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「もも、帰ったらゆっくり話しましょう」というお母さんのセリフも、右から左へと筒抜けていく。



どんよりと暗い気分で、顔を洗い歯を磨き、髪をブラッシングして自分の部屋へ向かった。



外から「ももちゃ~んまだぁ?俺待ちくたびれて死んじゃう~蒸発しちゃう~干からびちゃう~」と、耳障りな声が聞こえてきた。


窓を開けてみると、ハイジが家の前でヤンキー座りして、二階の私の部屋を見上げていた。



「あんた少しは黙ってられないの?近所迷惑でしょーが!!」


「お前よ~、まぁだ着替えてねえの?いつまで待たせんの?お着替え手伝ってやろうか?」


「いらんわ!!」


「なにカリカリしてんだよ。あ、さてはお前アレか!アレの日なんだろ、セーリだろ!!」


「!!」



くっ……お、大声で何てことを……!!

ご近所さんに丸聞こえだろうが!!



沸き上がってくる殺意と怒りに、握った拳が震える。



しかしヤツを殺して人生台無しにするなんてもったいないと思い直し、私は窓を閉めた。



とっとと着替えて出て行けば済む話だ。



なんて散々な朝なんだろう……アイツ何のために私の家に来たんだろう……。



ハイジと学校に行くのに、何か意味があるの?

そうじゃなきゃ、授業サボりまくってるアイツがこんな早朝から行くはずがない。



何を企んでるの……?




「お、やっと出てきたか」


「……」




早着替え名人もビックリの速さで制服に着替えると、玄関のドアを開けて、ハイジのところに嫌々ながらも歩いていく。



私を見ると、ハイジはヤンキー座りをやめて「よっこらしょ」と立ち上がった。



「お前があんまり遅えから犬の散歩してたじーちゃんに挨拶したら、じーちゃん驚いて入れ歯噴き出しちゃってよォ。気の毒なことしちまったな〜」


「……疫病神ね、あんた」


「何でだよ、こんなイイ男と並んで歩けるんだ。ラッキーだろーが」


「アンラッキーよ。実に不愉快だわハイジくん」


「可愛くねえなぁももちゃん。そんなんだから男にモテねえんだよ。つか、お前髪ボサボサ」


「えっ、ちゃんとといたのに!」



きっと雑に着替えたからだ。

髪の毛がまた爆発してしまったらしい。


ハイジの指摘に手グシで直そうと私が頭に手をやる前に、スッとヤツの手が顔に伸びてきた。



ビクッと反射的に肩が跳ねて、身を竦めてしまう。



ハイジは私よりもずっと長くて骨張った指で、髪の毛を梳いて整えてくれた。


割れ物に触れるように優しく扱ってくれるのが、なんだかこそばゆくてむずむずする。


髪の毛を男の人に触られるのって、どこか恥ずかしい。たとえ相手がハイジであっても。


狭まった距離のせいで、ハイジがぐっと近くなる。



私の目線は、ハイジの胸辺り。


これがヤツと私の身長差。

改めて、背高いなと思った。



首を上に向けなければ、目が合わない。



私が見上げれば、ヤツは口の端をニィっと吊り上げた。




「俺にドキドキしちゃった?ももちゃん」


「っ、!な、何言ってんの、そんなわけないじゃん!!イライラはするけどね!!」


「赤くなっちゃって。そーいうとこは可愛いよ」




なんだろう、ヤツのこの余裕ぶった態度……!!



コイツ、人をからかうのが趣味なんだろうか。



悔しい……けど、言い返せない。


ほんの、ほんの一瞬だけドキッとしたのは事実だから。


でもそれは男に慣れてないだけで、別にハイジを意識したわけじゃないし!



今日は太陽が空で輝いて、いい天気だっていうのに。


「行こーぜお姫さま」と歩き出したハイジの後を、私は天候とは反対に晴れない気分で、とぼとぼとついていった。




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