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閑話‐2

 船体が断続的に揺れては止まり、また揺れる。スラスターによるシグナルの送信は、スラスターの負荷への配慮と、また短時間に連続で送るよりは、休止を挟んで何度も送ったほうが発見確率が高まるのではという考えから、一時間ごとに一セット送信する形になった。クルーは送信している間、身体を船体にがっちり固定して耐え、休止中は体力維持に努めつつ、少しでも生存期間を延ばすために各部の修理や、連絡手段の確保、あるいは医療班の手伝いなど様々な活動を進めていた。


 ジェシカはそんなクルーのケアに没頭し、残り僅かな酸素ボンベを順次クルーのもとへ回していた。彼女は長い髪を軽くまとめたうえで、慌ただしく周囲を移動する。


「大丈夫、少しずつゆっくり呼吸して……急に吸いすぎると余計にめまいがひどくなるわ」


 ジェシカが寄り添う若いクルーは声も出せず、うなずくだけで精一杯。その傍らには、アリスのホログラムが看護師として形だけ付き添っていた。もちろん実体ではないので処置はできないが、白衣の少女姿が見えるだけでも、いくらかは恐怖を和らげてくれるようにも感じられる。


「……皆さん、もう少しだけ耐えてください。成功すれば、必ず外から助けが来ます」


 アリスの言葉は淡い光の中で響き、動揺するクルーにわずかながらの安堵をもたらす。まるで暗闇の中で手渡された小さな灯のように、絶体絶命の苦しい状況下でも心を軽くする力があった。


 やがて数時間が経過し、送信回数が片手の指では数えきれなくなってきた頃には、クルーたちはスラスターの炎が周期的に船体を震わせるのにある程度慣れてきた。酸素が減り続ける恐怖は変わらないが、スラスター制御はアリスが見事にこなし、休止期間中は回転が多少マシになるようにアルゴリズムを更新までしている。


 副長エリザベスは壁で体を支えながら、アリスへ声をかけた。


「アリス、スラスターを送信機の代わりにするなんてよく思いついたわね。最初は無茶なアイデアだと思ったけど……正直、ここまで形になるとは思わなかったわ」


 するとアリスは、看護師姿のまま得意そうに胸を張る。


「そりゃもう、最新の戦艦AIですから。何度も爆散して学習してますし。……けど、副長、艦長も一緒に、少しお話いいですか?」


 エリザベスは爆散で何を学んだのか不思議に思いながらも、「もちろん」と目で促した。アリスのホログラムが少し神妙な表情を浮かべる。


「艦長、副長、実は前々から気になってたことがありまして。その……以前ほかの艦AIと交流したとき、私を厄介だとみなして攻撃モードに移行しちゃった事件があったでしょう?」

「再建造中にやった実験だな。普通なら、ああも短絡的に攻撃モードにはならんはずだが……」


 艦長は視線を細めて思い出すように言う。


「そう。何か事前に仕組まれていた気がするんです。あのとき、イシスが『偽装された攻撃信号がある』みたいなことを言い出したでしょ。それによってクシナダやタロス、他の艦も一斉に自衛モードを発動した。ご丁寧にCAFSっていう理由付けまでして。あれがどうにも不自然で……制御AIの設計データに基づいてシミュレーションしても、あんな結果にはならないんです。たぶんイシス自身も仕込まれた何かに反応したんじゃないかと思うんです」

「仕込まれた……つまり外部から工作された、ということか」


 アリスは頷き、さらに続ける。


「その可能性があります。あと今回の作戦で、私たちは暴走艦? ええと、離反艦かな。そのハッキングに成功しましたが、そのログを解析してみたら……さらに気になることがあって。AIが異常な状態になったと思われるタイミングが、揃ってあの実験の直後なんです」

「……なんだと?」


 アレックスは驚いて、思わず腰を浮かせた。


「実験の直後……つまり航行中再起動ね?」


 副長もなにかに気づいたように、真剣な目で応じる。


「はい。実験のあと、AIの暴走を懸念して、念のため近くにいた艦も含め航行中再起動しましたよね? 皆さんが気づいているかどうか、わからないんですけど、今の再起動シーケンスだとAIがほぼ無防備になる時間が、一瞬だけあります」

「……」

「……」


 艦長も副長も絶句する。しばしの硬直から立ち直った後、「あー、これって今からでも別室に移ったほうがいいですか?」「今さら意味はないだろう」などと相談していた二人だが、このままアリスの話を聞くことに決めたようだ。


「攻撃の起点はイシスで間違いないと思います。何らかの方法でイシスのAIに工作することができた。そしてコントロール下に置く艦を増やすためにAIに関するトラブルを引き起こして、周囲の艦を航行中再起動するように促した。そして感染を広げる。そういう意味ではあの実験は完璧すぎるタイミングでした」


 迂遠な気もするが、辻褄は合う。そう説明するアリスに、副長は理解したという顔で言った。


「なるほどね。だから実験のときの騒動は、別に私達を狙って引き起こされたものじゃなかったと」

「はい、多分。あわよくば、とは思っていたかもしれませんけど」

「そうして仕込んだふねを増やしておいて、最適なタイミング、私達にとっては最悪のタイミングで、それを使う、と」


 アリスは頷く。


「そういうことになります。多くの艦を影響下に置いて、時機を待つ。できあがった洗脳艦隊を使うベストなタイミングが、まさに今──グリムブリア王国の訪問団が連邦を訪れていて、しかもこの訪問団を洗脳艦隊が護衛している。手っ取り早いのは連邦艦に訪問団を攻撃させることですけど、それだと失敗した場合、あるいは工作が露見した場合のリスクが大きすぎる。そこで、仲間割れを演出して、他国の訪問団の目の前で連邦軍同士が戦うという前代未聞の状況を作り、連邦軍の統制能力に疑問を持たせる。あとは流れ弾のひとつでも訪問団の船に当てれば……」

「国際世論は一気に帝国有利、連邦不利に傾くでしょうね。なによりそうなれば、王国は帝国側につくかもしれない」

「イザナミを狙ったのは、私をクラッキングできずに作戦遂行上の障害と認識したか、国境ゲートの件で有名になっているので、わかりやすい成果を求めたか。いずれにしても、帝国にとってはまたとない機会だったわけです」


 遠くの、ゆっくりと流れる星々を眺めながら、アレックスは大きく溜息をついた。


「……連邦の危機意識が無さすぎたと言わざるを得ないな。それが事実だとすれば、あまりに帝国にされるがままになっている。イシスから証拠が出ようが出まいが、たった一隻工作を受けただけでつられて多数の艦が暴走したなどと、言えるわけもない」


 ◇ ◇ ◇


 送信と休止を何度も挟み、十数時間が経った頃。照明が時々乱れて暗くなり、あちこちから疲労の吐息がこぼれる。酸素不足で呼吸が苦しくなるクルーも増えてきた。それでもアリスは粘り強くスラスターの点火パターンを維持している。あと何回繰り返せるかはわからないが、一瞬であっても可能性を失いたくない。


 そのとき、外部センサーの捉える数値が微妙に跳ね上がった。アリスの目がぱっと見開く。


「艦長! 可視光センサーに感! ……何か、かなり大きい艦影がこちらに近づいています!」

「本当か……! 照合できるか?」

「外形はイザナミ級に準じたシルエット……きっとクシナダじゃないかな。こちらのシグナルに気づいて探査してくれたのかも! ほら、今ちょっとだけ……可視光カメラに姿が!」


 最大限ズームされたカメラ映像の中、宇宙の暗黒にかすかな光が覗いている。その奥に横たわる巨大な戦艦らしき影が、ほんのわずかに星の光を遮り佇んでいるのが見えた。ざわめきがあちこちで起こり、整備班の誰かが「見えた! 艦の影だ!」と叫ぶ。


 艦長はすぐさま指示を出す。


「皆、すぐに退艦準備だ! アリス、まずは可能な限り回転を止めてくれ。クルーは回転が止まり次第、医療班の指示のもと重傷者の退艦をサポートしてくれ。それ以外の者はその場で待機! 副長、機密情報消去の準備を」

「了解しました!」


 アリスはクルーの固定が終わったのを確認し、スラスターを吹かして回転を止める。散々信号送出に使ったので、すでにスラスターの特性は完全に把握していた。


 次第に座席や通路の端にへばりついていたクルーたちが、ほっとしたように体を起こす。確かに、めまいを誘うような感覚が薄れ、弱いが確かな人工重力のみが感じられる。外の暗闇には、クシナダの大きな艦体がゆっくりと迫っていた。救助隊が脱出用ハッチを通じてドッキングを準備する光景が垣間見える。


「見つけてくれたんだ……!」


 誰かが声を上げる。アレックス艦長は無理やり立ち上がり、右腕の義手を気にかけながらも、ハッチ周囲を片付けるように副長や整備班へ指示を出す。


「ヘンリーは周囲のクルーと協力しアリスのコアを取り外し、移動に備えてくれ。アリス、しばらくインターフェースが切断されるぞ」

「はーい。了解でーす! ヘンリーくん、いたずらしないでね?」

「しないよ!」


 そうしてまもなく、クシナダからのサルベージ部隊がハッチの外に現れた。彼らは慎重にガスケットの接続を確認しながら気密を確保してくれる。ハッチを開け、医療デバイスやストレッチャーを運び込み、負傷者を次々とクシナダに移送し始める。その光景を見守るクルーたちの顔には安心感が戻っていた。


「本当に……助かったのね」


 副長エリザベスが胸を撫で下ろすように呟く。脱出艇のあちこちで、ようやく皆が息を継ぐ音が聞こえた。

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― 新着の感想 ―
今回の流れは唐突と感じたけど、解説されるとナルホドと納得できて面白い。 それはそうと今回の修理は予算に響きそうだなぁ
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