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【短編小説】配達先は

掲載日:2025/12/27

 インターホンを押したが反応が無い。

 何度か声をかけてみたが返事も無い。ドアを軽くノックしてみる。

「すみません、お荷物をお届けに上がりました」

 とりあえずで声をかける。

 しばらく待つが、中からは何の物音も聞こえない。



 ──帰ろうか。

 トイレだとかシャワーだとか、後はセックスしてたとか色々あって即座に応えられない事は誰にだってある。

 だからすぐに帰ると苦情を言われる。

 しかし次の配達に遅れても苦情を言われる。早く行っても文句を言われる。

 世界はクソだ。

 労働はもっとクソだ。


 配達の仕事においては集合住宅が最低のクソだ。

 そもそも家に上がってまで配達する義務は無い。それは契約外だ。

 本来なら俺は敷地の入り口で配達先の人間(この際、受け取ってくれるなら犬でも猫でも何でもいい)が玄関から出てくるのを待ち、荷物を受け渡して控にサインを貰う。

 そこまでが仕事だ。

 それが仕事だ。

 だけど誰もマンションの下まで降りて来ない。当たり前みたいに部屋の玄関まで持って来させる。

 そうして平気で部屋にいなかったりする。

 人間はクソだ。



 いま俺が立っているのは一軒家であった。

 小さな門があり、猫の額ほどの庭……とも呼べないくらい狭いスペースの先に階段がある。

 その階段を上がると、小ぢんまりとした二階建ての一軒家となっている。

 インターホンがゴソゴソと音を立てた。

「いまちょっと身重で、主人も居ませんで。本当にすみませんが、玄関まで持ってきては頂けませんか」

 狭い庭先の門についたインターホンは、妙に湿度のある、いかにも奥方と言う感じの声でそう言った。


 疲労の隙間に入り込む春情そのものみたいな声だった。

 ──何も大それた期待をした訳じゃない。

 アダルトビデオとは違う。

 そのまま上がって何かある、なんて考えただけで鼻がくすぐったい。

 ただ美しい声のひとを一眼見たい。

 それで良い。

 俺はとにかく疲れていた。

 その疲れが少しでも軽くなればいい。自分の裁量で荷物を持ってそこまで階段をいくつか登る、それだけだ。

 仕事の契約には無い。

 だが、それでいい。

 良いことの少ないこの仕事で、それくらいのことはあっても良いだろう。



 玄関まで荷物を持ってあがった。

 ドアをノックしようとした瞬間に、ドアがガチャリと音を立てた。だが解錠された音が聞こえただけで、開くことはなかった。

 おれは少し待ってから「荷物をお届けにあがりました」と声を掛けた。

 反応は無い。



 ──身重だ、と言っていたな。

 何かあったのだろうか。

 俺は荷物を床に置いて声をかけた。

「失礼します」

 半開きのドアを引くと、思ったより遥かに軽かった。



 中を覗く。

 ──何も無い。

 そんな馬鹿な。

 おれは思わず一歩引き下がり家屋そのものを見上げた。

 家は、そこに建っていた。

 再びドアを開けて中を覗く。

 ──やはり何も無い。

 家具と呼べるものが何も無かった。生活感と言うものが無い、廃墟のような空間が広がっていた。



 全身に厭な汗が噴き出る。

 これ以上ここに居るべきではない。荷物を持って帰るべきだ。

 その時は不在票か、届け先不明か。

 ──仕事なんて忘れてしまえ!

 俺がドアから手を離した瞬間、足元の荷物がガタリと動いた。



 ドアを閉める手が止まる。

 足元の荷物に目を落とす。

 荷物が再び揺れた。

 何かが俺の手首を掴んだ。

 見ると閉じかけたドアの隙間から白い手が伸びている。

 足元の荷物がひときわ大きく揺れた。

 それは俺を笑っているようだった。

 俺は今日からここで暮らすのだと悟った。

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