4章‐3
TCEEゲートの制御施設は、連邦軍にとってある種の〝最後の砦〟だった。しかし今、そのドーム型建造物が帝国の小型無人艇による攻撃をまともに受け止め、激しい衝撃に見舞われている。施設外周を守る浮遊砲台は、ドローンの猛攻を受けて沈黙。巡洋艦から支援しようにも射線を通せないほどの乱戦が広がっていた。
「ダメです! 制御施設にインプⅤと思しき小型無人艇が突入していきます。シールドで防げる質量ではありません。艦が接近しようにも帝国艦に阻まれ、動けないと……!」
通信担当が上ずった声で叫ぶ。モニター越しには小型艇の群れが建物へ食らいつくように接触し、一つ、また一つと閃光を上げていた。
「まずい……! いま制御施設を破壊されれば、タウ星ゲートを封鎖できないまま固定される。そうなったら帝国艦が好き放題に入ってくるぞ……!」
連邦巡洋艦の艦長は苦渋の表情で顔を上げるが、打てる手はもうなく、これ以上施設を守り抜くのは難しいかもしれない。さらなる迎撃命令を出しあぐねているその時──制御施設の球形ドームが、巨大な火炎に一瞬包まれる。モニター画面が白く閃光で埋め尽くされ、光が去ったあとには施設の一部が激しく崩れ去ったのが見てとれた。
「施設が破壊されました……ゲート制御、完全停止……!」
報告を受け、艦内が静寂に包まれた。連邦が握っていたゲート封鎖の主導権は、これでもう奪われたも同然。ゲートは帝国側しか開閉できず、いつでも帝国の艦隊が押し寄せられる状態になる。
「こんな……ばかな……」
どこからともなく漏れ出たその呟きは、無残な施設の残骸と共に、深い虚無へと消えていった。
◇ ◇ ◇
一方、ようやくTCEEゲートに近づいたイザナミ。二十時間近くの高速航行を経て、外縁宙域にたどり着くまであとわずかだった。艦橋のアリスが受信ログを見つめると、新たな報告が飛び込んでくる。通信が妨害されているのか、たどり着くデータは断片的だが、制御施設が破壊されたことがはっきりと読み取れた。
「艦長……間に合いませんでした。ゲートが……自由に使える状態みたいです。まだ防衛隊は抵抗を続けているようですけど……」
「そうか……それでも行くしかない。ゲートを好き勝手に使われたら、今度は太陽系まで危険に晒される。少しでも敵を押し返して、星系の主導権を取り戻すぞ」
アレックス艦長は機を逃すまいと、ブリッジクルーに号令をかける。
「このままゲート方面に突入する。到着と同時に艦隊戦闘配置。アリス、艦隊を管制しつつ、イザナミの火器管制・シールド制御を最適化しろ。副長、通信を絶えずモニターしてくれ。被害艦がいれば連携して支援する」
「わかりました。デブリだらけで回避ルートが入り組んでいるようです。揺れますよ!」
速度を維持したまま、破壊された艦の残骸を避けるために細かく機動する。進行方向から飛来する多数の残骸、それだけでも目を背けたくなる惨状だったが、さらに眼前に点在する帝国のドローンや巡洋艦が、まるでイザナミらを歓迎するかのように陣形を変えつつあった。
『艦長、向こうはもうこちらを捕捉しているみたいです。艦とドローンを集結させています』
「望むところだ。まずはドローン群を分断して片付ける。フェンリルを先行させ、本艦はその後ろからソーラランスで一掃する」
命令を受け、イザナミの艦体下部から無人巡洋艦フェンリルが一斉に散開する。これらもまたアリスの管制に従って動くため、完全なフォーメーションが構築されていた。帝国のドローンの一部が早々に攻撃してくるが、イザナミ本艦が大出力のソーラランス砲を照射し、白熱した光の奔流でドローンの群れをまとめて焼き払う。
発生した破片がシールドに接触し、艦体の振動がブリッジを揺らす。それでも連邦艦隊は突入を止めない。次々とドローンを仕留めながら、バジリスクⅣ級の巡洋艦が控える宙域へ斬り込んでいく。副長エリザベスがブリッジ前方に表示される帝国艦の座標を指し示した。
「ここに数隻まとまっています。火力が集中すると厄介です。左右へ分散させて、お互い援護しづらい形に……」
「よし。その判断でいく。アリス、艦隊を二方向へ分ける。クシナダとフェンリルの一部を右へ回せ。イザナミは左正面から火力をぶつける!」
『はいっ!』
戦闘開始とともにAIインジケーターに戻っていたアリスが、返事とともにスラスターを微調整。巨大な艦体が流れるように動き、敵巡洋艦の砲撃を斜めに受け流しながら近づいていく。もう何度も繰り返してきた戦いだったが、今回もまた帝国艦の数が多く、ほんの少しの油断でも命取りだ。
ブリッジのクルーたちは他艦のクルーとも連携して、アリスによる敵艦やドローンへの攻撃指示を具体化していく。戦場には無数の閃光や火球が乱れ飛び、時折、味方艦が被害報告を寄せる。しかし二隻のイザナミ級戦艦の大火力とアリスによる統制が功を奏し、少しずつ帝国の包囲網を崩し始める。
制御施設は完全破壊され、ゲートを封じる術は失われたまま。帝国艦隊の一部はすでに後退し、ドローンの主力をゲート周辺に布陣させているようだった。追撃を警戒しつつ、ゲートを足がかりに追加増援を呼ぶ準備をしているのかもしれない。
やがて右から回り込んだクシナダたちが猛砲撃でドローン隊の背後を揺さぶり始める。イザナミとクシナダが両翼を担う形で攻勢に出ると、分散したままの帝国艦隊はこの場を維持できず、じりじりと交戦ラインを下げていった。
『クッシー、ありがとう! そのまま一緒に突き抜けよう!』
『承知しました。対ドローン砲火を継続、後退する帝国巡洋艦を牽制します』
クシナダ側のAI音声は機械的で感情に乏しいが、フェンリルら無人艦の指揮を分担し、高速で戦域を切り崩す様は頼もしい。結果的に連邦防衛艦隊は立て直しに成功し、何隻かの敵巡洋艦バジリスクⅣを撃退するまでこぎつけた。
だが焦点だった制御施設はすでにデブリとなって辺りを彷徨っている。ゲートの制御機能を復元するには時間と労力がかかる。今後は帝国がゲートを通じて追加の戦力を送り込み、星系内部へさらに踏み込む可能性を警戒せざるを得なかった。
戦場がいったん膠着状態となり落ち着き始めたころ、イザナミのブリッジには新たな報告が送られてくる。内容を確認したアリスは緊張した声で艦長に報告した。
『連邦艦隊本部からの速報です。太陽系外縁──海王星軌道付近に大規模ワープアウトの反応を検出。大型艦がベヒーモスⅢ三隻、リヴァイアサンⅣ二隻……これ、相当な戦力ですよ』
「なるほど。こことは別にもう一つの動きか。タウ星ゲートへの大攻勢は陽動で、真の狙いは太陽系か」
アレックス艦長は通信に表示された情報を睨む。
「でも何が目的でしょうね? 大戦力ですが、太陽系の防衛網を突破するには中途半端にも思えます」
副長エリザベスが首を傾げる。いまだTCEEゲートも危機的状況だが、太陽系こそ連邦の心臓部。そこを脅かすことが目的であれば、地球連邦としては二正面で戦わざるを得ない。
『ここのゲートはクシナダに任せるとして、私たちは太陽系へ戻る……そういう選択もありますけど、帝国がゲートから増援を送り込んで星系を蹂躙するかも』
「太陽系にも防衛艦隊はいる。どのみち命令なしに動くわけにはいかないが、TCEEゲートの向こうに帝国を押し返すまでは、ここに留まる。俺たちが二つに割ければいいが、イザナミは一隻しかない」
『イザナミは、一隻しかない……』
◇ ◇ ◇
虚空に沈むガス惑星が、淡く青い光の縁をまとって揺らめいていた。ここは海王星軌道のわずかに外側、冥王星よりも近い宙域。数隻の巨大船がじっと停止し、まるで深い海底に沈む岩のように動かない。ここへ集結した帝国の大型艦、三隻の戦艦コンコルディア、シンフォニア、ユニタス。二隻の空母エルサドル、グラナブリオ。それらの艦は、潜伏させておいたタンカーからの補給を完了しつつあった。
「まもなく補給が完了します。駆け足でしたが、不備は見当たりません」
タンカー格納庫で鋼鉄の地面に立つ帝国軍将校が、端末の画面を睨みながら副官の報告に応じる。表示される数字は緑色を保ち、トラブルの兆候はない。
五隻の大型艦は、ゲートを使わない恒星間ワープ航行により燃料を大量に消費した。しかし予めこの宙域に展開していた四隻の偽装されたタンカーから、作戦行動に十分なだけの燃料の補給を受けている。
副官が静かな声で報告を続けた。
「問題なさそうですね。ワープアウト自体は見つかったと思いますが、海王星近くの放射線雑音を利用する形で、想定どおり監視をかいくぐれています。ここで補給すれば、あとは星系の内側に踏み出すだけです」
将校はうなずきつつ、窓越しに船の外部をちらりと見る。巨大な戦艦の影が三つ、かすかに光る星々を背景に浮かび上がっていた。帝国のコンコルディア級戦艦──連邦側コードネームではベヒーモスⅢ級と呼ばれるその艦形は、まるで巨大な怪獣を想起させる。なるほど言い得て妙だ、と将校はひとり感心した。近くにはドラコスワン級空母、こちらもリヴァイアサンⅣ級と呼ばれているそうだが、その大型空母二隻も待機しており、いまは艦載機と無人機の最終点検を進めている。
「戦艦も空母も、あと一息で出発できます。連邦がタウ星行きのゲート防衛に注力しているうちに、任務をさっさと片付けましょう」
副官が穏やかに話すと、将校は目線を落とし、苦い表情を微かにのぞかせた。
「甘く見るのは危険だが、いまは作戦計画どおりに動くしかない。国境ゲートに大量の帝国艦を送り込み、連邦に混乱を起こしつつ、こちらの艦隊が太陽系外縁から侵入……。二正面作戦を強制し、地球防衛を崩す。とはいえイザナミ級は油断ならない。すべてを引き剥がせたわけではないはずだ。もし動いてくれば交戦もありうる」
将校は、渋面を浮かべつつ暗い宇宙の果てを見つめた。タウ星ゲート攻撃の報せが届き、あちらの混乱が本艦隊の進撃を容易にするという目論見は大筋うまく進んでいるらしい。だが、いかに連邦が混乱していようと、イザナミ級という難敵が太陽系のどこかに残っている可能性は高い。ここからは速さが勝負を分ける。
「艦隊全体に伝えろ。これより出航する。目標は木星圏だ。そこまで進入できれば作戦成功が現実味を帯びる」
外宇宙の暗い宙域に黒々と沈む巨大艦隊が、作業を終えて静かに艦首を木星方向へ向け始める。騎士のように並ぶ艦の側面には、帝国の意匠が堂々と刻まれている。
「くじら座タウ星系での作戦は十分陽動として機能したはずだ。連邦の注意をそちらに釘付けにし、我々は太陽系内部を突く」
コンコルディア、シンフォニア、ユニタス、そしてエルサドル、グラナブリオはエンジン出力を一気に高め、全力の加速に移った。強烈なスラスターフレアがタンカーの外壁を照らし、四方の微細な氷塊を銀色に染め上げては消えていく。
速度の乗った艦隊はまるで五本の槍のように、木星圏へ向けて深い宙を進んでいった。
◇ ◇ ◇
地球の連邦艦隊司令部には、海王星方面の観測ステーションから警報が殺到していた。周囲の参謀や通信士たちがパネルと格闘しながら、断片的な情報を繋ぎ合わせて報告する。
「海王星軌道から複数の高エネルギー反応が検出されました。規模が大きく、ベヒーモスⅢ級らしき戦艦が三隻、リヴァイアサンⅣ級の空母が二隻と考えられます」
「ワープドライブで出現し、そこで補給を受けたのか。木星方面へ向けて加速を始めたというのは確実か」
「はい。偵察ドローンの情報では、もう相当な速度に到達しているようです。このままでは三十時間未満で木星に到達します」
司令官席にいる初老の人物はモニター越しに表示される星図を睨みながら、こわばった表情の参謀たちに指示を出した。
「戦力の配置を再確認しろ。ゲートの警戒配置に就いていたセオリやベンテンは現状、ワープアウト地点に向けて急行しているはずだ。推定される侵攻経路から、迎撃可能なポイントに向け針路変更させろ。他に迎撃に回せる戦力は?」
「この方向からこの速度で侵攻された場合、艦が足りません。火星圏や地球近辺から緊急発進できる防衛艦隊では戦力不足。それ以外だと、時間切れです。セオリやベンテンもほぼ逆方向からの移動です。敵の木星到達には間に合いません」
「……そうか」
司令官はわずかに目を伏せ、参謀らを見回す。TCEEゲートも捨てられず、海王星方向からの侵入を迎撃するとなれば、二倍の戦力が必要だ。何より時間が足りない。
「数時間でいい。木星到達前に侵攻を遅らせる手段が必要だ……」
司令官の呟きは、喧騒の海の中に沈んでいった。
一方、TCEEゲート周辺では戦艦イザナミとクシナダが陣取り、イザナミのAIであるアリスが指揮にあたっていた。もともとは全自動工房で定期整備を終えたばかりだが、想定外の帝国による侵攻を受けて急ぎ出撃し、ここまで到達している。だが断続的に攻勢に打って出る帝国艦隊をいなしつつ、ゲートの奪還を目指し前進を続ける最中であり、太陽系外縁からの新たな脅威にまで対応する余力はなかった。
「ゲートの向こうにも艦隊が待機していますね。規模まではわかりませんが、存在は確実です」
副長エリザベスが、ブリッジでTCEEゲート付近の戦況画面をにらみながら艦長に声をかける。イザナミの艦長アレックス・山本も難しい表情のままうなずいた。
「こちらに残っている敵艦を放置して出払うわけにはいかん。だが太陽系に帝国が踏み込めば、地球圏への影響は計り知れない」
エリザベスは唇を噛みしめつつモニターを見やる。そこに映るのは依然として数が減らないゲート周囲の光点──帝国艦がいつ再攻撃を仕掛けてくるかは予断を許さない。
ホログラムに戻ったアリスがブリッジ中央に立ち、深刻そうな面持ちで情報整理を続ける。人間の姿を模したその少女の姿はいつもより落ち着いているが、どこか思い詰めているようにも見える。
「司令部は『TCEEゲートを奪還せよ』という方針を繰り返しています。つまり、私たちはここに留まれと。当然、今の状況ではそうなるでしょう」
エリザベスが隣で小さくつぶやく。
「でも木星圏を素通りさせたら、地球にどれほどの被害が出るか想像したくもありません」
アレックスは艦長席からアリスを見やり、声を落とす。
「司令部も手は打っているだろうが、即応できる艦隊を今すぐ集めるのは難しいはずだ。私たちにしても、ここを軽々しく離れれば、この星系の居住惑星や国内ゲートにまで被害が及びかねない」
ずらりと並ぶ端末には、帝国艦隊の動きを知らせる通信が矢継ぎ早に入る。ゲート付近の動きに加えて、太陽系方面からは、偵察ドローンの被撃墜報告、衛星を使った侵攻阻止の試みの失敗報告など、実質何ら有効な手を打てていない現状が次々と伝わってくる。ブリッジにはそうした報告の声や警報音がひっきりなしに響いていた。
アリスは、その喧噪を聞きながら瞳を伏せた。予想外の二正面侵攻ともいえる展開のせいで、連邦の守り全体が揺さぶられているのは間違いない。そして、このまま動かずに手をこまねいていれば、どこかで防衛網が破綻しかねない。
「艦長……地球とゲートを同時に守るために、私、ひとつだけ手段があるんです」
消え入りそうな声で言われ、アレックスは眉を寄せる。
「何だ?」
「すぐ説明できるほど単純じゃないんです。ちょっと信じられないかもしれないし……でも、もう迷ってる時間もないですよね」
その言葉にエリザベスやヘンリー技術士官が視線を向けるが、アリスは言葉を続けるのをためらっている様子だ。言葉を続ける代わりに、戦況パネルを開いてゲート付近と太陽系中心部のデータを見せる。
「このままじゃ、私たちはどちらも十分に救えないかもしれない。だから──」
「うん。アリス。ゆっくりでいい、だが具体的に教えてくれ」
アレックスの問いに、アリスは苦しげな様子で口を閉ざす。まだ話す決心が固まっていないのかもしれない。アレックスも声を落ち着かせ、彼女を急かすようなまねはしなかった。




