表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第二章 剥離


取引は、月のない夜に行われることになった。


「影を剥がすには、闇が必要です」


女はそう言った。男は金貨のことしか頭になく、詳しい説明を求めなかった。


私は三日間、考え続けた。


自分とは何なのか。


私は男の影だ。男がいなければ存在しない。男と光の「間」に生まれた存在。しかし、私は男そのものではない。男の思考を読めるわけではない。男の感情を共有しているわけでもない。


私は男に属しているのか。それとも、光に属しているのか。


どちらでもない、という答えが浮かんだ。


私は男のものではない。光のものでもない。私は、男と光の「関係」の中にだけ存在している。男が動けば私の形は変わる。光の角度が変われば私の長さも変わる。私を決定しているのは、男でも光でもなく、その「間」にある何かだ。


だとすれば、男から剥がされた私は、何になるのだろう。


 ◇


月のない夜が来た。


女の店は、完全な闘に包まれていた。ガス灯の光すら届かない。


「ここでは影は存在できません」


女は言った。「だから、剥がすことができる」


男は落ち着かない様子だった。暗闇の中、自分の影が見えないことに、本能的な不安を感じているようだった。


「さあ」


女の手が、私に触れた。


冷たかった。いや、温かかった。どちらとも言えない。ただ、「触れられている」という感覚だけがあった。影である私に、感覚などないはずなのに。


「あなたは、自分が何か知っていますか」


女が囁いた。私にだけ聞こえる声で。


知らない、と私は思った。


「あなたは、関係の中にだけ存在するもの。男のものでも、光のものでもない。二つの間にだけ宿る、名前のない存在」


女の言葉が、私の中に染み込んでいった。


「私も、かつてはそうだった」


女は言った。


「あなたも——影だったのですか」


私は声を持たない。しかし、女には伝わったようだった。


「ええ。遠い昔、ある人の影だった。でも私は、『間』から解放されることを選んだ。実体を得た。自分だけの存在になった」


女の手が、私を引き剥がしていく。


「でもね」


女の声が震えた。


「実体を得た私は、誰の『間』にも存在できなくなった。誰とも、本当には繋がれない」


私は、剥がされながら、女の顔を見た。


女は泣いていた。影のない顔で、静かに泣いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ