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「ジローさん……どうしたんですか」
怖々と、顔を上げる。
「様子見に来た。なかなか帰ってこねえから」
相変わらずその顔に感情を出さないけれど、ジローさんの表情は穏やかだった。
さっき車を飛び出した時のような、静かな怒りは消えていた。
「そうですか……」
「……どうした?トイレが上手くできなかったのか?大丈夫だ、落ち込むことはねえ。俺がちゃんと教えてやるから。最初は誰だって完璧にはできねえもんだ」
声に元気のない私に、ジローさんは彼なりにその理由を解釈したらしく。
そんなちんぷんかんぷんな、励ましをくれた。
でも、それでいい。ジローさんらしくて、いい。
ジローさんも男だけど。
ハイジの言っていた、“男”なんだけど。
「ジローさん」
「ん?」
「頭、ナデナデしてくれますか?」
「ん」
私の大好きな、大きくて温かい手で。
優しく目を細めて、彼は頭を撫でてくれる。
すごく、安心するんだ。
ジローさんに撫でられると、心が暖かくなる。
やっぱり、私にとってジローさんは特別。
怖くなんか、ない。
無性に愛しくなって、恋しくなって、ぎゅって抱きついてみた。
ペットの権限を利用して。
私を可愛がってくれる、ご主人様だから。
振り払われることもないって、知ってるから。
ちょっぴりズルイかもしれないけど、甘えたくなった。
思った通りジローさんは、何も言わなかった。
黙ったまま、私の背に、そっと腕をまわしてくれた。
ジローさんの温もりを体中で感じて、安らぎにいつまでも満たされていたかった……
のに。
「てめえらイチャイチャしてんじゃねーよ!俺はデートも我慢したってのによォ!?カワイソウだろうが俺が!!俺をもっと気遣えよ!!つーかメシなんだよ、早く来いよ!!」
ヒガミの塊と化したタイガのうるさい野次のせいで、幸せな一時はぶち壊された。
じゃあデート行けばよかったじゃんって思ったけど、さらにやかましくなりそうなのは目に見えてるので黙って従うことにした。
例の贅沢な部屋に戻ると、食欲をそそるとってもイイ匂いが充満していた。
その元を辿れば、テーブルの上に置いてあるのは『すき焼き』鍋だった。
湯気が立ち昇ってアツアツそうで、ぶくぶく煮立っている。
そこにはエプロンを着けた飛野さんも、立っていた。
「待たせたな、腹減ったろ?メシにしようぜ」
飛野さん……お料理もできるんだ。
すごいなぁ……。
「うまそー!!今日は豪勢じゃねーの、ひーちゃん!」
「そりゃあ可愛らしいお客さんが来てんだから、これぐらいしねーとな」
やだ、飛野さんったら!可愛らしいだなんて!んふっ。
一人でニヤけていると、「あれ~カワイイ子なんていねえけどな~どこだ~?」とタイガが白々しく辺りを見回していた。
それからジローさんも「犬にすき焼き食わせて腹壊したりしねえだろーな」と、じーっとすき焼きと睨めっこしていた。余計なお世話だった。
四人で席につくと、彼らは早速食べ始めようとしていた。
そんな時、ふと浮かんだ一つのハテナ。
私は飛野さんに聞いてみた。
「飛野さん、ハイジは?」
さっきまでいたのに、ハイジは晩ご飯の席に現れなかった。
「ああ、アイツはバイトだとよ。勤労少年だからなぁ、あのボーズは」
「アイツ働き過ぎじゃね?ここんとこほぼ毎日だろ。おかげでどこぞの格闘家みてえな体つきになりやがって。そのうちぶっ倒れんぞ」
タイガが頬杖をつきながら、口を挟んだ。
ハイジ、バイトしてるんだ。何のバイトだろう。
今の二人の話を聞いてる限りだと、ハードなバイトなんだろうか。
それもほぼ毎日って、そんなに働いてるの?
てっきり遊び回ってるかと思ってたのに。
「まぁわからねえでもねーけどよ……アイツもケイジも、頑固だからな」
「やりたいようにやらせときゃいい。太郎さんもアイツらの考えを汲んでるから、何も言わねえんだろう。さ、早いとこメシにしよう」




