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結局私の爆弾発言の後ハイジはみんなの誤解を解くのに必死で、いかに私に色気がなくムラムラしないかを弁明していた。
それでも白鷹先輩はハイジに馬乗りになって殴り殺しそうな勢いだったから、ケイジくんや他の人達が焦って止めに入っていた。
すごく恨みのこもった眼差しでハイジに怒鳴られたけど、聞こえないフリしておいた。
だってこれくらいいいじゃん。さっきの仕返しだもんね!
騒動が治まって一段落ついてから、またさっきみたいに私達は4人で座っていた。
ハイジの顔にはもっと傷が増えていた。ちょっと可哀相になった。
けど……どうして白鷹先輩は、こんなにも過剰に反応するんだろう。
だって不本意だったけれど、手をつなぐことや抱擁なんか目にしたって、これほど美形な男の人だったら慣れてそうなもんだけど。
きっとモテるんだろうし、そういうこと簡単にしてそう。なんたって不良キングなんだから。
「おい、女」
もやもや考えてると、斜め向かいにいる白鷹先輩が口を開いた。
女って……私のこと、だよね?私以外みんな男だもんね。
「早くここから消えろ」
タバコを吸いながら、白鷹先輩はテーブルに視線を落としたまま一言私に告げた。決して、私に目を合わそうとはしない。
こんな格下な人間は、視界にも入れたくないのかしら……。
でも先輩の言葉は、待ち望んでいたものだった。
一刻も早くこの不良キングダムから逃げ出したくて、仕方なかったんだから。
王様が出て行けというなら、一般庶民な私はそうするしかないじゃない!
やった、解放される!!
「はい、出て行き──」
「行かなくていい。ここにいろ」
意気揚々と立ち上がろうとした瞬間、ハイジに腕を掴まれ引き止められる。またソファーに腰を下ろすハメになった、私。
うおおおおいハイジイイィ!!!こんのガチ空気読めないマンが!!
怨念をこめて睨んでみたものの、アルプスに住む少女と同じ名前をした野郎は涼しい顔だった。
「ハイジ、もうやめとけや。ほんまに死にたいんかお前。それとも単なるドMか?」
呆れてケイジくんが控えめに声をかけるも、ハイジは白鷹先輩をじっと見ている。
もっと言ってケイジくん!!なんて応援しても、ドMなハイジはやめないんだろう。
「……そうか、死にてえのか。だったらてめえの望み通りにしてやるよ、ハイジ」
静かにそう言った後、白鷹先輩はタバコを灰皿でもみ消して、下を向いていた視線をハイジに移した。
完全に据わっている目。鳥肌が立つ。キレてるんだって、私でもわかった。
今度こそ、ヤバい。ハイジの命が危険だと思った。
別にハイジを庇うつもりはないけど、目の前で殺人が起こるのはイヤだった。
「あの、私出て行きますから!!だから──」
ハイジへと伸びる、白鷹先輩の手。
その手が届く前に、ハイジはいきなり私の腕を取ると自分の方にめいっぱい引き寄せた。
「うぃっ!?」
必然的にハイジの盾にされて、ぐいっと体ごと私は白鷹先輩の目の前に突き出される形になってしまった。
そして
初めて、先輩と目が合った。
しかも、もんのすごい至近距離で。
教室は一瞬時が止まり、誰もが目を見張っていた。
私も、綺麗な白鷹先輩のお顔が間近に迫って、どうすることもできない。
殴られる?私の人生、こんなとこで終わっちゃう!?
「……タマ」
……はい?
何かを呟くと、白鷹先輩のハイジへと伸ばされたままの中途半端な手が、すっと私の頬に添えられる。
な、なんなの!?っていうか、顔、近いんですけど!!?やっぱりタガメな女なんて珍しすぎて、じっくり観察!?
「お、おい!白鷹さんが女に触ってんぞ!!?」
「マジかよ……これ夢じゃねぇよな!?」
「いや、もしかしたらあの子、女じゃないんじゃね!?」
ざわめきだす、キングダムの住人達。
何げに失礼な発言も飛び出てますが。
意味がわからない。先輩が女に触ったら何だっていうの。
「ジローちゃん……ウソだろ……!?」
一番驚いてるのは、ハイジとケイジくんだった。
まじまじと私の顔を観賞すると私から手を引っ込め、先輩は乗り出していた体をもう一度ソファーへ沈めた。
「あの、私……行きますね」
ドキドキする胸を抑えつつ、白鷹先輩の顔色を窺いながら声をかけると、私は立ち上がって教室の戸へ歩き出そうとした。
「ちょっと待て。行くんじゃねえよ」
へ?
想像もしなかった先輩のセリフ。そのセリフに私の足は止められる。
振り返ると、私を見ている先輩とばっちり視線が交わった。
うわ、ダメだ……カッコよすぎる……!
直視できなくてすぐに目を逸らしてしまった私に、白鷹先輩はさらに言葉を続けた。
「ここにいとけ」
開いた口が塞がらない。
よくわかんないけど、王様の追放命令は取り下げられたらしい。
そんなことしなくてよかったのに……!!
私と白鷹先輩を放心状態で交互に見比べているハイジとケージくんは、これ以上ないくらいにアホ面だった。