ビニール傘で、雨の音を聴きながら
精神的に追い詰められたBは、AとCの存在に救われる。Aの居る地域で長閑な短い生活を送る。
ビニール傘で、雨の音を聴きながら
くねり、とした体型で透明に降り込められた雨音が気を鎮めて、主人公Bは青い傘を握りしめて、手が傘を離さなかった。というよりも、離れることが出来なかった。
待つ、ただそれだけのひとときがこの世にある最も、そして何よりも尊い時であった。
ただ居る、その存在を眺めるだけで、心に満点の星空が視えるのであった。
それが、なにかはわからないぼんやりとした煙であった。銭湯でも入っているのかと錯覚するほどであった。
Bにとって、もがき苦しめる日々の中で、心の拠り所に触れていると云う感触が、そこにはありました。
喉から手が出る、それがしっくりきます。
仁義を貫こうが、それが全てではないと云う、無の感情の壁は高い。
電車が走る音と弱い雨の音を溢さないようにしたかった。掴みきれそうで、掴みきれない。そんな期待と不安が、たちこめる煙のように、Bの心情にはあった。
青を恥ずかしげに隠した。冷静に考えうるば、今日は雨。Aが持っていない筈がなかった。
「久しぶり」
そう云うAの表情は、曇っていた。どういう言動をすればよいのか、思案している表情であった。
「久しぶり、Cが車停めているから、助手席乗って!」
Bは、Aの気持ちを推し量ろうとした。Aは、とてもやさしい子なのだ。自分の地獄より、Aのことが心配だった。
Aの傘には彩りがある。バリエーションも色彩や絵柄もさまざまあり、今日は黒で縁取られた黒い猫であった。
AとBは対称的な人物であったために、互いのことを理解し、互いの表現を認め合った。
「おお!ひさしぶり」
「おおう!いやほんと久しぶり、元気になってほんとよかった!」
そう云い合い、互いに手を握りしめて合う二人。Aの顔が破れるほどの笑顔に、BはAの人を想う気持ちの強さに、心を打たれた。それは、自分にはない美しさで、いつも自分の影のありかを凝視するような心持ちであった。
AとBは、小学生からの同級生で、親同士も仲良く、互いのことをよく知る仲であった。Bはわりに無機質な存在で、Aがなぜこんなにも感情を露わにするのかわからなかった。が、今となれば、負けているときに本気で悔しがれたり、他人に対して腹立てたり、それは裏を返せば人の傷みがわかると云うことで、Bは今になって思う。自分はなんて我儘なのだと……。
Bは、いつもAのことが羨ましかった。周りから愛情を向けられてすくすくと育ち、反対にBは人の気持ちに鈍感だったのだ。
確かに、Bは強かった。しかし、今となって思えばその『強さ』は、この世最大の弱さでもあった。なぜならば、人の痛みがわからないから。それがないと、やさしくなれないし、根本の部分の信頼を得ることができないのだ。
雨の中でBを待つ間、それを感じていた。まさに、慈雨であった。
AはBのために泣く人でした。
それが証明されたのは、AとBとCが町中華の前で、煙草を飲んでいた時でした。
「Bくん、死なないで!もうほんとに心配だったんだからな。もーなんかよくわからなくて……。」
そう云いながら、子犬のような表情で、大粒の涙を流しました。
雨はすでに止んでいたのにも関わらず、ポタポタと雫が地面に落ちました。
Bはその後に食べた餃子定食とビールより、美味しいご飯を食べたことがありませんでした。AとBとCで泣きながら、AとBとCで笑いながら、食事を共にしました。
BはCのことを信じていました。Cの中にある根っこの部分は、淡い海のように美しいのです。なので、CはBのことをたてることもできたし、AとCがふたりで話したとしても平和の風を連れてきます。
そんな役回りは、Cにしか務まりません!これは断言できるのです。
BはAの元に着いたときから、EとFに会いたいと思っていました。EとFは、外国籍の方で、Aの職場の同僚です。
Eはキレイな笑顔を持っていて、Fは、大人数は苦手な方だけれども、少人数になればきちんとした世界観を持つ方です。
Bは、EとFのことが大好きでした。それは恋愛感情と云った甘っちょろいことではなくて、人柄に惹かれました。
Fと連絡を取りました。しかし、Bは英語が全くと言っていいほどできません。毎日、中学一年レベルの勉強を続けているのだけれども、それでも文章で英語の長文を送られたら、サッパリとなんのことやらです。
ただし、AとBとEとFのグループlineで、長文が飛び交うこととなっても、絵文字やスタンプだけで感情を掴もうとします。そして「I like everyone!!」のみで全て乗り切ります。
Bには、気合いと根性しかないのでした。
なので、BはEとFと連絡をとりました!一方はオッケーで、もう一方は出張で会うことができません。会うことができない、と表現しましたが、その詳細は後ほど話します。
Bは、知っている言葉を繋いで、関係性を繋ぎ止めようとします。なぜなら、人柄が大好きだからです。所々、相手を信頼して易しい日本の単語を使ったり、絵文字で感情を伝えたりと、不細工に必死です。
Bには、その土地でお気に入りの喫茶店があった。猫がコンセプトとなった内装、Bの好きな動物は猫である。
店員は主に二人いる。厨房を入れるとあと二人ぐらい入るが、接客という面においては二人という話だ。
一人はキツネのような目をしていて、もう一人はにゅうわな目をしています。
Aは始めキツネの目がこわくて、にゅうわ目に助けられた。「にゅうわ」と云う単語はやさしくて、うどんを食べているときと同じ感覚になる。
カラン、コロンと云うすずしい音が鳴る。
「いらっしゃいませ」
声の抑揚は均一で均等。Bは人差し指を立てた。
「おひとり様ですね、こちらへどうぞ」
そう云われて、Bは案内された席へ腰を下ろした。
「どちらになさいますか?」
Bは質問の意味がわからず、戸惑いの表情をした。
「モーニングセットをどちらになさいますか?」
メニューを見ると、2つ選択肢があった。
「あ、じゃあ2番のほうで!」
1番には、Bの嫌いなトマトがあった。嫌いというには語弊があって、怖いのであった。Bは酸っぱいものが苦手で、トマトには酸味が強いものとそうでないものがある。どちらに転ぶかわからない人生を示唆しているようで、怖いのであった。
「かしこまりました。」
小さな笑顔だけ残して、店員は去った。
運ばれてきた朝食は、素晴らしい出来だとBは思った。表面はパリっと、中はもっちりしている食べやすいサイズにカットされた食パン。サラダが中盛に盛られ、デザートには丁度いい量のヨーグルトが出てくる。
食事、店の雰囲気、店員の接客、全てがBにとっていい時間になった。
にゅうわな目の店員は、会計時に、うんうんと頷きながら、話を聴いてくれる方。Bの高速のお喋りに、句読点をつける方だ。
もう一つBの好みの喫茶店があった。
店内には自律神経のチューニング作用のあるクラシックとゆったりすることが出来るソファー席と空間がある。空間は無とも言い換えることも可能だが、無こそ大事であり、物事に余裕をもたらす。Bはこういったことをぶつぶつと考えるので、Aによく叱られる。
「B君、考えすぎてるよ」と。
その言葉にAは絶望の淵から助けられていた。思考を掘り進めるのは暗く、ほんの僅かの希望でもなければ掘り進められることが出来ない。
Bにもそれは理解が出来る。ただ理解が出来ると云うことと、実際に行動を起こせると云うことは別問題である。
次の日。Aは仕事に出かけて、BとCはソファーやベッドで眠っていた。Aの部屋のソファーやベッドには、様々な彩りがある。シンプルで可愛らしい色のクッションや動物の柄の入ったものまで、心弾むものだった。
Bが目を覚ますと、Cはまだ眠っていた。Cは自分の欲望に従順なところがある。今だってそうだ。彼の頬には、白く濁ったよだれ跡が猫の引っかき傷みたいに残っている。
BはそんなCを見てから、シャッターを出来るだけ静かに開けてベランダへ出た。ベランダへ出たのは、タバコを吸うためであった。
朝日は、部屋の中と違い思わずBは目を開くことが困難なほどであった。




