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3章‐8

 混沌としていた戦闘宙域は、まるで嘘のように静まり返っていた。ほとんどのふねが満身創痍で、イザナミのほかにも大破寸前の艦があるが、とりあえず戦闘は止んでいる。数の減ってしまった艦隊の中心を、イザナミとクシナダの二隻は寄り添うようにゆっくりと航行し、その周りを三隻のフェンリルが円を描きながら護っていた。


『これで終わりでしょうか?』

「それこそフラグね。あとは訪問団と合流して、国境ゲートに送り届ければ任務完了だけど……今回の件に関して、グリムブリア王国がどのような反応を示すのか、まだわからないわね」


 色々ありすぎてアリスは忘れかけていたが、今回の任務はグリムブリア王国訪問団の護衛で、訪問団には王族や高位貴族といった要人が多数含まれているのだ。それだったら完全な民間人というわけでもなかったな、とアリスは益体のないことを考えながら、マップ上ですぐ隣を航行するクシナダのマーカーを見やり、にへらと笑った。


 せっかく仲良くなったんだしぃー、クシナダヒメにメッセージでも送ってみようかなぁーと呑気なことを考えていると、クシナダヒメの方からメッセージが送信されてきた。なにこれ以心伝心? もう相思相愛では? と思考を暴走させかけたところで、メッセージに緊急のマークが付与されていることに気づく。


『長距離センサーに感。高速質量弾頭三発の接近を検出。誘導弾の可能性があります。緊急回避してください。急いで』


──それはすなわち、超長距離射撃により撃ち出された実体弾、おそらくは誘導レールガン弾頭が接近していることを示すアラートだった。


「なんだと!? 艦はすべて元に戻ったのに、更に遠方からか……?」


 艦長であるアレックスが椅子から腰を浮かせる。オペレーターが慌ててイザナミの全センサーを稼働させたが、今のイザナミは戦闘による損傷で長距離索敵用のセンサー群がほとんど機能していない。結局、自身ではその砲弾を検出できなかった。


 かわりにクシナダヒメが正確な座標と軌道、到達予測時刻を送信してきた。接触まで十七秒しかない。と同時に、クシナダが下方に向かって砲を撃ち始めた。


「十七秒!? 警報発令! 衝撃に備えろ! 間に合うのか、アリス!?」

『わ、わかりませんけど、ええと、スラスター最大、シールド全開。でも誘導弾なら、ギリギリで回頭すればあるいは……』


 アリスにはイザナミの制御が回ってきていたが、さすがにこの距離でこの速度の実体弾に対処できるほどの能力は残っていない。シールドはもうほとんど稼働しておらず、一部は装置が焼き付いて交換が必要。スラスターも動力伝達経路に深刻な異常が起きており、出力は本来の三割も出せなかった。クシナダにしても三隻いるフェンリルにしても、わずか十数秒で盾となれる位置に駆けつけることなどできない。


『……艦長、回避が間に合わな──』


 どすん、と腹の底を突き上げるような衝撃がイザナミを揺るがす。ブリッジが一瞬暗転し、割れるような音と猛烈な風が吹き抜けた。


「ぐぁ……っ!」


 アレックスが床に手をつき、副長やクルーもなんとか身体を支える。ブリッジ側面に亀裂が走ったように火花が散り、警告灯が閃光を上げる。だがほとんど奇跡のように、ブリッジそのものは完全破壊を免れていた。レールガン弾体が艦中央部を真下から貫通し、本来ならブリッジを吹き飛ばしてもおかしくなかったのだが、わずかな角度のズレが最悪の事態を回避した。


「みんな、大丈夫か!? 報告しろ!」


 暗闇に沈むブリッジで、艦長が声を上げる。非常灯が点灯した。どうやら致命的な直撃には至らなかったが、それでもメイン・スクリーンやホログラム・ディスプレイがあるブリッジ前部は完全に吹き飛んでしまったらしい。気密そのものは、装甲板の流体層によって何とか保たれているようだ。


「ブリッジクルーに重傷者はいません!」

「艦内の被害状況は確認中!」

「! ……そうだ、アリス! アリスのAIコアはどこだ!」


 無惨に吹き飛び、向こうの戦闘区画内壁が覗くブリッジ前部。アリスそのものであるAIコアは、ちょうど崩壊が起こったあたりに設置されていたはずだ。それを失えば、アリスはもう二度と戻ってこられない。ブリッジでまだ動ける者たちは、崩れ落ちそうな床の端にしがみつきながら、必死に周囲を探した。


「あったぞ! あそこに引っかかっている!」


 すぐさま誰かがAIコアを見つけ、引き上げにかかる。このときばかりは人工重力がもどかしく感じられたが、しかしそれがなければ、今頃アリスのAIコアは慣性に任せどこまで飛んでいったかわからない。


 アレックスは駆け寄り、床に引き上げられたAIコアをのぞき込む。ブラックボックスも兼ねた直方体の筐体は、至近距離での爆発にも耐えられるよう頑丈に作られている。しかし、目にしたコアには激しい衝撃によって削られ、抉られ、内部の電子回路がむき出しになるほどの深い傷が刻まれていた。


「少なくとも電源は落ちています。回路が損傷していないか、データを失っていないかは、外部電源を接続してみないとわかりません」


 クルーの報告に、アレックスは歯噛みした。しかし感傷に浸る間もなく、生き残ったコンソールが甲高い警告音を発する。元々損傷していたエネルギーラインが、今回の実体弾の貫通による追加ダメージを受け、制御不能に陥ったようだ。


「脱出する。ブリッジ区画は可能な限り隔壁を閉じろ。乗組員は使用可能な居住区画に退避。アリスも連れて行くぞ!」


 イザナミ級の特徴でもある脱出艇システム。イザナミの脱出艇とは、ブリッジと居住区画そのものである。巨大な艦体のほぼ中央部に位置し、それ自体が一応は単独航行可能な宇宙船になっている。これにより、戦闘中に脱出が必要になった場合、乗組員を集結させる手間と時間なしに、即座に緊急ワープ装置により離脱することができる。本来であればそうだった。


 しかしその脱出艇は今、相次ぐ被弾により激しく損傷しており、緊急ワープ装置もまたダメージを受け起動しない。そうなると最後の手段として、艦体に仕込まれた爆砕ボルトを起爆し、前後に分離させた隙間から脱出艇を発進させるしかない。居住区画にある予備の制御室にたどり着いたクルーたちは、付近の艦に退避と、そして離脱後の救助を要請しつつ、イザナミの艦体を二つに割るためのレバーに手をかけた。


 そうこうしているうちに、戦闘区画後部に搭載されていた反物質融合炉が不穏な反応を見せ始める。エネルギーラインの制御を失った炉がついに飽和状態となり、大規模なリークが始まったのだ。


「急げ。あれが至近距離で爆発したら流石にもたない」


 爆砕ボルトに点火し前後のスラスターを逆方向に吹かすと、複雑に噛み合わされた艦体の前後部分が外れていく。脱出艇はイザナミ前部にくっついた形で後部と分離された。続いて脱出艇自身がスラスターを吹いて艦体前部とも分離される。今度はスラスターを下に吹いて上方向に速度をつけ、それでようやくイザナミ戦闘区画から離れることに成功した。


 しかし次の瞬間、眩いばかりの閃光が宇宙の闇を切り裂く。イザナミの巨体が破断し、炎のようなプラズマが噴き出し、続いて大きな振動が脱出艇に襲いかかる。光と衝撃が脱出艇を激しく揺さぶり、制御盤が真っ赤な警告に包まれる。シートに身を押し付けられるような圧力が走り、複数のクルーが悲鳴を上げた。


 アレックスは必死にパネルを掴み、「保ってくれ!」と声を張り上げるものの、脱出艇の外装は薄く、爆圧の一部がまともに伝わってきていた。周囲の計器がエラーを吐き出し、姿勢制御がぷつんと途切れ、脱出艇はまるで天秤の皿から弾き飛ばされた小石のように宙を舞う。


「きゃあああっ!」


 誰かが悲鳴を上げる。艦橋のメインモニターには、もはや座標を示すラインが乱れに乱れ、もとの位置すら分からなくなっていた。生命維持装置も部分的に停止し始め、酸素供給に無数の警告ランプが連動して点滅する。


 ようやく揺れが収まった頃。外部モニターには回転する星空。そして操作盤のディスプレイには、現在位置が不明になったことを示す警告が表示されていた。

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― 新着の感想 ―
イザナミの炉を強化するべきだな。 イザナミ仕様の炉を2個は無理かもしれんが、戦闘時のみ限定使用する駆逐艦の炉でも追加できんかね?
控えめに言って、かなり面白い
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