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畳みかけられた出来事の数々に、思考も心も追いつかない。
午後の授業は、ほとんど頭に入らなかった。
ミスコンのことさえ、どこかへ消えてしまっていた。
ただひたすら、響兄ちゃんと——
まだ会ったこともない、ジローさんのお兄さんに思いを巡らせて。
放課後、屋台の看板に焼きそばの絵を描く作業をしていたはずなのに、完成したそれはなぜか、もじゃもじゃのアフロ頭のおじさんになってたりで。
集中力散漫もいいとこだ。
作業は終始グダグダ。ひどい出来だった。
その日の作業が終わったのは、夕方六時半を少し回った頃。
後片付けをして、みんなで校門まで一緒に帰って別れた後、私はまずお母さんに電話して「友達と晩ご飯を食べてくる」と伝えた。
それから、飛野さんに電話をかける。
呼び出し音が鳴っている間、やたらドキドキしちゃって、『ドッキリだよ~ん』なんて言われたらどうしようとか考えちゃったりして。
でも、
『おー、終わったのか?お疲れさん』
電話に出てくれた飛野さんは、いたって普通だった。少し明るめの声が、妙に安心させてくれる。
「えっと……あの、私どうしたら……」
『校門出たとこで待っててくれねえか?そこまで行くから』
「あ、はい」
通話を終えて、ふうっと息を吐く。
胸に手を当てると、速まる鼓動がはっきり伝わってきた。
不安だった。
何もかもが初めてで、心の準備なんて全然できていない。
日が傾き、辺りに少しずつ闇が降りてくる。
校舎もグランドも暗い影に包まれ、下校する生徒もまばらだった。
そわそわしながら待っていると、右手の方から、ゆっくりと近づいてくる車が目に入った。
ヘッドライトが、薄闇の中から私を照らし出す。
黒くて、やけにスマートな車。
通り過ぎるだろうと思っていた怪しげなその車は、校門前に立つ私の真正面で、スッと停車した。
全面スモーク張りのせいで、窓からは中が窺えない。
めちゃくちゃ不審……というか、危なそうな車。
な、なに?なんでここに停まるの!?
恐いんだけど!?
内心ビクビクしていると、ウィンドウが静かに下がった。
運転席の人物の顔が、見える。
「乗って」
いかにも高級そうな、黒塗りの車を運転していたのは──
飛野さんだった。
まさか車で迎えに来るだなんて、想像もしていなかった。
てくてく歩いてくんだって、勝手に決めつけていたから。
私の中の時間が、ぴたりと止まる。
私服に着替えた飛野さんは、大人の色気がムンムンだった。
もともと大人っぽいから、制服を脱ぐととても高校生には見えない。
しかも車のハンドルを握っているものだから、余計に。
「花鳥、乗ってくんねえかな」
ぼーっと飛野さんに見惚れていると、飛野さんが苦笑しながら声をかけてきた。
慌てて乗り込もうとして、助手席か後部座席かで迷っていると、「好きなほうでいいよ」と助け船を出してくれた。
助手席は、なんだか畏れ多くて。
私なんかが座っていい場所じゃない気がして、後部座席に回った。
黒革のシートは「わぁ」なんて声が漏れちゃうくらい、座り心地がいい。
無駄を削ぎ落としたような、シックで上品な内装。
ほんのりとレザーの香りが漂う。
高そうなこの車は何というか……う、裏の世界の方々がご使用になられるような風格を纏っていた。
これ、飛野さんの車なんだろうか。
いったい何者なの!?
と、内心訝しんでいると、
「俺の車じゃねえよ」
可笑しそうに、飛野さんが言った。
つくづく私は顔に出やすいらしい。
じゃあ、誰の車なんだろう──
そんな疑問を抱える私をよそに、車は静かに走り出した。




