人の顔が見えない、人の顔を窺う、そんな人。
事故に遭ってから、頭の具合が変わった。
人の顔が見えない。
正確に言うと、首から上が無い。
実際にはある。触れられるからだ。
なぜそうなったのか、まったく分からない。
原因も、治療法も分からない。
つまり、どうしようもない。
日常で顔が見えないというのは、初めは苦労した。
人の見分けがつきづらいし、
どんな顔をしているのか分からないから、
今の状態や感情も読めない。
しかし人は慣れるもので、
ひと月もすると、見えなくても、
特別気を張らなくても、
自然と会話ができるようになった。
最近になって、逆にこれでもいいと思うようになった。
私は人の顔色をうかがいすぎる癖があって、
そのせいか人との会話がうまくいかないことがよくあった。
しかし今、人の顔など分からないのだから、
気にすることも、うかがうこともしなくていい。
自分のことだけを考えていい。
ある日、
定期検診の際に医者に言われた。
「もうすぐ頭が治ります。
顔も見えるようになりますよ」
どうやら自然治癒で、治っていっていたようだった。
それは、
その事実は、
本当にまずい。
また人の顔を?
また戻るのか?
家に帰ってすぐに鏡の前に立った。
恐怖が滲んでいるのが分かる。
頭など戻らなくていい。
もう一度同じ衝撃を加えたら、
ずっと見えなくなるか?
いや、それでうっかり治ってしまったら取り返しがつかない。
では、いっそ目を潰せば?
悪くない。
見えてしまうのなら、
何も見えなくていい。
ハサミを手に取って、目に当てる。
鏡を見て、正確に目を潰せるようにする。
だが、
鏡の中には、私の首から上がなかった。
何度見てもない。
顔が見えない。
しばらくそれを見つめて、
そして、
ほっと、ため息をついた。
心から安心した。
どうしてかは分からない。




