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「太郎さん、ごめんなさい。ジローさんのこと……それってたぶん、太郎さんの口から聞いちゃいけないような気がするんです。何を生意気にって、思うかもしれないですけど……」
自分が話し出す前に私が止めるとは思わなかったのか、太郎さんは意外そうに私を見つめている。
だって、聞いていいものかわからない。
ジローさんの“傷”を本人からじゃなく、たとえお兄さんからだとしても勝手に私が踏み込んじゃいけないんじゃないかって。
その“傷”が深ければ、深いほど。
「……ももちゃん、ありがとな。ももちゃんなら、そう言ってくれると思った。俺が言うべきことじゃねえし、君に聞かせるには……酷な話なんだ」
眉根を苦しそうに寄せていた太郎さんの表情が、僅かに和らいだ気がした。
それから太郎さんは目元を緩め、「生意気なんて思わねえよ、もっとクソ生意気なヤツら毎日相手にしてんだ」と笑ってくれた。
知りたくないわけじゃ、ない。
でも……それはジローさん自身のことだから。
彼が人に知られたくないと望んでいるかもしれないことを、今ここで私は踏み込むべきじゃない。
「次郎が、完全に心を閉ざしちまってからも……響さんは毎日アイツのもとに通ってくれた。アイツに拒絶されようが、無視されようがあの人らしく、そばに居てくれた。響さんの方がよっぽど、兄貴らしかったな。……俺は、何もしてやれなかった」
太郎さんはずっと、自分を責めている。
ジローさんを、そんな状態にしてしまったこと。
でも今の太郎さんは、ちゃんと弟を思う“お兄さんの顔”をしてる。
私にはそう、見えた。
「響さんのおかげで、次郎は少しずつだが感情を取り戻していってるように見えた。だからこのまま、次郎は元に戻れるんじゃないかと思ってた……矢先だった」
太郎さんが語る、響兄ちゃんの死の真実。
事故じゃない。事件、だと。
「また“ヤツら”が、次郎に手ェ出してきやがった。次郎を使って……響さんひとりをおびき出すのが、狙いだったんだ」
怖くても
耳を塞ぎたくなるようなことを、聞いてしまうかもしれなくても
逃げちゃいけない。
そう、決意したのに。
「!!」
突然、壊れるんじゃないかってくらい勢いよく開けられた、襖。
ビックリしすぎて、飛び跳ねそうになった。
何ごと!?
急な出来事にバクバクと高鳴る胸を抑えながら、入り口に目をやった。
そこに仁王立ちしている、見慣れた銀色。
白鷹兄弟の──弟。
ジローさんだった。
なんで?
何しにきたのジローさん!?
声にならない声を心の中で上げつつ、仏頂面のジローさんを見上げる。
そのうち私、心臓麻痺で死んじゃうかもしれない。
毎度毎度この人達は行動が唐突すぎて、私の心臓はフル稼働させられる。
もういっそジローさんの心臓と、交換してほしい。
何があっても動じなさそうな、鉄の心臓と。
いや、でもそんなことしちゃって、ジローさんが私のノミの心臓もらっちゃったら……
想像してみる。
やっぱりやめた。
いちいちビクビクしてるジローさんは……なんか、やだ。
偉そうに、生意気に、我が儘に、堂々と構えていて欲しい。
と、ジローさんと心臓交換計画を断念している私の前で──
「次郎、まだ話は終わってねえぞ」
低く響く声が、部屋の空気を一瞬で変えた。
私に向けてくれる穏やかな声じゃない。震え上がるような低音の声。
太郎さんが本気でジローさんを、牽制した。
何もしてないのに、ただそこに座っているだけだっていうのに……太郎さんからのただならぬ威圧感に、身を竦めてしまう。
多くの人間の上に立つ人っていうのは、凡人とは明らかに違う特別なオーラを持ってる。
気迫だけで、人を黙らせることができるような。
太郎さんには、それが備わっている。
「余計なことべらべら喋ってんじゃねえよ。返せよ、俺の犬」
普通なら、怖じ気づいちゃうような太郎さんの空気にも、ジローさんは全く動じなかった。
それどころかいつもみたいに私を「犬」と呼び、遠慮なく入ってきて、おろおろしている私の腕を掴んだ。
強い力で立たされて、引っ張られる。
そのまま部屋を出て行こうとするジローさんが、足を止めた。
いや、止めたんじゃない。
“止めさせられた”。
太郎さんに肩を、がっちり掴まれて。




