二章
小学生の夏休み、長い長い一学期がついに終わって私たちは念願の夏休みを満喫していた。
長い休みで、私は何にでもなれるような気分だった。
千円ぽっちの、今となってははした金というのも憚られるお金を、大層なものと考えていた。大金を持っているように震えた手で握りしめる。
そして、逸る気持ちのままで公園に走っていくのだ。これが私の夏休みの毎日だった。
夏の蒸し暑さは、今ときっと何も変わらないと思う。
ただ、背中を流れていく汗が快くて、アスファルトが涼しく思えた。
思えば、私にとってあの町は広い、私の一つの宇宙だった。
十分ほど走ってやっと辿り着いたのは一本の松が生え、それ以外にはなにも置かれていない公園だった。
以前はブランコもあったが、すぐに撤去されてしまった。私がもっと幼い幼稚園頃のことだったと思う。
今ブランコがあったことを示すのは、その名残のコンクリートのみである。だがそれを気にも留めず、木の根に腰を掛ける。
張り付いたシャツは身体を揺らす度に、身体から離れてまた張り付いてくる。その時に孕む涼やかな風が気持ちよくて、小さく鼻歌を歌ったと思う。
歌っていたのは学校で流行っていた童謡の下品な替え歌である。
そのようにして待っていると、やっと待ち人が現れた。ひとしである。
彼は短い髪を汗で張り付かせ、歩み寄ってきてから口を開いた。
「河川敷の方で、ヌートリアいるらしいぜ。見に行こう」
「ヌートリアって何」と、知らない言葉に戸惑う。
立ち上がるとひとしはすぐに答えた。「でっかいネズミ」
大きなネズミのどこに魅力があるのかが私にはわからなかった。
ネズミなんてものは探せば見つけることもできるが、わざわざ探すものでもないという印象である。
ただ拒否するのもどうかと思って、走り出したひとしの背中を追う。
彼は私よりも足が速かった。そのため段々と開いていく距離に焦って、声を張り上げた。
「待って、ちょっと疲れたから」
十メートルほど離れた位置にいたひとしは、こちらを振り返る。
彼の着ていた茶色のシャツは汗を吸い過ぎたのだろう、全く靡くことはなかった。
「遅いぞー」と間延びした声で呼びかけられても、私はこれ以上走れそうにはなかった。
ごめん、ごめんと平謝りをしながら、少ししゃがみ込む。
喉が渇いて、咄嗟にポケットに入れた千円札を取り出すと、汗で濡れてしまってグズグズになったそれはすぐに崩れてしまいそうだった。
ただ思ったよりも札は丈夫で、近くにあった自販機に入れることができた。
百五十円の安めの炭酸ジュースを買って、直ぐに口をつける。
ピリピリとした痛みに顔を顰めながらも飲み込む。喉の奥を駆け抜ける爽快さや口内に残る少しの痛みが私は好きだった。
「それ美味しいの、お前いつも飲んでるけど」と、ひとしは問いかけてくる。
美味しいのかと言えば、きっと美味しくなかったと思う。
味はどこまでも甘くて、少し変な苦みがある。
大学生の頃に飲んだのが最後だが、あれほど不味かった記憶はない。今はちょっとだけ苦手だ。
ただ、当時はその気色の悪い甘さが好きで、頷いたのだと思う。
「ちょっと頂戴」と、ひとしは図々しくお願いをしてくる。
「ええ、嫌だよ。飲みたければ自分で買いなよ」と、なけなしの財産で買ったものを無償でやるのは嫌なために、拒否することにした。
「ねっ、お願いだから」と、ひとしはその後も粘り続けて、遂には私が折れることになった。
けれど、全く彼にジュースをやりたくはなくって、ペットボトルのキャップにジュースを注いで彼に渡した。
何ともくだらない抵抗だが、ひとしは文句を言わずにそれを飲み干して一言「何か変な味」と感想を言ってから、すぐに歩き出してしまった。
何だか適当な反応だ、と反感を抱きながらも彼のあとを追う。
思うに、私はひとしに私の好みを理解してほしかった。
彼に私を知ってほしかったのだ。
この腹の奥底で炭酸が弾けるときと似通った感覚は今でも時々感じることがある。
でも、どうしても慣れそうにはない。
「ねえ、ヌートリアってどんなネズミなの」と、巨大なドブネズミを想像しながら問いかける。名前が違うのだから、見た目も違うだろうという短絡的な考えからだった。
「確か茶色いビーバーみたいなやつだよ」と、ひとしの言葉にその姿を想像してみる。
すると、どうにも可笑しな姿を想像してしまった。
この時私が想像したのはやはり巨大な茶色いドブネズミである。
ヌートリアを捕まえてやろう、という心意気で遂には河川敷まで辿り着いた。
河川敷はだいぶ草が伸びていて、私たちの胸ほどあった。
その中には鋭いススキやアシが混じっているのが見えた。
この河川敷は一級河川の長良川の辺りに作られている。
長良川の夏と言えば花火だろう。ただ、そのための草刈りは全く行われていない様子だ。
まだ少し時間があるとはいえ間に合うのかと不思議だった。
「出てこいヌートリア」だなんて言いながら、ひとしは高い草の中へと飛び込んでいった。彼の通った後は草が倒れ、所謂獣道みたいなものが出来あっている。
私も彼に続こうと思ったのだが、鋭い草に少し躊躇ってから、遅れて彼の進んだ道に付いて行った。
河川敷はとても広く、この中からネズミを見つけるのは難しいだろうと思えたが、口を噤んだ。
それから随分と探している中で、結局私たちはヌートリアを見つけることは叶わかった。
毛の一本すら見つけられないことに、意気消沈したかもしれない。
けれども、何時から放置されているのかも分からない軟式の野球ボールを見つけることができた。
できる限り服や靴に張り付いた草を投げ捨て、私たちは互いにボールを投げあった。
これを所謂キャッチボールと言うのだろうが、グローブを持たない私たちは手の痛みを我慢しながら、確かに楽しんでいた。
長良川の豊かな水はゆっくりと流れている。
夕陽を反射させ、時折それが私の目を痛めつけた。
その光の中にボールは溶けてしまって、いつの間にかその行方を分からなくしてしまった。
もしや川に流してしまったのではないか、と考えて私たちは川へと駆け寄った。
「見つかんね」と、ひとしは少し面倒そうに川をのぞき込んでいる。
私はこの時のひとしの姿をよく覚えている。
茶色の服は汗と砂でとても汚らしかった。そして、服から出た肌には幾つもの切り傷が見えた。
ふと、自身の身体を見渡してみると、同様に私も砂まみれになっている。
シャツの部分に至っては私の血だろう。赤い染みが淡く滲んでいた。
特に何か特別なことがあった訳ではないが、遊び道具を失った私たちは自然に解散する流れになった。
またね、と手を振ったあとに一人で夕暮れの中を歩いた。
この時の心を言えば寂しかったと思う。蝉の声に暑さを感じて、私は小走りで家に帰った。
家で私に待っていたことは、小さな叱責だった。
私の皮膚に出来た数々の切り傷に驚いたのだろう。
母はあたふたとして消毒をしてきた。その快い痛みは確かに記憶にある。
思うに私はこの生活のことを心の底から愛していた。
友との遊びも、その帰りの静かで寂しい帰り道も平々凡々な生活だ。
でもこの生活こそが私の人生の全てであった。
すると、これらの堆積によって、私はこのような人間に育ってしまったのだろう。
こう考えると、妙に恥ずかしい思いに満たされてくる。
いや、あのような生活だからこそこのように育ってしまったのだろう。
私に残された青色の思い出の数々を、もはや取りにいけないほど遠い所へと置いてきてしまった。
その為に、陽炎の中にありえない再会を望んだのかもしれない。




