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タブーを……犯したのかもしれない。
彼にとっての、タブーを。
ほとんど感情を顕わにしないジローさんが、苛立ちを抑えきれていない。
私にだって、悟られちゃうくらいに。
もしかしたら、お兄さんのことなんじゃないんだろうか。
飛野さんがお兄さんの話題をふった途端に、ジローさんの苛々が爆発したようだった。
「いい加減にしろ」
車からほんの数メートル離れた場所で、私達は止められた。
後を追ってきた、飛野さんによって。
隙のない──有無を言わさない、声。
飛野さんの目を見れば、口ごたえなんかできない。しようとも思わない。
それだけの、圧力があった。
私の腕をとるジローさんのその腕を、飛野さんが掴んでいる。
飛野さんへ視線を向けるジローさんも、怖いくらいに綺麗すぎて……背筋が震えた。
「なんでコイツを、あの男に会わせねえといけねーんだよ。あんなクソヤロウに」
ジローさんの言葉の端々から滲み出るのは、“憎しみ”だった。
“あの男”
“クソヤロウ”
兄弟を指すのに、こんな言葉を使う?
これが家族に向けるもの?
理由なんて、知らない。
でもジローさんを感情的にさせたのは……彼の“兄”なんだろう。
兄弟だからって、仲が良いとは限らない。
何か、確執があるのかもしれない。
「ジロー……この子は響さんの妹だ。“花鳥 響”の。太郎さんに会わせるのに、それ以上の理由がいるか?」
飛野さんの黒い瞳が、ジローさんを捕らえる。
ジローさんを、静めるために。
そのたった一言で、彼を納得させるために。
“花鳥 響”
懐かしいその名を
心に馴染んだ、その名を
私がもう一度呼びたかった、その名を
彼も……ジローさんも、知っている。
確かなこと。
だって、ジローさんの手の力が緩んだ。
お兄ちゃんの名に、彼の表情が一変した。
熱かったジローさんの手が……私の腕から、離れていった。
ゆっくりと私へ向けられるジローさんの瞳には、光がなくて。
虚ろで
寂しそうで
今にも泣きだしそうに、見えた。
どうして──
そんな目を、するの?
そんな目で、私を見ないで。
どうしようもなく乱されるのは、私の心なのに。
お兄ちゃんと、何があったの?
あなたは何を、知ってるの?
今……何を思ってる……?
私だけを、置いていかないで──。
「帰るぞ。時間がねえ」
飛野さんの言葉に、もうジローさんは反抗しなかった。
無表情で無感情な、その顔。
彼は完全に“自分”を隠した。
車へ戻る直前に、飛野さんがぽつりとジローさんに吐き捨てた。
“この子が大事なら、ちょっとは頭使え。それがわからねえほど、てめえはガキじゃねえだろう”
それに対してジローさんが言葉を返すことは、なかった。
車に乗ると、一人残ってたタイガは誰かに電話をしていた。相手は絶対女の子だ。
甘~い声だしちゃって。
私は意味わかんなくて混乱してるっていうのに。
ほんと、ノウテンキ。
だけど、今は……タイガのノウテンキな声が心地いい。
昼間の彼らを、思わせてくれる。
バカやってる彼らを、思い出させてくれる。
私も、バカやってたい。
何だかんだいって、くだらないことやってたい。
そう思ってしまうほどに……ジローさんから垣間見えた“闇”は、深かった。
タイガの甘甘トークをBGMに、車はまた走り出した。




