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「………」
「………」
……。
「うおおぉお!?何じゃこりゃっ!!!」
そりゃこっちのセリフだよ!!
「……可愛い趣味だね」
キティちゃん好きな男の人もいるし、ね。
「ちげーよ!これはこないだ遊んだ女の……いや、まぁとにかく俺のじゃねえ!!」
「いいよ、別に恥ずかしがらなくても」
「お前何ニヤニヤしてんだ、シメられてえか」
込み上げる笑いを抑える私に、少し赤くなりながら緑が凄んでくる。
でも、全然怖くなかった。
「ったく、チョーシ狂うな。……泣きやんでくれたからいいけどよ」
はぁっと一つため息をついて、緑はまた新しいタバコに火をつけた。さっきのタバコの吸殻が彼の足元に転がっている。
そうだ……いつの間にか、涙は止まっていた。
私、笑ってた。ほんのちょっとだけ、温かい気持ちになれた。
「お前、名前は?」
ゆっくり煙を吐き出して、緑が私に視線を向ける。
その顔は今までと違って、真面目だった。
「……教えない」
「あぁ?」
途端に顔をしかめる緑。
そ、そんな顔されると怖いんですが……。
「教えねえとストーカーしちゃうよ~、俺の仲間連れて」
…………。
絶対やだ。
この人の仲間なんて、確実に同じような雰囲気の人たちだよね。
そんな連中に、ぞろぞろ囲まれる自分を想像してみた。
「……花鳥もも」
結局脅迫まがいの緑の発言に負けて、教えてしまった。
「もも?けっこう可愛い名前じゃねーか」
そうだよ、名前だけは昔からよく「可愛い~」って言われてた。名前だけね。
他に褒められるとこないからさ。
「あなたは?」
「ん?お前……この俺を知らねえのか!!」
「えっ、し、知らないけど……」
いや、うん、知らないでしょうよ普通。
会ったことないんだし。
でもやけに自信満々な言い方だなあ。
「あーどうりで反応が薄いと思ったんだよな~。くそ、俺もまだジローちゃんほど有名にはなってねえのか~」
え、何?この人有名なの!?
まぁ髪の毛緑だし目立つけど、校内で見たことない。
っていうか16歳って、同じ学年なんだろうか。
「灰次だ、風切 灰次」
「ハイジ……」
なんて……メルヘンな名前なの。
「おいお前、今アルプスを想像しただろう」
「ふへっ!?あ、いえ……」
「嘘つけ。言っとくけどな、俺はでけえ犬もヤギも飼ってねえし、おじーさんとも暮らしてねえからな」
やだ、もうそのイメージしか浮かんでこない……!!
わ、笑っちゃダメよ!でも、こんな大きい男の子が、ハイジ……!
「ぷっ」
「てめえぶっ殺す!!」
「あわわわわ!ごご、ごめんなさいっ!!!!」
それからなんとかハイジをなだめて、どうにか機嫌を直してもらった。
……疲れる。
失恋したのに。フラれたのに。
なんで私がこんなに気を遣わないといけないんだろう。
もう帰ろ。
「じゃ、私そろそろ帰るから……」
よくわからないけど、ハイジと関わるとロクなことなさそうだから、逃げようと思った。
「ちょっと待て」
止められた。
「……何?」
屋上のドアノブに手をかけたまま振り返ると、ハイジは真っ直ぐに──真剣な目で私を見ていた。
何なんだろう、私に何の用が!?
「お前、悔しくねーのか」
「……え?」
ドキッと一回、心臓が跳ねた。
ハイジの声も、真剣そのものだったから。
「あんなこと言われて、悔しくねーのかよ。見返そうと思わねえのか」
「……」
甦る、さっきの田川と本城さんのセリフ。
思い出したら腹が立つけど、それ以上に惨めになるからもう、忘れたかった。
「いいんだよ、もう……終わったことだし。私がブスなのは本当のことだし」
掘り返さないでよ、せっかくちょっと心の傷がマシになってきたのに。
「ダメだ。俺がスッキリしねえ」
「は!?」
何ですと!なんでそこでハイジが出てくんの!?
「ちょ、ちょっと待ってよ!関係ないじゃんハイジには!」
「いーや、あるね。俺とお前はもう、関係を持っちまったじゃねえか」
な、なんか言い方がやらしい!!……じゃなくて、何考えてんだろ……。
「まさか、リンチとかやめてね……?」
「バーカ、んなことしてもつまんねえだろーが。お前がやんだよ」
まったくもって意味がわかりません、ハイジさん。
怪訝な顔をしている私に、ハイジはニッと不適な笑みを浮かべてみせた。
もんのすごく嫌な予感が……。
「もも、俺がお前の人生変えてやる」
びしっと私を指差す、何だかやる気満々な緑頭のおにーさん。
「イヤですごめんなさい」
とりあえず丁重に、お断りしておいた。
「即答かオイ。──あ、待て逃げんなコラ!!」
ここは逃げるが勝ちだ!!
急いでドアを開けると、私は屋上から走って逃げた。
「明日昼休み、屋上で待ってっからな!!こねえと、意地でも探し出してさらいに行くからな!!!」
さ、さらうって何!?校内で誘拐事件って、どんだけ!!
悪魔の声が後ろから聞こえた気がしたけど、無視して階段を急ピッチで降りた。
さらばハイジ。




