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エルトリアの戦姫  作者: マグロアッパー
■一章 運命に浚われた少女
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04.王都


 ラスフル村を後にした私は、二頭立ての領主様の馬車で王都に赴くこととなる。


 領外はおろか、村からも仕事を除いて滅多に出たことのない私は、車窓から覗くことの出来る景色を前に、興奮を覚えずにはいられなかった。


 領主様の馬車に乗るという稀有な体験も、それを後押しする。そのことを軽薄だと思いながらも、まったく情の動きだけはどうすることも出来ない。


 ――私はこれから、どうなるのだろうか?


 だがそういったことを考える度に不思議な動悸を覚え、体が熱くなるのも事実だった。何かを期待している自分が存在すると共に……。


 ――アレックス。


 不安の種は、どうしようもなく芽吹いてしまう。


 思わず、胸元に下げたお守りを強く握り込む。

 すると何処からか、彼の声が聞こえてきたような気がした。


『明日は晴れる、だからそんな曇った顔すんな』


 つい先ほど、笑顔で別れたアレックスの顔が脳裏を過り……愛しさに眉を下げ、口角を上げようと必死になっている自分が存在することに、気付かされた。


 やがて、ただ前向きな心持ちのままに、現実を現実として処していく以外に術がないと知ると、努めて考えることを止めた。


 風に吹かれて舞う木の葉のように、ゆらゆらと揺らめきながら、やがて何処かに着地するのを待つ以外にないのだ。今の私は。


 私は決して強い少女ではない。だが物事を割り切って考えることには、三女的な特性からか、慣れていた面もある。


 今思えば、弟と妹が生まれた時もそうだった。祖父母は亡くなっており、母と二人の姉には家業があったため、自然と私が彼らの面倒を見ることになった。


 あの時も、自分で自分を上手く誤魔化していた気がする。色々と不自由もあったが、そのことを特に悲しいとも感じなかった。


 そんなことを考えながら、私は馬車に揺られて王都へと至る道を進んだ。

   

 腕を組んで対面に腰掛けている伝令官の男とは、馬を休める為の小休憩の際も、道中の町で昼食をとる際にも、殆ど会話らしい会話をしなかった。


 その代り――。


「あ、あの……」


 初めての小休憩の後、気詰まりを覚えた私が世間話をしようと口を開くと、男は黙って一冊の本を私に差し出した。


 『宮廷の礼儀』


 それは王都に住む宮廷貴族が書いたものらしく、本という貴重品を手にした私は、思わず心が高揚するのを感じた。


 また村長の家にあったものと違い、それには美麗な装丁が施されている。そんな本を目にするのは、生まれて初めてのことだった。

 

「お貸しいただけるのですか?」


 私が顔を輝かせて尋ねると、男は黙って首を振り、


「それは、あなたの物です」


 と、所有権が私にあることを示した。

 

 私は咄嗟には、本と私の関係性を理解することが出来ず、ただ眉を上げた。

 だが暫くして理解がやって来ると漠たる不安が、首をもたげた。


「きゅ、宮廷の礼儀が、私に必要なのですか?」


 喉を波打たせた後、思ったことをそのまま尋ねてしまう。


 当然ながら伝令官からの返答はなく、彼は腕を組み直すと目を閉じた。

 しかしその沈黙には、どこか肯定の静けさが漂っていたように感じる。


 私は一瞬だけ途方に暮れてしまい、それが表情となって不安な面持ちにさせた。


 しかし、これが私に求められていることであり、その環境に順応する他ないと悟ると、貴重品を扱う手つきそのままに表紙を開いた。


『これ宮廷において必要となるのは、万事において間接性を重んじることにある。服装も、言葉も、身のこなしも、野蛮な直接性を排したところに優雅さが――』 


 馬車酔いに気を付けるよう伝令官の男に言われながら、私はその後、深く本の世界にのめり込んだ。


 王都に到着したのは、窓から見える景色に茜色が混じる少し前の頃だった。




 # # # #




 初めて訪れたエルトリア国の王都――ティレイア。


 馬車から覗く街並みは画一的に舗装されて美しく、一度訪れたことのあるクリスト領の都とは、比較にならない程に多くの店が路面に連なっているように思えた。


 どの建物も木製ではなく、雨風に強そうな、淡い乳白色の石で組み立てられている。だが決して無骨な印象は与えず、また王都の所々には色彩が溢れ、時に町は壮大な花のように私の眼に映った。


 町行く人を見れば、男性は仕立ての良さそうな服を纏うと共に、どこか表情に抜け目の無さを感じさせ、そのことに村娘の私は少しだけ畏怖を覚えた。


 だが中には無邪気に笑っている女性や、愛想のいいおじさん、元気に走り回る子どもの姿もあり、夕刻前の町は活況を呈しているように見えた。


 そう、そこにはラスフル村に比べ何百倍もの命と生活、人生があった。


 トクトクと心臓が早鐘のように鼓動を打つ。私の中で故郷への慕情は過ぎ去り、未知のものに対する興奮が陽炎のように燃え立っていた。


「凄い、ここが王都……!」


 はしたなくも腰を上げ、車窓にしがみ付くような姿勢で感嘆の声を上げる。


 一時、私は伝令官の存在を忘れたようになった。しかし次の瞬間、閃くように彼の存在を思い出すと、気まずげに腰を元の位置に戻した。


「あの、すいません……ハシャいでしまって」


 頬が熱くなるのを自覚しながら俯き、自省を込めた口調で言う。

 すると伝令官は、この旅で初めてとなる微笑を零した。


「いえ、どうぞお気になさらず。目的地にも、もう間もなく着きますので」


 その笑顔を見て、不意に、男がおそらく誰かの愛しい父であり、夫であるということが、思い出されるようにして意識に上がった。


 その考えが生まれると、私の印象の中に親しみが付与される。


「道中……」

「はい?」


 私はその印象が消え去らぬ内に、男に笑い掛けた。


「道中、様々な気配りを頂き、ありがとうございました」


 私の言葉に、思ってもみないといった風に伝令官は目を見開いたが、やがて頬に皺を刻みながら、苦しそうに笑った。


「あなたの」

「え?」


 そしておもむろに口を開く。


「あなたの旅は、これから始まるのですよ」


 それは何故か、途方もない寂しさを私に与える笑顔だった。 



 やがて町の喧騒が遠ざかる。宮廷貴族が居を構える地区に至ったと伝令官が説明した後、私たちは馬車を降りた。御者にお礼をいう間もなく、馬車は二人を顧みずに何処かへと去っていく。 


 路上に降り立った私は、豪邸と呼ばれる種類の住居に目を奪われた。そんな私を男が恭しく急かし、路地裏に用意されていた荷馬車の荷台へと、人目を憚るように乗り込ませる。


 伝令官が私に次いで乗り込むと、馬車はパカパカとゆったりとした速度で進み始めた。


 領主様の馬車に腰かけていた現実と、食料品等が積まれた、ひどく揺れる荷台に腰を下している現実の落差が、私を所在ない不安な気持ちにさせる。

  

 気持ちの拠り所は、実務に顔を引き締めた伝令官の男にあった。


 私は何かを尋ねたい気持ちに駆られて口を開いたが、結局それを押し止め、花が萎むように悄然と口を閉じた。手には胸に下げたお守りが握られていた。


 しばらくすると、馬の足音が変わる。橋を渡っているであろう蹄の心地よい音が、何処か牧歌的に響く。


 荷台の様々な匂いに私の鼻が完全に慣れた頃、荷馬車が止まった。

 伝令官の男が先に降車し、私に手を差し伸べる。


 私はその手を取って降り立ち……。


「えっ!?」


 そこで私は、記憶の連続性を見失ったかのようになった。


 広大な庭には樹木が植えられ、その青々とした葉に陽が濡れて光っている。注意を払って眺めれば、所々に花壇が設けられ、美しい花が微かな風にそよと揺らいでいた。


 そして木々の向こうに見えるのは、高くそびえる城壁。

 そう、あれはまさしく城壁なのだ。

 

 そのことに思い至り、咄嗟に後ろを振り向いた。 


「ここはっ!? まさか……」


 物資の搬入口と思われる場所の奥には、荘厳な城が(そび)えていた。


 川に浮かんだ島に存在する、始祖様の時代に築かれたエルトリア城。

 石で築かれた、二重の城壁を構える堅牢な城。

 

 理解が遅れてやってくる。

 その予感が無かったといえば嘘になる。でも、まさか……。


 一介の村娘に過ぎない私が、城に呼ばれる理由が思いつかなかった。でも私は今まさに、エルトリア城の内側に立っている。その衝撃に私という存在がかき乱されたようになり、私は私を取り戻すのに時間を要した。


「さぁ、参りましょう」


 伝令官に言われ、震えた唇で何事かを応答した私は、雲か霞の上を歩くような地に足着かぬ心地で歩を進める。



 人目を忍ぶように城内を進み、島の西端にある王族居住地に到ると……。



 そこで私は、エルトリア国の第一王女――。

 エスメラルダ・リ・エルトリア様と対面した。



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