1.
「おーい、リック!」
橋本梨佳の恋人、リックこと山口陸は、ハンドボール部の先輩から名を呼ばれて、振り返った。
「お疲れ様っス。何ですか?」
風呂上がりの濡れた短髪をタオルで拭きながら、陸は答えた。
「お前、彼女とはちゃんと連絡取ってんのか?ダメだぜー?ほっとくと女は寂しい寂しいって言い出して、ワガママになるからな!」
陸はまるで頭から冷水をかけられたかの様に、驚いた顔をして固まった。
「な…!先輩、それマジっすか!?」
「なんだよ?メールとかしてねーの?」
陸は、手でギュッとタオルを掴みながら、頭をブンブンと振った。髪の毛からしたたっていた雫が、パラパラと床に撒かれる。
「や……。メールはたまに送ってるんスけど、梨佳、寂しい思いしてんのかなーって。合宿来る前は、大丈夫って笑ってたけど、俺等、それまで毎日会ってたから、それが急に無くなるとそうなんのかなって……。」
陸の目は下を向いたまま、光を失い始めた。
からかいのつもりで聞いたのに、陸の先輩は何だか気の毒になった。
「な……。なんだよー!?『毎日会ってた』って、ノロケかよっ!」
バシンと背中を叩き、陸を元気付けようとする。
「大丈夫だって!お前等、付き合う前からスッゲー仲良かったじゃん。それに、橋本は浮気するよーな子じゃないだろ!?」
ハハハと空笑いしながら、先輩は陸をバシバシ叩き続ける。
「いって!そうですよね、浮気は心配してないっス!」
ニカッといつもの調子で笑うと、先輩も安心したようだった。
「おー前っ!あんまチョーシ乗んなよ、ははっ。」
あははと笑いながら、2人は合宿所の廊下を歩いて行った。