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「ジローさん、私……」
でも、本当に?
本当にこんなことで、ジローさんが私なんかの言うことを聞いてくれるの?
だって……、あの白鷹次郎なのに。
私の瞳に映っているこの人は、誰もがその名を口にしない日がないほどに絶大な影響力を持つ人。
頂点に立っている人、なのに。
一般庶民の私じゃいくら頑張ったって、手の届かないところにいる人なのに。
すっかりジローさんの数々のアンビリーバボー発言に惑わされて忘れていたけれど、彼はそういう人だった。
だとしても。
私に見せてくれる一面も、彼の一面。
偶然にも彼の愛犬に似ていたというだけで、私はジローさんの視界に入れてもらうことができた。
望んだことじゃなかったとしても、今はそれが現実だから。
だったら、きっと……
「な、な、なな……」
い、言うのよもも!!
何を躊躇ってるのよ!!
『ももちゃん!』
小春の、あの可愛い笑顔が私の心に浮かぶ。
大好きな、小春。
ジローさんを連れて戻るって、約束した。
「舐めます!!私、ジローさんを舐めますから!!だから……!!」
思い切って、私は賭けにでた。
直後、周りのおにーさん達が「ゲホッ、ゴホッ!!」とむせているのが多少気にはなったけど、それよりもジローさんの反応のほうが気になる。
これしか、ない。
ジローさんにどうにかしてもらうには、これしかないんだ。
ちらりとタイガの方を盗み見てみると、ヤツは口元を手で覆って俯いていた。そして、微かに肩を震わせていた。
コイツ……
笑いをこらえてやがる!!
え、違った!?こういうことじゃなかったの!?
ねぇ、私もしかして究極の過ちを犯してしまったの!?
タイガが言ってた“得”って、これじゃないの!!?
待ってよ、違ってたら私……とんでもないことを口走ってしまったんじゃ……!!
自ら『舐める』発言してしまったじゃんかよおお!!
まさか、騙され……た?
大げさじゃなく本気で、火を噴きそうなくらい顔が熱い。ありえない。
穴があったらダイビングして、一生引きこもっておきたい。
墓穴を掘り、耳どころじゃなく首まで真っ赤になって床に座る私には、もうジローさんに顔を上げることなんてできなかった。
目に映るのは、教室の床の木目だけ。
サイテー……タイガってほんとにサイテー!!
こんな時に、普通嘘つく!?
ちょっとでもいい人じゃんなんて思った私が、バカだった!!
半分墓穴に足を突っこみかけていると、すっとジローさんの動く気配がした。
下を眺めるしかない私には、彼がどんな行動に出るのか全然予測不能。
「ナメてんのかてめえ」なんて言われようもんなら、「いえ舐めるのはこれからです」としか答えようがない。
バクバク波打っている心臓の音が頭に木霊して、半パニック状態に陥っていると、視界にジローさんの足が映りこんできた。
圧力でもかけられているかのように重たい顔を持ち上げれば、私の正面でヤンキー座りしているジローさんと目線が一緒でバッチリ目が合った。
真ん前にいるから、距離なんてほとんど無いに等しい。近すぎる。
無感情なその顔は、精巧に作られた人形みたいに綺麗だった。
目を逸らすことは、彼の前では許されない。
形の良い唇が、開かれようとしていた。
死の宣告をされるに違いない。
そう思った私は腹をくくって手を握り締め、次に彼の口から発せられる言葉を待った。




