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交わる視線に、顔が熱い。
ドキドキが加速して、早くぅ~と胸の中でジローさんを急かしていた。
カッコよすぎる彼とそんなに長くも見つめ合っていられず、目を逸らそうとした時だった。
「おて」
と、ジローさんが言った。
……おて?
真面目な顔でジローさんは右の手の平を上に向け、私の前にずいっと差し出してきた。
こ、これは!!このポーズは!!!
まさしく“あの”ポーズなんですねジローさん!!私にそれを要求するんですね!?
犬ならば、みんな教え込まれる基本技を……!!
私は凄まじく悩んだ。
これは、従ったほうがいいのか。
いやしかし私は仮にも、人間じゃないか。
いいのか花鳥もも!!
人間としてのプライドを捨てて、本物の犬になってしまっていいのかっ!!!
でもでも……ジローさんの眼差しが「早くしねえかてめえ」と言わんばかりに、尖っている。
きっとタマちゃんはちゃんと「おて」をしていたんだろうし、先輩に従順だったに違いない!!
今ここで言うことを聞いてこの場を切り抜けるか、拒否して何をされるかわからない恐怖を味わうか。
答えは決まってる。
従うべきだ。
結論を出すのに、一秒とかからなかった。
というか、首輪してる時点でもう人間捨てちゃってんじゃんよ。
決心して、私はジローさんの手の平にちょこんと、丸めた自分の手を置いた。
なんだか気恥ずかしくて俯きつつも、そーっと彼に視線だけを上げた。
ジローさんの目からはさっきまでの刺々しさがなくなっていて、優しく細められていた。
「いいコ」
囁くように、紡がれた言葉。
そしてジローさんは私が置いた手を包み込むように握って、もう片方の手で私の頭を犬にそうするように撫でてくれた。
……ああ……何なのコレ……
胸全体にじんわりと広がっていく、この満ち足りた感覚は何!?
なんか、幸せだ。
すんごく幸せな気持ちだ!!
こういう感じなの!?人間に飼われてるワンちゃんって、いつもこういう気持ちでパタパタしっぽを振っているのかしら!!
私にしっぽがあったら、それはもう途轍もない速さでブンブン振りまくっちゃうよ……!!
犬って……いいかもしんない。
って、待った!!!
私、一瞬何考えてた!?犬になってもいいだなんて……危うく人間捨てるとこだった!!
熱に浮かされて、自分から犬の道を選びそうになってた!!
頭がぽわぽわしてた!顔もニヤけてたはず!!
相当ヤバいな、これ。
自分が自分で怖い。
もうすぐで、ジローマジックにかかってしまうとこだったよ!
マジシャンジロー……末恐ろしい……!!
「なぁ」
煌びやかな衣装を身に着けたマジシャンジローと頭の中で格闘している私を、現実のジローさんが下から覗き込んでくる。
「ふあいっ」
唐突すぎて、返事もわけわからんものになってしまった。
「舐めてくんねえの?」
………………
……舐め……?
……舐め……ナメ……
「ナメコは山に行けばあります。ナマコなら海に行かないとダメです。ナメクジならそこらへんの石の下にいます」
頭が真っ白だった。
ジローさんが何を口にしたのか、脳が理解しようとするのをやめたみたいだった。
虚ろな目で遠くに意識を飛ばしている私に、ジローさんは顔をしかめた。
「誰がそんなヌメヌメした生物の話してんだよ。舐めてっつってんの」
「何を!?」
「俺を」
「どこを!?」
「わかってんだろ」
わかってたまるか!!
もう、もう……ちょっと私を休ませてください……。




