3
「ジローさん、私の名前……花鳥ももっていうんです」
遅ればせながら……ってほんとに今さらなんだけど、もの凄く順番を間違っている気がするけれど、ジローさんに本名を打ち明けてみた。
だって未来永劫、「タマ」としてジローさんの記憶に刻まれるのはちょっと……いや、かなり嫌すぎる。
「タマになんで別の名前があるんだよ。誰がつけたんだ。俺に無断で、他の名前つけられてんじゃねえよ」
やっぱりね。そうくると思ったんだ。
あくまでもあなたの中では、「タマ」が先なんですね。
わかってたけど、こうもどんぴしゃで返されると諦めもつくというか。
名前をジローさんに覚えてもらおうなんて無謀な挑戦は、やめておこうと思わされた。
一回くらいは……本当の名前で呼んでほしいんだけどね。
コンクリートの壁に背を預け、長い足を投げ出して座るジローさん。
その横で、私も壁にもたれて立っていた。
制服のポケットからタバコの箱を取り出し一本抜くと、ジローさんはそれをくわえてライターで火を点けた。
その一連の動作に、自分でも無意識のうちに魅入ってしまっていた。
彼の長い指や、タバコを吸う時の仕草や表情が……見惚れるほどに色っぽいから。
うちのお父さんだって家で吸ってるけど、そんなの一度も思ったことないし煙たいし臭いし、禁煙すれば、少ないと嘆いているお小遣いもほんのちょっとは増えるだろうに。ぐらいしか、感じたことない。
お父さんだけじゃない。
街中や駅や色んな場所で男の人が喫煙する場面に出くわすけれど、目を惹かれるのなんて、ジローさんだけだ。
どうして同じ男の人なのに、こうも違うんだろう。
どうしてジローさん……こんなに、綺麗なんだろう。
誰もが羨むような美貌を持ってるのに……なんで女の子が嫌いなの?
一瞬、口をついて出てしまいそうになった疑問。
だけど聞いちゃダメだ。
だってそれがジローさんにとって触れられたくないことだったら、私はとんでもない無神経女になってしまう。
私なんかが、興味本位で踏み込んじゃいけないことなのかもしれない。
でも、でもね。私がジローさんの女嫌いを治すんでしょ?いや、まあできるかどうかは別として。
なぜそうなったのか、理由がわからないとどうやって治したらいいか見当もつかない。
ハイジは何も言ってくれなかったし、今のままで……ジローさんの亡くなったペットの代わりとして彼と一緒にいて、ただそれだけで何かが変わるんだろうか。
確かにジローさんは顔を赤くすることもなく鼻血を出すこともなく、私と話してくれるし手をつないでくれる。
けど、それって私を「女」としてじゃなく「犬」として見ているからできることであって、彼の女嫌いを治すなら「女」として接しないと意味なくない!?
っていうか、私、どうやったらジローさんに「人間の女」として見てもらえるの!?
……いっそ、すっぽんぽんで迫ってみるとか?
できねええええ!!痴女じゃん露出狂じゃん私の方がド変態じゃん!!!
ジローさんを押し倒すのもムリなのに、そんな高等テクは私みたいな色気皆無な凡人にゃ一生かかってもできっこない!!
「タマ」
一人で頭を抱えて悶絶していると、名前を呼ばれてジローさんが私を見上げていた。
「は、はい」
「こっち来いよ」
急にぐいっと腕を掴まれて引っ張られ、抵抗する間もなく私はジローさんの足の間に座らされた。
「ちょ、ちょっと」
「何だよ」
「近いです……!」
「だから?」
離れようとしたって後ろからジローさんの腕が体に巻きついてきて、逆に密着する体勢になってしまった。
背中から伝わる、ジローさんの温もり。
背後からぎゅって抱き締められて、ありえないくらい心臓が暴れている。
ほんとこの人って唐突すぎる……!!男の人に耐性のない私には、パニックの嵐!!
ジローさんじゃなくて私の方が、トマトみたいに顔が真っ赤っかになってるよ……。
この座り方って、カップルだったらまさに憧れだけれども……私、ペットだし……。
虚しくなるのは、なぜ?




