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「ジローちゃん……俺そんなの初耳なんだけど。女か!?ジローちゃんに、女がいたのか!?」
「っつーかいつの話や!ジローちゃんに女て……ガキん時の話ちゃうん!?」
頭が真っ白な私の横で、身を乗り出して先輩に詰め寄るハイジ。ケイジくんも、信じられないといった表情だった。
「バカヤロウ、ついこないだだっつーの。マジ可愛かったんだよ……」
ええっ!か、可愛い人だったんだ……。そんな人に私が似てるの!?
絶世の美を手に入れた男にしか、わからない世界というものがあるのかしら……。
ああ、でも私やっと……人間扱いされた……!それもこんなハンサムさんに!
しかも可愛いなんて言われて……(直接言われてないけど)
神様、ありがとう!!生きててよかった!石ころから人間に戻してくれた奇跡に、感謝します……!!
……だけど先輩、なんで過去形なんだろう。寂しそうな瞳は、何かわけがあるの?
ハイジもケイジくんも衝撃の連続だからか、何か言うのをやめて白鷹先輩の言動を固唾を飲んで見守っている。
「……死んだんだよな、あいつ。病気でな」
え……?
その瞬間、教室には静けさが重くのしかかった。鳥の鳴く声が、やけに大きく聞こえた。
死んだ……亡くなったんだ、先輩の彼女……。
「なん、だよそれ……何も俺ら聞いてねえぞ!?ジローちゃんに女がいたなんてよォ!隠してたのかよずっと!!さんざん心配かけといて……そりゃねえんじゃねーの!?」
「……落ち着けってハイジ。責めたらあかんて。デリケートな問題やったんや……重病やったんやろ、その彼女。ジローちゃんも悩んでたんや」
白鷹先輩に突っかかるハイジを、ケイジくんは真剣な顔で諭していた。
私はどうしたらいいのかわからず、俯いて膝の上で両手を握るしかできなかった。
先輩の目が悲しいから。大切な彼女を亡くして、その人に似ているらしい私を見て……どう思ったんだろう。
最近のことなら、なおさら辛いはずなのに。
会わないほうが、よかったんじゃないのかな……。
「……見るか?そいつの写真」
複雑な表情のハイジとケイジ、そして私に、先輩は穏やかに声をかけてくれた。
周りのみんなも、下を向いて沈痛な面持ちだった。かける言葉も思いつかないのかもしれない。
そして先輩は私達に、制服のポケットから取り出した一枚の写真を見せてくれた。
写真を持ち歩くほど、好きだったんだ……。
それが余計に胸を締めつけて、苦しくなった。
きっと先輩は病に伏せた彼女を病院に通って、励ましていたんだろう。
精神的な支えになってあげて、慎ましくも愛を育んでいたんだろうな……。
それなのにその甲斐も虚しく、彼女はこの世を去ってしまったなんて……どんなに先輩は辛かったんだろうか。
私にはそんなの、計り知れない。
決意を固めて、私達三人は写真に視線を落とした。
そこに写っていたのは、犬だった。
先輩の彼女は、犬だった。