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「……けど、なんでこの子なん?」
「ケイジ、お前よー……そいつ見て感じるか?」
「何を」
「ムラムラするかって聞いてんだよ」
ム、ムラムラ……!?急になんてことを言い出すのこの人……!!
ケイジくんはこっちを向いてちょっと背を屈め、私を頭のてっぺんからつま先まで眺めて、またハイジの正面に立った。
「あかん」
何が!?
「こんなん初めてや……俺が女見てもソノ気が起きひんなんて……。ハイジ、どないしよ……俺16にしてすでに男として終わってしもたんかな!?」
泣きそうな顔でハイジの両肩を掴むケイジくんの表情は、本気だった。
……いや、うん。もうその先の展開は何となくわかってるけどね。
「だろ~?安心しろ、お前ビョーキじゃねえからよ。俺もこんな女は初めてだ、だから選んだんだよももちゃんを。適役だろ?」
えーえーわかってますとも。私がいかに色気がないかなんて、自分で百も承知ですとも!!
それと白鷹先輩と会うことに、何の関係があるっていうのよ!!
「……あの、帰っていいですか?」
「行くぞ」
あえなく却下された私の願い。
躊躇なくハイジは戸を開けた。
さようなら……お父さんお母さん……。
大教室の中に入った途端、むわっと広がるタバコの匂い。
机は一切なくて、椅子だけがそこらへんに散乱してる。普通の教室の1.5倍はありそうな広さに、なぜかマットが何個か敷かれていて、そこに寝転がりながら漫画を読む人達。
かと思えば、マージャンしている人達もいる。
みんな本当に高校生なんだろうかと思うような、渋い方々だった。ひげとか生えてる人もいるし。
髪の毛も色とりどり。
制服がこんなにも似合わないのも、すごいなと思った。
そんな人達に比べれば、ハイジやケイジくん、はたまた私の周りにいる人達が可愛らしく思えた。
きっと私を囲ってるこの人達は一年生なんだろう。そして、今ここでゴロゴロしてる方々は上級生な気がした。
あ、悪の大帝国……!!
それしか思いつかない。
「おう、ハイジ。お前どこに行って──」
そのうちの一人が、ハイジに声をかける。けどもその横にいた私を目にして、見事なくらいピキッと停止した。
他の人達も異変に気づいたのか私を見ると動きを止め、みんな一様にその場に固まっていた。
え、何……新手のギャグ!?それとも珍獣扱い!!?
タガメでごめんね!?
「ハイジ……てめえ、死にてえか」
そんな中、静寂を切り裂いて響いてきたのは……背筋が凍りそうなくらいに低く、重たい声だった。
ゾッとした。
場がピリピリしてるのがわかる。みんな緊張しているのが、手に取るようにわかる。もちろん、私も。
誰も発言することを許されないような、張り詰めた空間。
そしてこの声の主が“白鷹次郎”なんだと、教えられなくても直感した。
教室の端っこに置いてある、黒い革張りの長いソファー。そこに一人、陣取って座っている男。
彼だけ、その周りの空気が違う。離れているのに、彼がそこにいると嫌でもわかってしまう……特別なオーラ。
人の目を、惹きつける。
あの人が……白鷹、次郎……ハイジが言っていた「ジローちゃん」……?
銀髪だった。
正確に言えば、銀髪にところどころ黒が混じってる。銀髪に黒メッシュ?黒髪に銀メッシュ?
どっちとも言えないけれど、なんだか上手い具合にコントラストになっている。
俯いていた彼は少しの間を置いて、ゆっくりとその顔を上げた。
思わず、息を呑んだ。そうするしかなかった。
瞬きするのさえ惜しいほど綺麗な顔をした、その人の射抜くような眼差しに──。