ。君は才能がある。だから俺とその日常交換しない? しようよ。いや、交換してくださいお願いします。

なんでそんなに必死なんだって? 答えは簡単だ。今の俺の現状を見れば解るよ。

今俺は、俺の足元でボロボロになって倒れているからさ。


「う、あ……?」


まず意識が戻って最初に感じたのは、練兵場とか言われる、整地されたグラウンドみたいな広場の砂の感触だ。ほっぺたをじゃりじゃりしてくる不快な感触。口にも少し入っている。身体を起こそうとすると疲労と全身の痛みで指一本動かせない。

 さっきまでの良く解らない意識はどうやら、作っていた影分身からの経験フィードバックらしい。俺がダメージを受けて意識を失った事で影分身が解け、それまで影分身が感じていた思考や経験の一部が本体に返ってきたみたいだ。だから自分を見下ろす、なんて変な思考のノイズが混じったりする。

 今は本体のみの情報だけで、変な思考が混じったりしないな。


よし。


いや、よしなんて言える要素はないが、まずは状況の確認だ。

俺は今、王宮の離れにある練兵場で倒れている。これは勇者としての訓練の一環で、剣を習っていた途中で吹っ飛ばされたからだ。

全身は木剣でしこたま叩かれたおかげで打ち身が多く、場所によっては訓練用に、と渡された着心地の悪い衣服が破れてる。右手には、健気にも離さなかったのか、刃引きもされていない直剣を握っている。相手は木剣なのに、こっちは真剣なのかって? 相手に当たらないから構わないんだよ……一応、少しでも早く真剣に慣れるため、って名目もあるしね。

 に、しても……このベッドの感じは最悪ですが、48時間くらいこのままでいたいです。俺は贅沢なんて言いませんよ?

しかし、そんな希望はあっさり砕かれる事になった。


「ほれ。何時まで休んでおるカゲフミ。さっさと起きんか」


革のブーツの爪先が、俺の頭を軽く小突く、慣れた感触。悲しい事に、この一週間でそうと解る程度にはその感触に慣れてしまった。


「お、起きれ、ません……」


渇いて掠れてしまった声を喉から絞りだし、俺は呻くように師匠──剣聖・ガフにそう言った。


「ふむ? 嘘は言ってないようだな。ではアルターエゴをだせ」


頭上から観察してるらしいガフ師匠にそう言われ、俺はこっちの世界に来てから手に入ったユニークスキル、≪影分身≫ を発動する。

ぽん!という軽快な音共に現れた俺、その分身は、俺の横で、俺と同じように這いつくばっていた。俺俺言ってて解りづらいだろうが、客観的に見ると、同じ格好をした人物が、同じようなポーズで仲良く倒れている図となる。


「師匠、動けません」


そして重なる、俺と影分身の声。今、俺たちは心も身体も思考も全て、ただ1つの目的に向かって統合されていた。

つまり──休みたい、と。


「やはり無茶だったのではありませんか。少し休ませては?」


 そんな時、そう言ってくれた天使のような澄んだ声……その声の主は、長い金髪を靡かせた、淡い緑色をした瞳をした美女だった。特徴的な長い耳が、時折何かの音を摑んでいるようにピクリと動いている。


「エイラか。そういうお前が提案した訓練だろうに。さも儂が悪いような言い方は感心せんな」

「ちっ……気付きましたか脳筋。無茶は承知の訓練でしたが、実際壊したりしたら大目玉ですからね。それに、私はカゲフミを肉体的にイジメたりしませんので、壊れる事は無いはず。……廃人にはなるかもしれませんが」


 エイラ、という女性が、あっさりと天使のような外観を捨て去り、舌打ちをかます。おまけに、最後にボソッと不穏な事を言い捨てやがった。

 やっぱりダメだ。この腹黒エルフは己の事しか考えてねぇ。


「何か言いましたか。カゲフミ?」


 ぐりぐりと靴で筋肉痛の太腿を踏まれ、痛みにうめく。ある業界ではご褒美らしいのだが、そんなのウソに決まってる。だってすごい痛い。

 ほんとは抱え込んでのたうち回りたい程筋肉痛がやばいのだが、それすらできない程疲れ切っていた。


「ふーん。どうやら、まともに身体を動かせない程に体力を失っているようですね。何か新しく始めたのですか?」

「そろそろ体力づくりも一区切りついたのでな。本格的な訓練を始めた所だ」


 why? 聞き間違いでしょうか。本格的。これまでの特訓はそうではない、と。走り込みから始まって、倒れるまで真剣を振り、≪影分身≫を作っては模擬戦を繰り返し、さらには魔術、弓術、乗馬術にサバイバル術などなど、ありとあらゆる生存術を学ぶこれらの特訓が、まだ、始まってもいない?


「は、はははは。はははははは!」

「ん?」

「突然笑い出して……ついに壊れましたか?」


 無理だ。一刻も早く逃げなければ。

 魔王を倒す、なんて言われた時もそんなの無理だと感じた。

 適性を見る、と言われ才能の有無を確かめられた。武の才はなかった。かと言って魔術の無い世界から来た俺には、魔力があって御の字だ、という魔力しか持っていなかった。勝手に魔王を倒す事を期待されて、その水準に達していないと言われ、勝手に失望された俺の気持ちを誰が解る?

 だが、最低限生き残る術がなければここでは生きていけないと、そう言われ、それを信じて今日まで二か月。頑張って修業してきた。唯一この世界に来た時に備わったらしい、≪影分身≫というスキルを使って、生きるための術を、ただひたすら詰め込んできた。


 だがもう、それすら限界だ。


「俺は家に帰るぞ、JOJOー!!」


 奇声をあげながら飛び起きる。己でも驚くほどの俊敏さ。人間は死に瀕した時、肉体のリミッターを外して超常的能力を発揮する、火事場の馬鹿力が出るなどと言われるが、これがそれなのだろうか。


「ほう、まだこれだけの力があったか? そうとも思えんが」

「消えかける前の蝋燭が、一瞬燃え上っているようなものでは?」


 冷静に俺を見ている二人の言葉通り、これが最後のチャンスにして力だ。俺は残った魔力を振り絞りながら叫ぶ!


「≪影分身≫!」


 一体倒れていた影分身のほかに、今作り出した新たな影分身が一体現れる。


「俺を置いていけ!俺!」

「ここは任せろ!」


 オリジナルである俺の言葉に、倒れていたはずの影分身が立ち上がり、今現れた影分身までもが頼もしい声をあげて剣聖と賢者に立ち向かう。


「抗うつもりか。面白い」


 獰猛な笑みを浮かべて剣を抜くガフ師匠。


「再調き──教育が必要なようですね」


 そして、背筋が凍るような事を言い出すエイラ先生。いや、今は考えるまい。いずれにせよ、2人に捕まれば俺に未来はない。あるのは修業と実験という名の地獄。俺は必ず生き抜いて見せる!明日をつかみ取って見せる! そう自分を鼓舞しながら、震える足に力を込める。


 その場を二体の影分身に任せ、一目散に駆けだす。残った僅かな魔力で身体を強化するため、全身ではなく、使用している筋肉のみを強化。元の世界では100メートルを13秒という鈍足だった俺の足は、今やチーターもかくやという速度で俺の身体を加速させ、一瞬にして2人から間合いを開ける。

 ちらりと背後を見れば、果敢にも立ち向かった影分身2体は、一体は剣によって切り伏せられ、もう一体は一瞬にして灰にされた。あれだけ鍛えた自分を一瞬で倒すというのもそうだが、影分身で死ぬわけではないとはいえ、弟子に躊躇いなく致死攻撃を加える2人の師が怖い。


「ば、化け物めぇ!」

「失敬な」

「淑女に対する躾も必要ですか?」


 泣きの入った俺の叫びに2人の化け物が声を上げる。視線を正面に戻せば、ガフ師匠がすでに先回りしていた。


「そう簡単に逃げられんぞ」


 背後からはやや遅れてエイラ先生が迫ってきている。退路は無い。


「なら、活路を見出します!」


 悲鳴に似た叫びをあげ、俺は持っていた直剣を握り直し、ガフ師匠に相対する──ように見せかけ、素早く背後に振り返ると、気配を読んで位置を把握しておいたエイラ先生に向かって直剣を全力で投げる。


「私なら、どうにかなるとでも?」


 エイラ先生は賢者の名に相応しく、自分の前方一メートル程に一瞬にして水球を発生させると、それに直剣を飲み込ませた。

 段々と温度の低くなるエイラ先生の声に内心ビビりながら、俺は叫んだ。


「いえ、思ってません!≪氷結≫!」


 ですが、きっとそう動いてくれるだろうと思ってました。

 俺の指先に、二文字の漢字が浮かびあがる。その文字を水球に向かって投げつけると、≪単語魔法ワードマジック≫と名付けられた、俺用に調整された魔法が水球に発動した。ぱきぱきと空中で音を立てて凍り付く水球に向かって、俺は駆け、拳を振りぬく。小気味いい破砕音と共に砕け散る氷。破片となった氷が、エイラ先生に襲い掛かる。


「きゃ……!」


 エイラ先生が初めて驚くような声をあげる。咄嗟に展開した魔力が障壁のように彼女を守る。


「勝ぁった!」


 その隙を逃さず、勝鬨を上げた俺は魔力を練り上げ、身体強化した足で一歩踏み出す。しかし、そこでぐらりと世界が傾いた。


「はれ?」


 強烈な一歩を踏み出したはずの俺は、その一歩を支えきれず、ふっ飛ばされたようにゴロゴロ地面を転がって倒れた。魔力切れ、おまけに、体力も本当に底を付いた。ガス欠だ。それを最後に、俺の意識は途絶えた。


「ガフ。先回りするくらいなら捕まえられたでしょうに」

「すまんな。こ奴がどの程度できるようになったのか知りたかったからな。いや、思った以上だ。面白い」

「面白くなんてありませんよ。久しぶりに肝が冷えました。まぁ、提唱した理論通り、いえ、それ以上に成長しているようで嬉しくはありますが」

「後一歩か二歩近ければ、投げられた剣に対応できなんだか?」

「……」

「それに、あの割れた氷も、魔力で補強されたりしていたら危なかったな?」

「…………」

「後少し、こいつに体力か魔力が残っているようなら、逃げられていたかもしれんな?」

「………………ガフ!」

「くくく。そう怒るな。お主の焦った顔が珍しくてな。少しからかいたくなったのだ」

「ふん。カゲフミを回収しましょう。……後は少々、休息についてのスケジュールも練らないといけません」

「そうだな。これが壊れてしまっては面白くない」


 気絶したカゲフミの知らぬ所で、師匠2人のそのような会話がされていた。


新作を始めました。よろしくお願いいたします。

感想返しは中々できそうにないのですが、目を通させていただいてますので、感想、評価等いただけますと幸いです。

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