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4章‐2

 その夜、といっても地球時間での夜だが、点検用の機材や予備モジュールが積み上げられたイザナミの整備区画に、技術士官ヘンリー・小嶋の姿があった。資機材を除けて作られたコンソール前の空間にはアリスのホログラムも浮かび、二人で何か画面を覗き込んでいる。


「んー、これはTCEEゲート監視基地が共有してくれたログか……。このパターン、妙に周期的だよね? 暗号電文の一部みたいに見えなくもないんだが」

「うん、私もちょっと気になってて。帝国艦から回収したデータに、パターンが似た断片が混じってたような気がするし……」


 そう言いながら、アリスは指先を空中に走らせ、ホログラム上の文字を拡大していく。何度かまばたきしながらデータを読み込むと、小声で呟いた。


「艦長や副長に報告したほうがいいかな? でもその先の、軍上層部がこれを重要視するかどうか……正直、怪しいよね。停戦中なんだからむやみに騒ぐな、みたいに返されそう」

「そうなんだよな。俺もひと通り見たけど、通信エラーにしては不自然だ。とはいえ、たったこれだけじゃ決定打に欠けるし……」


 ヘンリーが肩をすくめる。周囲では整備ロボットが稼働しており、艦の外郭から金属音が軽やかに響く。活気があるようでいて、不意に一瞬静まり返るような不思議な瞬間もある。アリスはそんな空気を感じ取り、小さく首を振った。


「何もしないわけにはいかないし、私からも報告しておくね。……ヘンリーくん、もう少しログを見せてもらっていい? 私のほうで追加解析してみます」

「了解。……とはいえ何もないなら、それがいちばんありがたいよ。これが何か意味のある信号だとすると、また大騒ぎになりそうだからな」


 アリスは空中に浮かぶデータの羅列から視線を移し、わずかに言い淀んだあと、再び微笑んだ。


「……そうだよね。気にしすぎという可能性も大いにありそう。まあ、用心するに越したことはないから」


 ◇ ◇ ◇


 太陽系の、地球から遠く離れた宙域であるエッジワース・カイパーベルト。氷塊や岩塊が静かに漂う中に、「航路調査船」と名乗るタンカーがひっそりと身を置いていた。外装にはとある民間企業の目印が施されているが、センサーを通じて見てみれば、この船が民間船にしては不自然なほどに目立たないことに気づくだろう。そして船内の倉庫ユニットには、そこにあるのは貨物などではなく、帝国軍仕様の補給設備としか思えない巨大プラントが所狭しと並んでいた。


「補給体制、次の段階に入ります」


 無骨な内部通路で交わされる声は低い。宇宙空間において、船内で音を鳴らしたところで見つかりやすくなるわけでもないのだが、彼らが帯びている任務の性質が無意識にそうさせるのかもしれなかった。


 モジュールを点検していた男が端末にスイッチを入れると、一瞬だけ澄んだ電子音が鳴った。


「本当に大丈夫なんでしょうか。連邦の船に見つかっていないとはいえ、こんなに派手に準備を進めて……」

「心配するな。連中は表向きの対策ばかりで、このあたりをまともに監視する余裕はないらしい。あちらさん、月の整備工房に〝ほとんど無傷〟の艦が戻って喜んでいるらしいぞ。平和なことだ」


 男はにたりと笑う。


「これでよし。連邦の網は未だ手薄。もし奴らが何かに気づいても、ここまで届くには時間がかかる」


 ◇ ◇ ◇


 連邦が管理するTCEEゲート──かつて帝国艦隊が越境し、大規模な衝突を引き起こした因縁のゲートだ。停戦条約の締結後、この国境ゲートのくじら座タウ星側は、地球連邦の厳重な管理下に置かれてきた。ゲートの周囲には、巡洋艦十隻と駆逐艦二十隻が整然と配備され、無数の浮遊砲台が相互にリンクしながら鉄壁の防衛網を構築している。しかし、その強固な守りはかえって、この平穏がいかに脆く、薄氷の上にかろうじて積もった雪のようなものであるかを如実に物語っていた。


 仮初の平穏に守られたゲートで、任務に就く者たちが静かな日常に慣れ始めていたある日のことだった。管制室の奥で索敵パネルを監視していた若い士官が、ふいに目を見開いた。彼の前に広がるコンソール上で、制御系統の異常を知らせる警告灯が次々と明滅を始めたのだ。


「ゲートとの通信が……妙に乱れています。連続でエラーが出てきました。いったいどうなって……」


 そのつぶやきに呼応するように、他のモニターが次々と赤い文字を描き始めた。管制室内の空気が凍りつく。


「報告します! ゲートとの回線が応答を停止! 制御信号が受け付けられない状態です!」


 上官が慌てた様子で駆け寄り、パネル越しにエラーの乱舞を凝視する。記録された数値は一様に乱れ、何かしらの外部干渉があるかのようにも見えた。単なるシステム障害ならまだしも、ここまで一気に不具合が広がるのは異常だ。


「艦隊通信はどうなっている? すべての巡洋艦との通信状態を確認しろ!」


 上官の厳しい声が響く。しかし思惟に浸る間もなく、管制室正面の広域レーダーが強い閃光を表示する。ワープ由来の空間異常が極端に増大し、瞬く間に真っ赤に染まった。


「警告! X−7セクター付近で複数のワープアウト反応です! これは……帝国所属艦が次々と出現しているようです! 巡洋艦クラスが多数!」


 この声に管制官らが一瞬息をのむ。数隻程度ならまだしも、モニターには大量の光点が連続して現れ、まるで堰を切ったかのように散らばっていく。


「さらに小型信号が多数……帝国ドローンです。数が……多すぎる……!」


 士官の報告に悲鳴めいたざわめきが起きる。正規艦だけでも厄介なのに、底知れないほどの無人艦群まで押し寄せてくるとなれば、防衛線は一瞬で押し切られるかもしれない。


「急いで第一種戦闘配置へ! 本部に支援要請を送れ! ゲート制圧を狙っている可能性が高い!」

「ですが、本部との通信路が輻輳しているようです! 副チャネルで再送してみますが、伝送エラーがひどくて一割も届いていません!」


 声に焦燥がこもる。これほどの敵艦隊がゲートに押し寄せるのは想定外だ。停戦で牽制し合っていた帝国が、こんなに短期間でここまで準備を整えたとは……。制御室の面々は激しい動揺を抑えきれなかった。


 ◇ ◇ ◇


 同じころ、遥か太陽系では、全自動工房に係留中の戦艦イザナミが、調整作業の真っ只中にあった。ブリッジには少女の姿をしたホログラムが淡く輝きながら立っている。彼女──アリスは好奇心を浮かべた瞳で、眼前の情報表示を覗き込んでいたが、ふと何かに気づいたように声を上げた。


「艦長、くじら座タウ星系から気になる報告が届いています。帝国艦隊らしき編隊がTCEEゲート付近に接近中とのことですが、通信が途切れ途切れで、詳細はつかめません」


 普段は弾けるような口調のアリスだが、いまは戸惑いの色を隠せない。整備状況の報告を確認していたアレックス艦長は、コンソールから顔を上げてアリスに尋ねた。


「敵の規模は判明しているか? 小規模な衝突程度ならいいが、本格的な侵攻となれば見過ごせない」


 アリスは画面を素早く切り替えつつ、まぶたを忙しなく瞬かせる。艦長の隣では副長のエリザベスがコンソールを操作し、ブリーフィング資料の確認を進めている。


「規模までは不明です。……エンジン区画のチェックはまだ半分ですけど、最優先で仕上げてもらえば二時間弱で再起動できそうです。出撃ですよね?」


 アレックスは短く息を吐きながら頷いた。


「もちろんだ。もし国境ゲートが帝国に制圧されたら、事態は一気に悪化するだろう。すぐに上層部に報告し、出撃命令を仰ぐ必要がある。副長、その間に工廠との調整を進めてくれ」

「わかりました。大工廠には作業を急ぐよう連絡を入れます」


 エリザベスの冷静な返答を確認すると、アレックスは再びアリスへ視線を戻す。


「アリス、航路の計算を始めてくれ。ゲート経由でくじら座タウ星系までは約二十時間。状況によっては一刻の猶予もない」

「はい! 直ちに算出を始めます! ……工廠の人たち、また悲鳴をあげそうですね」


 ホログラムのアリスは肩をすくめて苦笑してみせる。しかしその瞳は何かを決意したように鋭く光っている──まるで自分の〝大きな身体〟を奮い立たせるかのように。


 ◇ ◇ ◇


 TCEEゲート防衛艦隊は、すでに熾烈な交戦を始めていた。帝国の巡洋艦バジリスクⅣが前線をえぐるように砲撃を重ね、駆逐艦グレムリンⅦが並走する形で切れ目なく突っ込んでくる。さらに大量のドローンが戦場をかき乱すせいで、防衛隊は隊列を維持できず苦しんでいた。


「くそ……なんて数だ……!」


 連邦巡洋艦の一隻。そのブリッジで指揮を執る士官が拳を握る。モニターには次々と警告が走り、艦がどれだけダメージを受けているかを示すゲージが危険域を超えかけていた。防衛線の要となる浮遊砲台にも、次々と砲撃が降り注ぎ、すでに多数が機能不全に陥っている。


「巡洋艦隊、横隊から斜めに散開! ドローンを一点に集めるな、ばらけさせて迎撃しろ! 制御施設周辺は奪われるわけにはいかん!」


 叱咤する声に応えるように、周囲の艦がスラスターを噴射してフォーメーションを組み替えようとする。だが数に勝る帝国は駆逐艦を突撃させて時間を与えず、乱戦状態をさらに拡大させていく。ドローンはセンサーを撹乱し、巡洋艦と駆逐艦がそれに合わせるように側面から射撃を重ねる。徐々にこちらの戦力が磨り減っていくのが目に見えてわかった。


「艦長! ゲート制御施設との通信が不安定です。……そっちも何かの攻撃を受けているようで……信号が断続的にしか届きません!」

「まずいな。制御施設がやられれば、このゲートを閉じる手段がなくなる。駆逐艦は施設の周辺を固めるんだ! 急いで施設を防御しろ!」


 艦内スピーカーから悲鳴や怒号が重なり響く。まるで心許ない足場を懸命に支えようと必死になっているかのようだ。にもかかわらず、帝国側がさらに攻勢を強める気配がある。制御施設のドームをめがけてインプⅤと思われる小型無人艇が複数飛び立ち、取り付こうとしているのがモニターに小さく映った。


「機雷原も大部分を突破された……? どうやってこんな短時間で……」


 士官の呻きがこぼれる。連邦の防衛網は相応のものであったはずなのに、それが今、圧倒されようとしている。大量のドローンを先行させ、要所で艦が重砲撃を加えるこの手口は、意図的にこちらを分断しつつ制圧する巧妙な戦術に見えた。


「制御施設を爆破されたら、ゲートは自由に使われることになる。何としてでも守り抜くしかないぞ!」


 吠えるような声がブリッジに響くが、既に態勢を崩した艦隊にどこまで応戦が可能か──不安を拭える者はいなかった。


 ◇ ◇ ◇


 くじら座タウ星系への航路を全速力で駆けるイザナミ。イザナミには同じくイザナミ級戦艦の三番艦であるクシナダと、足の速さで選ばれた多数の巡洋艦・駆逐艦が太陽系から振り向けられ、ともに目的地に急行していた。


 イザナミのブリッジでは、アリスが逐次入るTCEEゲートの断片的な情報にやきもきしていた。出発準備を急いだとはいえ、くじら座タウ星系方面のゲート到着まで十数時間、ゲート通過自体は瞬時だが、国内ゲートからTCEEゲートまでさらに数時間、合計二十時間ほど。いま現地がどうなっているか、想像するだけでも気が気でない。


「艦長、またTCEEゲート付近から欠落のある通信です。どうも防衛線がかなり追い詰められてるみたいです。ゲートの制御施設も危険だとか」


 ホログラムのアリスがつらそうに報告を続ける。アレックスは椅子に深く座り直し、義手の右腕を軽く動かして、慎重な面持ちでコンソールを確認する。副長エリザベスも息を詰めて何度か端末を切り替える。


「間に合わんかもしれんな……だが、今は通常航行で走るしかない。恒星付近でワープを使えば、どこに出るかわからない」


 アリスが唇を噛み、ホログラムの身体をぎゅっと抱きしめる。もどかしさは自分自身の巨体を思うと尚更だ。超高速で進むイザナミでも、物理的な限界速度には逆らえない。副長エリザベスはその思いを察してか、そっと彼女に声をかける。


「焦りはわかるけれど、大丈夫、もうすぐ着くわ。あなたがいればきっと打破できる。私たちはそのために準備してきたんだから」

「うん……ありがとう、ベスお姉ちゃん」


 冷静さを取り戻そうと、アリスはブリッジ正面を見据える。進行方向の星々はわずかに青方偏移し、明るさを増している。加速により艦体が小刻みに振動する中で、ここから先の困難を突破せねばならない、と心に強く刻み込んだ。

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