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幸福の華  作者: みづき
6/8

<6>

 それから数週間ほど経ったある日。

 ロイアは眉をひそめながら届いた手紙を眺めていた。

 シルヴィの件以来、兄からの手紙は問答無用で返還している。それを知ってか今度はウィルの婚約者である仁和からの手紙が来た。

「……もう限界か」

 やはり、とロイアはため息をつく。

 むしろ今までのことを考えれば長く持った方だろうか。

 仁和からの手紙には、他国にロイアが一人この屋敷に住んでいることが噂されているとのことだった。そして近々その噂が本当かどうか、検証しにやってくるだろうと。

 敵対関係にない国であっても、王子が一人こんなところにいると知られればどんな噂を立てられるかは簡単に想像がつく。

 その他国の中にあの騒動の際利用したクラリドが入っているかと思ったが仁和によればそれはなく、城に攻め込んだ兵士も国王も亡くなったため、そして直接首謀者と連絡を取ったものは国王ただ一人とされているため真相は闇の中となったらしい。

「俺のことが何一つ残ってなかったのは……まぁあの国王も約束は守ったってことか」

 そう独り言ちて、ロイアは再び手紙に視線を落とす。

 丁寧に書かれた文字の最後に、付け加えられるようにして一つの文章が書かれていた。

 ――正式な婚儀が今度行われます。

 文章の後には来てくださいという言葉すら書かれていなく、ロイアはしばらくその文字を眺めやがて削ぐように視線を外した。

「ロイア様? どうかなさったんですか?」

 机に向かったまま微動だにしないロイアの背中に、怪訝な声がかかる。

 ゆっくりとした動作で振り返ると、少し心配そうな顔でこちらを見つめているシルヴィがいた。何度来るなと言っても毎日のように姿を現す彼女は、相変わらずお菓子を持参しており今も持ってきたケーキを皿に盛りつけている。

 毎回毎回よく飽きないなと言いたくなる時もあったが、同じ菓子が二度出てきたことは一度としてなかった。

「……シルヴィ。毎回お菓子を持ってこなくてもいい」

「だめですよ。だってロイア様、私が持ってこなければ十分に食事を摂られていないじゃないですか」

 わずかに笑みを浮かべながら告げたシルヴィの言葉に、ロイアはかすかに目を見開いた。

「知ってますよ。気付いてないとでも思ってたんですか? ロイア様のことは、何でもお見通しです」

 楽しげに笑う彼女は、小さくお菓子は自分が食べたいのもありますがと囁く。

「……なら、どうして普通の食事にしないんだ」

「ロイア様、甘いものお好きでしょう?」

 その言葉に思わず肩がぴくりと揺れる。

「これは人から聞いた話ですけど、甘いものなら食べてくださるかなと思って」

「……シルヴィ」

「はい」

「恐ろしいな、お前は」

 ぽろりと出たロイアの言葉にシルヴィは目を瞬き、そしてふわりと笑みを浮かべる。

「今さらわかったんですか? ロイア様、だめですね。私のこと全然わかってくれてないです」

 くすくすと笑うシルヴィに、ロイアは思わず見つめてしまった。

 窓から差す午後の太陽を受けて輝くのは銀の髪。嬉しげに細められる双眸は濁りない澄んだ蒼。日焼けを知らない白い肌と、それと同じく純白の服。

 まるでそこだけが違う空間かのような印象を受け、ロイアは自身の手に視線を落とす。

「……俺は」

 汚れているな、と自嘲気味にそう囁く。

 白く輝く彼女とは対照的な、闇に覆われた自分。

 やはり不釣合いなのだと――そう改めて感じた。

「ロイア様、どうぞ」

 ケーキを乗せた皿をシルヴィはロイアに差し出す。反射で受け取ってしまったロイアははっとするも、そのままいつものようにケーキを口に運んだ。

 目に鮮やかな苺のクリームはたっぷりと挟み込まれ、さらにはその間に小さく切られた果実まである。一見すれば甘ったるそうなケーキだったが、一口食べれば甘酸っぱい苺の味が口腔に広がりロイアは知らない間に目を細めていた。

 そういえば、普通の食事はあまり喉を通らなかったのに対し、シルヴィが持ってくる菓子は食欲がなくても一切れを完食してしまっていた。素材の味を生かした菓子たちはべたついた甘さではなく、むしろあっさりとしていて後味もいい。

 無言で手を進め、空になった皿に毎度のように驚いた表情をするロイアを見て、そのたびに嬉しそうに微笑む彼女の理由がやっとわかった気がした。

「ところでロイア様、猫を飼ってらっしゃっていたりしませんか?」

「……いや、飼ってないけど」

 疑問符を浮かべると、シルヴィはあれ、と呟きながら首をひねっている。

「猫を見た気がしたんです。黒い――首輪はしていなかったのですが、てっきりロイア様が飼われているのかと」

 そんなものは見たことがなかった。

 迷い込んだんだろうと言うロイアにシルヴィはそうですかと頷き、自身も満足げな笑みで色鮮やかなケーキに手を伸ばしていた。

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