五章
太陽は随分と前に沈んでしまった。それでも河川敷に座り続けていた。
歩いていく人や流れていく川、それらを見ているうちに私は気づいたことがあった。葬式の中で他の皆が悲しむふりをしていたように思えたのは、きっと私の強い見当違いだった。
彼らはきっと恐れていたのだと思う。彼らの遠い思い出、その中にある彼の姿を塗り替えてしまうことを。
それも、私たちの首に掛けられた黒いネクタイとか、あるいは私たちの手に握られた数珠だとか、彼とは関係のないものによって。
いずれにしろ葬式の後、出席者の全員一様に笑えるのはひとえに彼という存在を、もっともらしい後悔とか悲しさとかそういったものと一緒に記憶しないためなのだろう。彼を後味よく忘れることが出来るからだろう。
そして、もう一つ確信に至ったことがある。
私が彼のことを嫌いになったのは、やはり特別な理由があった訳ではない。私は確かに彼のことを好ましく思っていた。だからこそ私はあの別れのあとに、彼のことをきっと嫌悪することになった。
私は次の再会で、これを汚してしまうことを恐れていたのだろう。これは葬式での人々と同じ心だ。
ただ、長い人生の中でその恐れも忘れてしまって、残ったものこそが嫌悪だった。
目の前には私のネクタイのような黒く艶ある豊川が流れている。
この川は海の方へと流れている。その水の一欠けらはきっとすぐに忘れてしまうようなことだ。ただ、私はそれだからこそ後味の良いものだとも思う。
一つの事実がある。次に見た時には、豊川は今日の姿とは全く違う川となっている。これは私が忘れようが覚えていようが変わらない。
対岸には幾つもの家々が並んでいる。その小さな家々の光も、同様に規則正しく並んでいる。その光が水面で僅かに揺れている。それを見ていると一際強い光があった。
対岸に再び目を向けると、車がその巨体を時折揺らしながら走っていく。
耳を澄ますと、走り去っていく車の音が聞こえたような気がする。しばらくするとそれも、夜闇の中に溶けて聞こえなくなってしまった。
鈴虫の鳴き声の隙間に、川の流れる涼やかな音が鼓膜を揺らす。風が小さな草を揺らす音を期待したが、不運にもここの草は短く切り揃えられている。
けれど涼しい風は吹いていた。汗で蒸れた首元を駆け抜けていく。涼やかさに心を躍らせた。
喉が渇いて、手に持ったペットボトルを見る。
元々炭酸飲料だったものは、炭酸が完全に抜けてしまって、ついに壁に張り付いた水滴ばかりとなっていた。それに多少の快さを感じた。
この夏の湿り気にも、葬式の後にも似つかない、そう思ってしまうような心だった。
この気持ちの良さに何か理由をつけようかと考えが浮かぶ。
その折に再び車の走る音が聞こえてきた。遠い轟に、私は家に帰ることを決めた。
(おわり)




