侍女の話
ぐだくだ
「聖女様がゲスイドウとやらを作ってくださったそうだ」
「それのおかげで、病人が減ったとか!!」
「ああ、聖女様は天からの使いだ」
「聖女様は他にもこの国のためにはない技術を知っているらしい」
「流石は聖女様だ」「聖女様万歳」
つい先日、異世界から聖女様を召喚することに成功した。
それは国民全員が知っていることであり、その容姿は大変美しく、しかしまだ幼さの残る可愛らしさをも兼ね備えていると、もっぱらの噂だ。
しかしそんな中、実は、聖女様と一緒にもう一人召喚された、ということは、国の上層部しか知らないことである。
「あー!もう嫌っ!!聖女様聖女様って!!私は聖女でもなんでもないっての!!!そんな電車の細かい構造なんて知ってるわけないじゃないっ!!!ねぇ?そう思うでしょ、千香?」
あーあ、また始まったぞ。私の視界の先には絶世の美女。彼女の愚痴を聞くことが、私の日課だ。そして、この無駄に広い部屋で、壁の花になっていた私にも聞こえるような大声で愚痴る彼女こそ、巷で有名な聖女様だなんて、この国の人が見たらなんて思うのだろうか?
「まぁね。ただの…じゃないけど、女子高校生にそんなとこまで求められてもね。でもさ、美緒?声大っきい。廊下に漏れたらどうすんのよ」
彼女が大きい声を出さなくても聞こえるように、彼女の近くへ移動しながら答える。
本来、侍女である私が聖女様にこんな口を聞くことは許されないことだが、二人きりの時だけならば王様も黙認してくださるだろう。
「わかってるよ!うぅ~、でもさ?みんな愛想笑いでさ、聖女様を見るの!!誰も私を見てくれないのよ!ひどいと思わない!?」
何故なら私は
「私はちゃんとあんたを見てるでしょ?幼馴染を信用なさい」
そう、彼女と一緒に召喚された幼馴染なんだから。
「う~、千香~ありがと~。大好き~」
そう言って、彼女は私に抱きついてくる。これももう毎日の日課だ。ここ最近、一日三回は抱きつかれている気がするぞ。
「はいはい。どういたしまして」
抱きついたまま離さない彼女の頭を少し撫でてやる。すると、瞬く間に彼女は満面の笑みを見せてくれた。
「へへ。私、千香がいなかったら今、生きていないと思う」
「それは大変だ。美緒が死んじゃったら、私も寂しくて引きこもっちゃうかも」
たまに彼女の口から出てくる冗談を冗談で返す。すると彼女は頬を紅く染め、心底嬉しそうに、でもちょっと物足りなさそうに笑った。最近、侍女長やお偉いさんの顔色を伺う機会が多いため、人の感情の変化にも細かく反応できるようになっていると思う。
でもなんで物足りなさそう?
「えへへ。ねぇ、千香…?」
「ん?」
「あの、さ?その、王子のこ「おい、ミオはいるか?」
何か言いたげな美緒に少し驚く。あの美緒が、目を泳がせ、言うことを戸惑っている……だと!?
さてはこれは恋愛話だな?やっと美緒にも春がきたか。と、期待して次の言葉を待つ。しかし、せっかく口を開いたところで、思わぬ邪魔者が現れた。美緒の恋話を聞きそびれた私はつい扉の方を睨んでしまった。
すると、なんということでしょう。入室許可もだしていないレディの部屋に、王子がいるではありませんか。礼儀をわきまえろ!!…なんて言ったら、いくら聖女の幼馴染でも不敬罪で捕まりそうだから言わないが。
「あら、テリー王子。レディの部屋に許可無く入るなど、褒められた行為ではありませんね?」
あ、なんか美緒の機嫌がどんどん悪くなってる。般若だ!美緒の背中から般若様が見える!!
「あ、あぁ。申し訳ない。……侍女殿、少し席を外していただけないだろうか?少し、ミオと話がしたい」
彼女の迫力に一瞬怯んだ王子に、ざまぁみろと思った私は間違っていない。この聖女様はめんどくさいことに一度機嫌が悪くなるとなかなかなおらない。もちろん、その機嫌をなおすのも私の仕事。是非とも王子に八つ当たりして、少しでも機嫌が良くなることを期待しよう。
ところで、二人きりで話したいなんて、まさか美緒の好きな人って…。そうとわかったら、邪魔者は早く退散しなきゃね!
「はっ、仰せのままに」
頭を下げ、そのまま扉へ向かう。
部屋を出る時、二人の間には火花が飛び散り、背中からただならぬオーラが出ていたのは気のせいだろうか?
部屋をでた私が向かったのは厨房。
そう、目的はお菓子。たまに顔を出すとお菓子をくれる顔馴染みのおばさんを探す。ちなみにおばさんの名前は知らない。でも、おばさんは何故か私の名前を知ってる。
「あっ、いたいた。おばさーん!何かちょうだーい?」
このおばさんはふくよかな体型のほがらかおばさんなのである。
私くらいの年齢の息子がいるらしく、よく手作りお菓子を分けてくれる神様的存在なのだ。しかも、その美味しさといったらもう!!
考えただけで笑顔になり、舌のこえた美緒も気に入るくらいの美味しさなのだ。
「おや、チカちゃんじゃないの。でもごめんねなさいね?私が作ったお菓子はもう残ってないのよ」
期待していた分、裏切られた時の虚しさはすざまじいもので、一気にテンションが下がった。
そんな私を見兼ねたおばさんが慌ててフォローをする。
「あぁ、でもうちの息子が作ったものだったらあったはずだよ?だからほら、泣かない泣かない」
「…泣いてないもん」
しかし、息子さんも料理をするのか。おばさん直伝のお菓子…じゅるり。
「ほら、聞いてたわよね、ウルフ。もちろん、いいに決まってるわよね?」
狼がお菓子を作るの?つい、その図を想像してしまい、吹き出しそうになった。
ウルフと呼ばれた青年は、無言で頷き、私の方を見た。
おお、くれるのか!ありがたや。何が出るかな?何が出るかな?とうきうきしながら、やはりお礼は大事だと思い、ありがとうございます!と頭を下げた。その時、つい声が大きくなったのはご愛嬌。
その間におばさんはお菓子をラッピングしてくれたらしい。
「ふふ、若いわねぇ。はい、チカちゃん。どうぞ」
謎の言葉と共に渡された。ラッピングは丁寧にされていたし、何より可愛いかったから、謎の言葉については深く突っ込まなかった。中身はクッキーだった。
「ありがとう、おばさん。ありがとうございました、ウルフさん」
夕食の下ごしらえを始める人がでてきたため、仕事の邪魔にならぬよう、早々と退散させていただく。このクッキーは後で美緒と食べようっと!
厨房をでて向かった先は、中庭。
そこにあるベンチに腰掛け、そこに咲く花を眺めるのが、私の癒しの時間だ。
いつものベンチの元へ行くと、珍しく先客がいた。別のところにしようか。
確か、もう一つ二つ、ベンチがあったはず。あ、ほらあった。
すぐに見つけられたベンチに腰掛ける。すると、すぐ近くに見慣れない花を発見した。あの花可愛いー。と、一度おろした腰を再びあげ、花の元へ行く。その場にしゃがみ込み、呟く。
「この花、なんていうんだろ?」
「それはね、アモネジアっていうんだよ」
独り言のつもりだったのに返事が返ってきたことに驚き、声のした方を見る。しかし、近くに人影はない。
今の私の顔はおそらく真っ青だろう。足に力をいれ、重心を固定する。そう、私はそのての話が大の苦手だ。お化け屋敷ではずっと耳を塞ぎ、下を向いて進むのが私流だ。ところで……えっとぉ………さっきのは聞き間違えかな?うん、そうだね。
「空耳よ…」
「違うよ」
再び聞こえた声に体が強張る。
「…どこに、いるの?」
震える声を絞り出し、辺りを見回す。
「俺?俺、今、君の後ろにいるの」
ヒュッと口から音がした。元いた世界の怖い話を思いだす。その話では、確かそこで振り向くとそこには誰もいない。安心したのは束の間で、正面を見るとそこには…………。
「ぃゃぁぁぁあああ!!」
私は一目散に逃げ出した。もちろん後ろを振り返らずに。
「ぷっ。…面白い子、みーつけた」
なんて声を耳に入れる余裕もないくらい、私は慌てていた。
それが原因で、迷子った。
そう、迷ったのだ。この馬鹿でかい城の中で。…おわた。部屋に戻れる自信がない。ひと気もないし、気持ち薄暗く見える。
千香 は 目の前 が 真っ暗 に なった 。
ひぃぃぃぃいいい!!!
誰か、誰か誰か!!!誰か居ないの~(泣)!!!
手当り次第に扉を開ける。が、ほとんど電気もついてなく、真っ暗だったので、すぐに閉めていく。何回かそれを繰り返すと、電気のついた部屋を見つけた。助かった!!!「失礼しま~す」と声をかけて足を踏み入れる。おそるおそる奥へ進むと、ベットが少し盛り上がっているのが見えた。
「あの~、お休みのところすみませんが、ここがどこか教えてくださりませんか?」
寝てるのかな?反応がない。
どうしようか?
「仕方ない。他をあたるか」
仕方なく諦めた私は、他の人を探すため、部屋から出ようとした。
しかし扉を開けると、侍女長がいた。
「女神!!」「こんなところで何をしているのですか!!!!!」
私と侍女長の声が重なった。
何をしてるって…。
「道に迷ったので、帰り道を教えてもらうため人を探してました」
「……そうですか。しかし、ここが誰の部屋かわかっているのですか?」
「知りません」
「……はぁ、ここは、第四王子であるレオンハルト王子のお部屋ですよ?まったく、これだから新人は…」
ん?王子?お う じ ?王子……だとぅ?じゃあさっきの寝ていた人が?
つか、私、王族の部屋に無断で入っちゃったよ!?いや、王族じゃなくても、許可なく入るなんて、侍女にあるまじき行為だよ!!!
やっべーーー!!怒られる?怒られるよな!この侍女長、怒ると怖いんだよなぁ。説教だけで済むかな?
「貴方には、たーっぷりお話があります。ここで待っていなさい。大丈夫。全て終われば、部屋までの道のりを教えますから」
あぁ、お説教決定だぁ。
美緒達、話終わってるかなぁ。
でもごめんね。こっちはまだ帰れそうにないや。
その後、何故かレオンハルト王子が聖女様の部屋に遊びにくるようになった。