1章‐2
一群の星々が遠巻きに瞬く闇の宙域を、地球連邦の艦隊がゆっくりと航行していた。星間の広大な空間、静寂の中に艦艇同士の細かな通信だけが点描のように散りばめられる。やがて演習開始を告げる合図が下ると、張り詰めた空気が一気に密度を高める。いま、この宙域が模擬戦闘の舞台となっているのだ。
戦艦イザナミは、その艦隊の中でひときわ大きいシルエットを誇っていた。全長一四五〇メートルに及ぶ重厚で整然とした艦体。その中央ブリッジに運び込まれる情報を一手に束ねるのが、艦に搭載されたAI──〝アリス〟である。
ブリッジは透明ホログラムのスクリーンが幾重にも交差し、各クルーがそれぞれのコンソールを操作している。どこか慌ただしくも統率の取れた空気だ。その中央、座席に腰を下ろすのは艦長アレックス・山本。その右隣に立つのが副長エリザベス・カーター。さらに通信管制や射撃担当が円弧を描くように配置される一方、整備系や医療連絡は端末を介して必要なときだけ前面メイン・スクリーンに呼び出す形だ。
「演習宙域の最終確認を急げ」
アレックス艦長は低く、しかしよく通る声で指示を出す。脇のコンソールには小さめのウィンドウが立ち上がっており、他艦との通信頻度が増大しているのが見える。
『艦長、全艦隊との時刻同期が完了しました。あと五分でフェーズ1開始です。艦隊司令部より〝予定どおり、第一攻撃部隊は全艦をもって自動標的艦を制圧せよ〟との通達』
艦橋スピーカーから流れるのは、アリスの柔和な声──しかし、一応はAIらしい落ち着きが感じられる声質だ。
「副長、艦隊の編成をもう一度整理してくれ」
「はい、艦長。先頭を切るのが我々イザナミ。左右を駆逐艦が守り、巡洋艦レギオンとウラヌスが支援射撃を担当します。後衛には補給艦と予備の駆逐艦が控え、演習管制ブイを設置中。敵役として判断AIを積んだ模擬ドローン艦が十数隻確認されており、さらには……」
エリザベスはタブレットを見ながら手短に説明する。アレックスは静かに頷き、「了解した」と返すと同時にアリスへ向けて命じる。
「アリス、全艦隊の位置を逐次マップに投影しろ。砲撃プランの初期案も提示してくれ」
『承知です。砲撃プランA1からA4まで想定しておきますね。味方艦隊の布陣は……はい、こちらに描写します』
ホログラフィックがブリッジ中央にふわりと展開され、艦隊の隊形と敵ドローンの位置が三次元的に浮き上がる。イザナミを中心に、塊のように密集する自艦隊のシンボルが徐々に広がりつつあり、その背後には複数の艦が折り重なる。さらに距離をおいてうごめくドローン艦群が、模擬敵として圧力をかけ始める。
もともとこの演習は、地球連邦軍が最新鋭戦艦イザナミの実戦対応力を試すために設けたものであり、イザナミの活躍への期待が大きい。そこに今回の目玉として搭載された新型AI「アリス」が、果たしてどの程度の成果を出すのか──周囲の艦からも注目されているのだ。
ほどなく、『フェーズ1開始』と通信が入る。副長エリザベスが艦内放送用にマイクスイッチを入れた。
「各区画に通達。これより演習フェーズ1を開始します。主眼は対ドローン攻撃の連携と砲撃精度の検証。アリス、周辺艦とデータリンクを保ちつつ、ドローン撃破プランを順次提案して」
『了解、副長。では……』
アリスの声が、わずかに先走るように明るく聞こえた。ブリッジのスクリーンには、各ドローンが展開し始めたマークが次々に点灯する。レーダー波が飛び交い、戦闘開始と同時に味方艦との通信も急増する。
まずは事前の打ち合わせ通り、イザナミが先陣を切って外周に布陣するドローンを狙う。砲撃準備が整い、ブリッジ正面モニターにターゲットロックオンの表示が赤いラインで示される。オペレーターの声が張りを帯びる。
「主砲ソーラランス砲、チャージ完了まで残り十秒!」
『敵ドローン群は密集隊形を組んでいます。艦長、左右へ回り込むより、このまま正面から撃ってしまう方が殲滅率が高いと思いますけど……』
アリスが提案を口にするが、艦長はほんの少し間を置き、副長と視線を交わす。
「正面突破か。危険はないか、副長?」
「背後からの妨害は駆逐艦が抑えています。問題ないと判断します。むしろ衝突リスクを下げるなら、この直進ルートが最適です」
「よし、アリス、行くぞ。砲撃開始」
次の瞬間、イザナミの巨大な艦首砲口から純白の閃光が放たれた。ブリッジ内では振動がわずかに足元を揺らす。高出力のレーザーが一直線に闇を貫き、前方の模擬ドローン艦を豹のように襲う。
遠方でドローン艦がシールドを模倣したかのような光を散らす。衝撃波こそ大気がない空間ゆえにほとんど感じられないが、ブリッジのディスプレイが、敵ドローンの損傷率を数値で示す。
「敵ドローン、システム一部ダウン。だが動きは止まっていません」
『追加射撃をどうします? 巡洋艦レギオンが援護射撃を行うとのこと』
「レギオンには右舷側面からの追撃を任せろ。こちらは続けて真っ直ぐ叩く。アリス、第二射の計算を急げ」
艦長の落ち着いた声に導かれ、ブリッジの空間が一斉に活性化する。アリスが数値演算を瞬時に行い、主砲へ最適な照準パラメータを送信。艦長からの命令が下ると、再び真白いビームが閃光を走らせる。
遠方では、シールドが発する泡立つような干渉光が砕け、一機のドローンが大きく揺らぐ映像があった。そのまま出力低下を示す反応を起こし、「仮沈黙」状態へ。演習では〝撃破扱い〟となる。
『よし、ヒット! 今ので中核部へダメージが通ったようですよ。艦長、ドローン群の後退行動を捕捉しました』
「よし、スキを与えずに制圧する。巡洋艦レギオン、ウラヌスに各自射線を確保するよう通達……通信士官、頼む」
「了解!」
ブリッジ通信士官が慌ただしく連絡をとり、同時に副長エリザベスが艦の移動経路を修正し始める。艦体は大質量ながらAIによる精密制御があるため、戦艦サイズにしては驚くほどスムーズに針路を調整可能だ。高速旋回のGがブリッジに微妙な振動として伝わり、日常生活では想像できない規模の〝艦の動き〟を実感させる。
「左舷駆逐艦、突撃を開始。敵ドローンを囲むように展開。アリス、火力集中を指示してくれ」
『はい、艦長。短時間のパルスレーザー斉射をおすすめします。このあたり……』
スクリーン上に、アリスが示す理想的な射撃エリアが赤線で描かれる。複数艦のビームやミサイルを同時に発射すれば、ドローンの装甲部分を同時に叩き割れる計算だ。ブリッジ要員がそれを実行指示し、全艦とデータ連携する。
次の瞬間、宇宙の闇を白や赤のビームが一斉に駆け、ドローン艦群が爆散こそしないが、模擬光の奔流を走らせて〝被弾〟を示す。結果、そこにいた数十隻のドローンが一気に機能停止へ追い込まれた。