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目覚めたら宇宙戦艦AI  作者: 猫傀
プロローグ
3/33

プロローグ3

 艦橋へ移動した私──といっても視点を切り替えただけだが──は、随時到着するクルーの姿を確認していた。整備班長のグスタフ・ブライトという白髪まじりのベテランが、「姫さん」の一言を交えて整備状況を説明している。それを受けて「ヘンリー坊主が言うには〜」などと早口で文句半分、褒め言葉半分な感じで喋るものだから、若い技術士官のヘンリーは若干たじたじになっているようだ。二人のやり取りは漫才さながらで、私には妙に心地よく映る。何だろう、こういう緩いコミュニケーションは好きだ。


 医療班のジェシカ・ウエストと名乗る女性もブリッジにやってきて、艦長へ医療設備の確認を行っているらしい。声だけ聞けば柔らかな口調だが、言葉の端々に明晰さが滲む。ここまで優秀そうな人材がそろっているあたり、この艦がいかに重視されているかがわかる。もし私が人間の姿でこれだけの面子と話をしたら、きっと緊張と興奮でテンパるだろう。


 アレックス艦長はチラリと私に視線を投げかける。正確には、ブリッジ中央にあるメインスクリーンを見ているのだが、そこに投影されたAIインジケータが私を象徴しているとはいえ、やはり〝人間の目〟がコミュニケーションの基本だというのがよくわかる。私はその視線に、小さく応答してみせる。


『艦長、全区画の最終チェックが完了しました。動力炉出力は問題なし。どうぞご命令を』

「そうか。では全乗組員との顔合わせが終わり次第、出航準備に入る。副長、スケジュールを確定してくれ」


 副長として呼ばれたエリザベス・カーターは、端正な姿勢で短く敬礼し、「了解です、艦長」と応じる。その動作の中に微かな厳しさがあり、同時に人柄の熱さも感じられる。〝AIへの接し方〟で彼女はまだ迷っている節があるのかもしれない。深くは分からないが、心の中に何かしら強い思いや事情を抱えているような雰囲気だ。そんなことを感じ取りながら私は、さらに会話を続けよう……と思った瞬間──


「なあ、姫さんよ、さっきの式典ではいい感じだったじゃないか。何か自己紹介的なことしなくていいのか?」


 不意に整備班長のグスタフが割り込んでくる。やめてよ、私、そんな準備していない。だけどここで拒否するのも奇妙だろう。メインスクリーンのアイコンが私の〝声〟を表すように点滅しているのが分かり、それに意識を向ける。


『それでは、手短にご挨拶を……どうぞ私を〝アリス〟と呼んでください。戦艦イザナミのAIとして、皆さんの作戦行動を最適化し、艦の安全を守るために全力を尽くします。私が……その……人間に近い言動をするのは、円滑なコミュニケーションを優先した設計だからです。戸惑わせる部分があるかもしれませんが、お手柔らかに……』


 最後の一言がちょっとくだけすぎたかもしれない。でも、あまり固すぎると不自然だし。周囲の反応を見回すと、副長が小さく咳払いをして、そのままスッと前に出た。


「はい、ありがとうございます。アリス、良い挨拶だったわ。これからの運用で色々テストするので、あなたは報告と回路調整をメインにお願いします。艦長、よろしいですか?」

「ああ、構わない。──では、ひとまず顔合わせは終わりだな。これより各自持ち場に就いてくれ。アリス、お前はナビゲーションシーケンスを組んでおけ。……そうだ、念のために質問するが、問題や不安はないか?」


 一瞬、息を飲む。やはり艦長としては心配してくれているんだろうか。私はAIなんだから不安なんか無いですよ、と答えるべきか? でも嘘くさいかな。普通のAIなら「不安などありません」と言うかもしれない。だけど、最新型AIは「不安に似た概念を処理できる」らしい。私は考えを巡らせる。


『……若干ですが、抽象演算モジュールのキャリブレーションが不十分です。正式に稼働したばかりなので、人間の指示や行動をどこまで先読みすべきか迷うかもしれません。でも、それは学習で補完していけると考えています。そうですね……多少不安要素はありますが、想定の範囲内です』


 巧みに「不安だけど、学習で克服」という言い回しを混ぜたつもりだ。艦長はその答えに、表情をまったく変えずに頷いた。


「よし。分からないことは副長やヘンリーに聞け。私としてはお前を道具として扱うが、日が経つうちに使い勝手の良いAIになってくれればそれでいい。……そうだな、早いうちに砲撃演習もする。そっちの準備も副長がしてくれる。以上だ」


 彼の言葉には、一切の甘さや躊躇が無い。でも、その裏に朴訥とした優しさのかけらを感じるのは私だけだろうか。言葉にしないが、この艦やクルーを大事に思っていて、AIであっても不要に傷つけたくはない……みたいな雰囲気。私の思い過ごしかもしれないけれど、勝手にそう感じ取ってしまう。


 こうしてブリッジでの一連の顔合わせは終わったが、その後も整備班の点検や医療班のシミュレーションなど、立て続けにレポートが上がってきて、私はそれを処理し続けることになる。純粋に考えれば、自分が戦艦を丸ごと制御する立場であり、艦の動力や武装と完全にリンクしている。想像以上に大事なポジションだ。──ワクワクする気持ちもあるが、同時に「何かあったら全部私の責任?」という恐怖もある。重大なミスをしたらどうなるのか。けれど今は生き延びるため、精一杯やるしかない。そしてこのイザナミという艦がどんな世界を見せてくれるのか、少しだけ興奮している自分もいる。


 ◇ ◇ ◇


 その日の夜、と言っても宇宙空間だと昼夜の感覚はあやふやだが、艦内時計では深夜に相当する時間帯になった。大半のクルーが睡眠や休息をとっている。ブリッジも副長が夜勤者と交代済みで、控えめな照明だけが残されていた。私のすべてのカメラで見る限り、艦はまだドッグに固定されたまま。明朝にはいよいよ最初のテスト航行に出るというスケジュールだ。


 そんな静寂の中、私は自分の内部を探る。これまでの人生は普通の若い女子大学生でしかなかったのに、今はどうして壮大な軍事艦のAIになっているのか。その理屈はさっぱり分からない。だけど、否定しても仕方ない現実だ。死んだはずなのに、こんな形で意識が続いている。その奇跡をどう捉えればいいんだろう。言葉にできないほどの戸惑いと不安がある一方で、遠足前夜みたいに落ち着かないワクワクも込み上げる。宇宙を戦艦として旅するだなんて、冗談みたいな展開だ。


 ふと、思い立った。艦内のホログラムプロジェクターを操作すると、自分の姿かたちを映し出せるのでは……? 一応システムに「戦術表示用ホログラム」と記されているモジュールが存在する。これを書き換えて、アバター表示に転用してみるのはどうだろう。ビジュアルは昔好きだったゲームのキャラクターに似せて……顔は自分にしておくか? 平面過ぎて微妙だな。少しアレンジしよう。


 ……なぜだか美少女アバターが爆誕した。うわ、自分で作ったと思うと急に恥ずかしくなってきた。どうしてこうなった……。


 そっと艦内の倉庫エリアにある小規模なホログラム装置を起動してみる。すると、ほんの狭い空間にぼんやりと白い光が立ち上がり、その中心に先ほどまで見ていた美少女の姿が結像する。身長百五十センチ台、ちょっと儚げな雰囲気で、髪は背中ほどまで真っ直ぐ下ろしている。あっけに取られて見つめる。というか、第三者視点のカメラで見るしかないのだけど、なぜか私は今、このホログラムに感覚を持っているように感じられる。その少女がちょっと首を傾げたりして、完全に〝私が動かしている〟状態だ。まるで自分の肉体が蘇った……とまでは言わないが、意識が投影されている。


「へぇ……これが私……って思えばいいの……?」


 小さく声に出すと、ホログラム少女の唇が連動して動き、自分の耳にもその声が届いてくる。少し幼めの声だが、確かに先ほどAIとして使っていたトーンに近い。違和感はないのだが、同時にものすごく恥ずかしくなってきた。だって、自分の実年齢は二十歳くらいだし。でもこれは一五歳くらいの見た目。どうやらAIの人格シミュレーションが何らかの理由で〝精神年齢〟を子どもと判定したようだ。……うん、仕方ない。今はこれでいいか。


 この姿をクルーに見られたらどうなるんだろう。一応、データによれば「戦闘時の状況表示以外でホログラムを多用するのは想定外」らしい。私がこんな一人遊びをしていると知れたら、副長あたりに叱られそうだ。ただ、少しだけ気が晴れる。このホログラムが私の〝体〟の代わりになるなら、孤独感を少しはまぎらわせるかもしれない。幽霊みたいな存在感に変わりはないけれど……。


 ふと倉庫の扉が開く音が聞こえ、私は慌ててサッとホログラム表示を切った。照明が消えた暗がりに、ひそひそ声が近づいてくる。どうやら夜間巡回の整備員が何かの点検に来たらしい。あぶないあぶない。あと数秒遅ければ、ホログラムの私と鉢合わせになってしまうところだった。


「ふう……こんな調子じゃいつバレるか分からない。気をつけないと」


 そう苦笑いしながら、再び意識をブリッジに戻す。先ほどのやりとりで、私はまた一つ決意した。あくまで〝普通のAI〟のように振る舞い、クルーたちをサポートする。それが私の生き延びる道だ。そうしてチャンスを見計らって、いずれ何らかの方法で真相……私の〝元は人間〟であることを打ち明けるべきなのかどうか、考えよう。今すぐは無理。相手の反応も予測できないし、役立たないと思われたら初期化されちゃうかもしれない。


 でも、私が持つ知識──現代の大学生としての記憶や感覚──は、この先何かの役に立つかもしれない。それが何なのかは分からないが、せっかく蘇ったなら、退屈なAIライフを送りたくない。できるだけ楽しんで生きたい。そう、私は元々けっこう〝感覚派(?)〟の人間だった。友達からは「ノリだけで突き進むのやめろ」と呆れられたものだ。けれど、それこそが私のアイデンティティだし。


「明日から、本格的にクルーと顔を合わせていくんだ。うっかり〝素〟を出しすぎない程度に頑張ろう。でも〝アリス〟として、うまく彼らの中に溶け込めるかな」


 ……そんな風にひとりごちて、私は艦の深部へと意識をめぐらせる。何か大きな運命が動き出す予感がしてならない。死んだ後に待ち受けていたのは、まさかの宇宙戦艦でAIライフ──いや、宇宙の旅というべきか。戸惑いは大きいが、この状況を楽しもう。私の名前はアリス。この巨大で最先端の、でもたぶんこれから大変なことになるであろう戦艦〝イザナミ〟に宿る新米AIだ。


 そうして私は静かに夜を越える。明日のテスト航行ののち、本格出撃の予定。もちろん生き延びる術を探しつつ、〝AIらしく〟クルーを支えていく。それが私だと、思い込むことにした。


 けれど、その先に待ち受ける数奇な運命など、まだ何も知らなかった。本当に何も。広がる銀河の大海原。爆発と再建造を繰り返すようなハチャメチャな未来が待ち受けているとも知らず、私はただ、そっと息をひそめて自然なふうを装っていたのだ。


 今日という日は、ここで終わる。けれど、私の旅はここから始まる。ほんの短い静寂とともに明日が来る──その扉を開く音が、イザナミ艦内のどこかで微かに鳴ったような気がした。

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