死に際の魂。
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田舎のばあちゃんが倒れた。
近所のスーパーで買い物を終え店を出ようと荷物に手をかけた瞬間だったらしい
バタッと倒れて、それから意識がない
あしたはテスト2日目だったけど、いてもたってもいられなくなって俺は制服姿のまま電車に乗り込んだ
所持金5611円。
よし、ギリギリ行けそうだ。
病室に入ると顔面蒼白で祈りを捧げる伯父さん夫妻と父さんがいた。
俺に気付くと、来てくれたんだね、とか細い声をあげて部屋に招き入れる動きをした。
俺はゆっくりと足を進めた。疲れていたわけじゃない、こわかったんだ。生を、死を、鼓動を、こんなに近くで感じることなんて今までなかったから。
久しぶりに見るばぁちゃんは昔より太っていて、病気で浮腫んでいるのかと思ったが、体型が変化するくらいの長い間会いに来なかったのだなと思い知らされてしまった。
確か以前会ったときは中学生だったっけ。
僕は高校にあがるとやれ部活だ、やれ塾だ恋愛だと言って足を運ばずにいたのである。
こんなにも会ってなかったというのに、顔を見た刹那に色んな感情と記憶が湧き上がってきた。
訛りの強いばぁちゃん。俺、外国語と同じくらい聞き取りづらかったよ。
カラオケが好きで人のマイクをぶんどってまで歌うばぁちゃん。でもその不思議な笑顔でみんな許しちゃうんだよなぁ、
煮物作りが天下一品のばぁちゃん。ばぁちゃんの料理は山の幸が豊富な和食が多いから、俺、むかし好物のドリアが食いたいってばぁちゃんのこと困らせたことがあったね。
ばぁちゃんばぁちゃんばぁちゃん…
ばぁちゃんは俺のことどう思ってた?
顔も見せない、会っても会話が続かない、甘えてこない、そんな俺でも愛しく思ってくれていた?こんな孫でも会いたいって思ってくれていた?
ねぇ、ばぁちゃん…
不思議だな、と思った、
こんなに手は暖かいのに、まだ心臓は動いているのに、なのにそれだけだ
応えてくれない。
確かにここにいるのに、でも不思議とここにいないみたいな感じなんだ。
ガタガタという音がするもんだから、ふと窓にむけて顔をあげた
なんだあれ、
ものすごい速さで雲が流れていく
赤と青と白のコントラスト
動く水彩画かのようにその姿は綺麗で神々しくて少し恐ろしい
まるでどこかへ急いで向かっているみたいに雲は動き続ける
ふと、この雲と同じように、ばぁちゃんの魂も行き場を探してもがいているのかな、と思った
この死に際で生きるか楽になるか選択肢を決めかねているのだ。体だけを現世に残したまんまで。
そう思うと、頑張って生命を繋いで、といいたかったが言えなくなってしまった
ばぁちゃんは俺に言われるまでもなく、もうすでに頑張ってきた人だったから
だから、
魂が完全にあっちに行かない今のうちに伝えたいことを言わなくちゃいけない
ありがとう、って
大好きだよ、って
言わなくちゃいけないんだ
帰りに、伯父さんからレシートを貰った。ばぁちゃんが倒れてたときのレシート。
それを見て、俺、涙止まらなかった。電車の中で人がいっぱいいて目立つってのに、全っ然止まんないの。ばぁちゃんのことを思って泣いた。俺って幸せモンだって思って泣いた。ばかだなぁと少しはにかんで、でも泣いた。
隣の席の女の子が心配そうにみてる。やばい、恥ずかしい。
なんだろうって顔して覗きこんでくるから、クイズです、と言ってレシート渡した。
少しして女の子は閃いたように笑って言った。
「今日ドリア作られるのね?」
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