赤い星
わきにある目覚ましが、まだ夢の世界に片足を突っ込んでいる僕を現実に引き戻そうと必死にわめいている。それを叩いてとめるとようやく意識がはっきりしてきた。午前六時。洗濯機を回して食事の用意をしなくては。
洗面を済ませると洗濯機のスイ彼女が旅立ったあの日から、僕らの距離は遠ざかっては近づいて、しかし今日より近くはいられない。
リビングの隅には色とりどりのダイオードに照らされたモミの木、僕たちの囲むテーブルには普段見たこともないような豪華な料理が並でる。その真ん中にはもちろんチキン。いつのまにか母さんがジングルベルを歌ってて、歌は準備完了の合図だ。それを聞いた父さんがサンタの衣装でやってくる。ふぉふぉふぉと言ってやってくる。もうすぐだ、ほら、鈴の音も聞こえてきたぞ。リンリンペケペケぺけペケぺけ…ああ、これは…。
気づくと僕はベッドの上にいた。二人分の朝食を作るためキッチンに向かう。
今日は何となくパンの気分だ、トーストを焼き直す間目玉焼きを焼く。レタスを千切っただけのサラダを添えて、牛乳を注ぐと出来上がり。われながら上出来だと思う、母さんのいない生活にもだいぶ慣れてきた。
自分の分の食事をリビングに運んでテレビをつける。トーストをかじりながらチャンネルを回す
「日本時間午前三時ごろ、火星アルカディア基地をロシア軍の無人爆撃機スカットが攻撃した模様。かつて海だったとされるこの地域にはほかにも…」
「現地時間午後一時三十分、アメリカイースタン、ニューヨークで、地上テロが発生した模様。昨年可決された国際火星軍事協定では、地上でのあらゆる武力行使を禁じており…」
最近の朝のニュース番組は火星大戦の話題で持ちきりだ。僕はうんざりしてテレビを消した。
国際火星軍事協定、簡単に言えば国連加盟国の地球上での武力行使を禁止する国際協定で、なぜ火星という名がついているかというと、武力による紛争はすべて火星上で無人機によってされることになったからだ。地球上での戦争は勝った側、負けた側関係なく被害は甚大で、地球環境にもよろしくないということらしい。
この協定が結ばれたとき、マスコミは「ついに真の世界平和が訪れる」なんて騒いでいたけど、いざ戦争が始まってみれば連日のようにどこどこでテロがあっただとか、どこどこの軍が最新の無人爆撃機を開発しただとかいうニュースばかり流している。世界平和とは程遠い現状を見るまでもなく、この協定が欺瞞だらけのものだということは、この春中学校に上がったばかりの僕にでも容易に想像できる。
そして僕の家族もこの協定の犠牲者だ。実害がないという理由で、たびたび話題に上がっていた憲法九条の法改正も簡単にとおってしまった。
日本は自ら戦争を起こすことはないけど、今回のように同盟国であるアメリカが戦争を起こせば、全面的に支援しなくてはならない。
ロボット工学の研究者だった父さんが軍に呼びだされて兵器開発に参加することになったとき、戦争反対派で最後まで法改正に反対だった母さんは離婚をきりだした。
どうして僕の親権が父さんのものになったのかはわからない。あるいは収入の安定した父さんの方が、生活に困らないと踏んだのだろうか。
そんなことを考えていると学校に行く時間になった。素早く着替えると鞄を持って玄関に走る。時間割は昨日の夜に済ませている。
靴を履いてドアを開けようとしたとき、インターホンが鳴って扉があく
「ただいま、これから学校か?」
「うん」
父さんだった。父さんは午前中寝に帰ってくる以外はほぼ軍の研究施設にいる。
「行ってきます。それから朝飯、机の上に置いといたから食べて」
「ああそうか、ありがとう。いってらっしゃい」
玄関を出てエレベーターへ、僕らの部屋は五階建三十棟ある寮のD棟四階、角部屋405号室だ。
父さんが軍の研究員になるときここに連れてこられた。軍事機密というやつらしい、来るときは目隠しとヘッドホンをさせられて、聞きたくもないダサい音楽を延々聞かされたので正確な場所はわからないけど、たぶん日本の東北地方だと思う。
途中船や飛行機に乗ったなんてこともないし、何と言ってもこの気候だ。まだ九月の中旬だというのに驚くほど寒い。十二年、生まれ育った広島の街を出たことがなかった僕にはこの寒さがここに来て一番堪えている。
「遅いぞ翔、遅刻しちまうぜ」
一階につくと同じクラスの隆が不満げに声をかけてきた。
元は廃村だったらしいこの村は、兵器開発のために作り替えられたようだ。
村の中心地に真っ白い巨大な研究施設があり、周りを僕の背の三倍はあろうかというような高いフェンスに囲まれている。その東側に僕らの住む五階建て三十棟のマンション群が立ち並び、西側には僕らの通う小中高一貫校や生活用品を売っているスーパーなんかがある。南は病院なんかの公共施設があり、北は山になっていて立ち入り禁止だ。
「ごめん、父さん今帰ってきてさ」
「そうなのか、研究員さんは大変だな」
この村で働く人は全員もれなくここに住んでいる。部屋数は限られているのでここに住む大人は必ず何かの職に就いている。隆の父さんは病院の、母さんは学校の先生で、無駄が少ないという理由で連れてこられたらしい。
「それにしても寒いな」
「そうだね、まだ九月なのに」
隆は以前、ここに来る前は沖縄にいたと言っていたからなおさらだろう
「しっかし、戦争なんてさわざわざ火星でやらなくたって、ゲームでやりゃあいんだよ。そしたらこんなの作らなくて済むし、俺も寒い思いしなくていいんだ」隆が研究施設を親指でさして言う
「ゲーム?なんだよいきなり」
「火星で無人機使ってやるんなら、ゲームやったっておんなじことだぜ。あいつら結局金儲けがしたいだけなのさ、軍事産業っつって戦争は儲かるらしいからな」
たぶん昨日の夜の戦争反対番組を見たのだろう、隆は知ったようなことを言う。戦争中にもそんな内容の番組を流せるのは、表現力の自由のおかげだ、とか前に父さんが言ってた。僕は戦争の話はあまり聞きたくなかったので見なかった。
「あ、すまんお前の父ちゃんここで働いてんだよな」
うつむいて黙っている僕に気づいたらしい、隆はあわてて取り繕う。
「いや、大丈夫だよ。ただあんまり戦争の話したくないだけ」そういって作り笑いを浮かべる僕
「そうか、悪かった」
そんなことを話していると学校についた。校門をくぐろうとしたとき、始業のチャイムが村中に鳴り響き、僕らは急いで教室に走りこむ。なんだか今日は朝から走ってばかりだ。
「おい、今日北山にいこうぜ」
放課のチャイムが鳴るグランドで隆が言う。そういえばチャイムっていうのはどこも同じなんだなと、いまさらながらに思う。
「え、でもあそこは立ち入り禁止だって…」
「構うもんか、ばれなきゃどうってことない」
「でも…」
そう言いながらも僕の心はすでに冒険への期待で満たされつつあった。仕方ないじゃないか、この村には子供の娯楽が少なすぎるのだ。
「大丈夫だって、鞄置いたら春樹屋に集合な。急げよ」
「うん」
部屋につくと鍵を開けて鞄を玄関に抛り投げる。鍵を閉めて春樹屋に急ぐ。引っ越してきて半年、すっかりベテランのかぎっ子だ。僕だけじゃない、この村の子供はみんなかぎっ子だ。
春樹屋に行くと隆が先に来ていて、うまい棒二本とコーラを買っていた。
「冒険には非常食が必要だ」
僕も同じものを買って北山へ向かう。
僕らは研究所の車が通る道を避けて、北山の急斜面を一心不乱に頂上目指して登った。
「はあ、けっこう、きついな」
「そうだね、はあ、はあ」
「こりゃ明日筋肉痛かもな。ははは」
「ははは…」
「おい、あれ見ろ」
いきなり僕の笑いを遮り、一段声のトーンを下げて囁くように言う隆の顔は真剣で、僕は何事かと隆の指の先へ目線を向ける。
そこには僕らより少し年上だろうか、少女が一人座って花を見ていた。
「女の子、がどうしたんだよ」
「だってここは北山だぞ、それにあんな子村で見たことない」
そうだここは立ち入り禁止の北山なのだ、女の子がいるわけがない。そして確かに見たことがなかった。この村の子供は少ない、小中高合わせても百人いないのだ、それが毎日同じ校舎で学んでいるのだから今まで一度も見たことがないなんておかしい。
「どこから来たんだろ」
「さあ…うわっ」
いきなり少女がこっちを向いたので驚いた
「誰?清二さん?」
「おい、清二さんってお前の…」
清二は僕のお父さんの名前だ。でもどうして…
「ちがうのね?誰なの?」
「やあ、俺らは村の中学生さ、怪しいモンじゃない」
そういって隆が出て行ったので僕も後に続いた
「あの、きみはどこから来たの?父さんの知り合い?」
「…あそこから。それより中学生ってなに?父さんって?」
彼女が指差したのは研究所だった。ここからなら村がすべて見渡せた。
「あそこって研究所のことか?どういうことだ?お前名前は?」
「あ…えと…」
「やめろよ、一度に質問するから困ってるだろ。えっと、きみ名前は?」
「名前はCH-2000、貴方達の言う研究所で生まれたわ。私の質問に答えて、中学生と父さんについて詳細な情報を求めます」
「うえ、なんだこいつ。変なの」
「えと、中学生っていうのは中学校に通ってる子供のことで、中学校っていうのは…あ、あれのことだ よ」
僕が学校を指さすと彼女はそちらを向く
「あそこで何をしているんですか?それは父さんと関係ありますか?」
「おい、ほっとけよ。こいつおかしいぜ」
「中学校は勉強するところだよ。父さんは僕を生んで育ててくれた人で、名前は清二っていうんだ。さっき呼んでたけど知り合いなの?」
「では私と同じですね。清二さんは私のお父さんです」
「えっ…それはどういう…」
「俺もう帰るよ。こいつ気味悪いし、意味わかんね」
「清二さんは私を作っていろんなことを教えてくれました」
父さんが作った?どういうことだ?…まさか、僕は以前父さんの仕事について聞いたことがある。父さんは誰にも言うなよと言って教えてくれた。
確か父さんは火星に送る人型ロボット、アンドロイドを作っていると言っていた。
火星の状況をモニターで見て戦況を判断するのには限界があるらしく、人と同じように思考するロボットを火星に送りこむ計画だと言っていた。あれは父さんの冗談かと思ってた、それにまさかこんな見た目だとは…
「大丈夫ですか?お友達は帰ってしまいましたが」
「あ、うんごめん大丈夫。きみは…」
「おおーい、CH-2000!そろそろ戻るぞー!」
父さんの声だ…
「やばっ。もう帰らないと。父さんに見つかっちゃう」
「なぜです?清二さんはあなたのお父さんでしょう?」
「とにかくダメなんだ、僕がここに来たことは父さんには言わないで。それと、明日も会えないかな…ここで」
「わかりました、言いません。私はいつもここにいますからいつでも来てください」
「ありがとう。じゃあまた」
それから僕は全速力で家に帰って、玄関の鍵を閉めた。心臓がバクバクいってなかなか静まらなかった。
次の日から僕らは北山で頻繁に会うようになった。隆は気味悪がってあれから北山のことは一切話題に出さなくなった。
父さんの研究は完ぺきだった。彼女は時々わからないことについてしつこく質問してきたけどそれ以外はふつうだった。それだって幼児期の質問攻めと大差ないレベルで、単に彼女の見た目と知識量がちぐはぐなだけだと思う。
十一月最後の日、山には雪が積もっていたけど彼女に会いに行った、このころは彼女に会うのが日課になっていた。
「うーさむっ。そんな薄着で大丈夫なの?」
「私はその寒い、というのがよくわかりません。」
「他にも熱いや痛い、うれしいなどもよくわからないのです。それはどういったものなんですか?心とはなんですか?
「心は心だよ。意識、というか…。君にもあるだろ?今行動している自分を俯瞰して考えてる自分というか…」
「わかりません。私には行動しかありません。清二さんはそれで十分人間らしく振舞えると言っていました。入力に対して適切な出力を行えるのであれば、意識は必要ないと」
僕はショックだった。今まで話していたこいつには心がないという事実が、彼女がロボットである以上にそうだった。なまじ人間に見えるから、余計にそう思うのだろう。彼女は心がないということ以外は完ぺきに人間で、それがないことが決定的に人間じゃないと僕は感じた。
「ごめん、今日は帰る」
「そうですか、ではまた明日」
「うん…」
僕はうそつきだ、あれから十五年、一度も北山には上らなかった。
彼女に心がないというそれだけの理由で、あんなに毎日通っていた北山へ僕は行かなくなってしまった。しかし当時の僕にはその事実はとてつもないショックで、どうにも許しがたかった。
彼女はあの後一月に火星に向かって飛び立った。あの年、十五年に一度の火星大接近の年だった。
それからすぐに僕らは広島の街に帰ることになって、僕の罪悪感はいったんまぎれたけど、毎年この季節になると彼女を思いだし、後悔するのだ。心がどうした、彼女は紛れもなく人間で、大事な友達だったじゃないかと。
そして十五年経った今、再び火星大接近の年。今年は平年よりも寒く、五日も早い初雪だった。雪のかすかに積もる我が家の庭から、夜空に光る火星を見上げる。
赤錆だらけの真っ赤な見た目とは裏腹に彼女のいるその星は、平均気温マイナス四十度、最低気温マイナス百三十度。極寒の星でも彼女は寒さを感じない。
僕にはそれがいいことなのかどうなのか、判断できそうにない。




