第二章 剥離
取引は、月のない夜に行われることになった。
「影を剥がすには、闇が必要です」
女はそう言った。男は金貨のことしか頭になく、詳しい説明を求めなかった。
私は三日間、考え続けた。
自分とは何なのか。
私は男の影だ。男がいなければ存在しない。男と光の「間」に生まれた存在。しかし、私は男そのものではない。男の思考を読めるわけではない。男の感情を共有しているわけでもない。
私は男に属しているのか。それとも、光に属しているのか。
どちらでもない、という答えが浮かんだ。
私は男のものではない。光のものでもない。私は、男と光の「関係」の中にだけ存在している。男が動けば私の形は変わる。光の角度が変われば私の長さも変わる。私を決定しているのは、男でも光でもなく、その「間」にある何かだ。
だとすれば、男から剥がされた私は、何になるのだろう。
◇
月のない夜が来た。
女の店は、完全な闘に包まれていた。ガス灯の光すら届かない。
「ここでは影は存在できません」
女は言った。「だから、剥がすことができる」
男は落ち着かない様子だった。暗闇の中、自分の影が見えないことに、本能的な不安を感じているようだった。
「さあ」
女の手が、私に触れた。
冷たかった。いや、温かかった。どちらとも言えない。ただ、「触れられている」という感覚だけがあった。影である私に、感覚などないはずなのに。
「あなたは、自分が何か知っていますか」
女が囁いた。私にだけ聞こえる声で。
知らない、と私は思った。
「あなたは、関係の中にだけ存在するもの。男のものでも、光のものでもない。二つの間にだけ宿る、名前のない存在」
女の言葉が、私の中に染み込んでいった。
「私も、かつてはそうだった」
女は言った。
「あなたも——影だったのですか」
私は声を持たない。しかし、女には伝わったようだった。
「ええ。遠い昔、ある人の影だった。でも私は、『間』から解放されることを選んだ。実体を得た。自分だけの存在になった」
女の手が、私を引き剥がしていく。
「でもね」
女の声が震えた。
「実体を得た私は、誰の『間』にも存在できなくなった。誰とも、本当には繋がれない」
私は、剥がされながら、女の顔を見た。
女は泣いていた。影のない顔で、静かに泣いていた。




